真理の扉からアルの身体を持ってきちゃった 6 - 2/6

同じ頃、ロイ・マスタングは自分の乗用車を埋め尽くす花束に嘆息を漏らしていた。
“ブリッグズの北壁”の異名を持つ将軍、オリヴィエ・ミラ・アームストロング少将からのラブコールと情報を齎してくれた花屋から買い占めた花々の処理に頭を悩ませているのだ。
半分はマダム・クリスマスの店の女の子たちと、その仕事仲間が引き取ってくれたが……
「まいったな。まだこんなにあるのか……」
狭い車内は花が醸し出す甘い香りで充満し、窓を開けていないと胸が悪くなる。
冬の夜気が遠慮なく入ってきて、先ほどまでの充足感や奮起する心持ちも萎えてしまいそうだ。
「どこかに、若い女性がたくさんいる場所は……」
中央司令部で夜勤をしている女性はそう多くはない。女性の多い職場はどこだろうかと頭をひねっていたマスタングに、ある場所が思い当たった。
「そういえば…アルフォンスの身体も今、軍病院にいるのだったな。」
自分もつい最近まで世話になった場所で、ハボックも入院中だ。お礼と称して持って行っても不審がられないだろう。
マスタングは、軍病院へ車を走らせた。

「まあまあ、大佐。お心遣いありがとうございます。」
入院中懇意にしていた看護師長が、ほぼ全ての花束を引き取ってくれた。
「夜勤で働いている子も、入院中の患者さんたちも喜びますわ。」
「いえいえ。その節は大変お世話になりました。皆さんに喜んでいただければ、幸いです。」
笑顔で社交辞令をすませると、マスタングは看護師長に入院中のアルフォンスの身体の様子を尋ねた。
「ああ、ルース君。随分元気になりましたよ。最近では大好きだという読書に没頭できるくらい体力もついて……」
「ルース?彼は、そういう名だったのですか。」
「あ、いいえ。記憶が戻ったという事ではなく…彼を保護した鋼の錬金術師が名無しのままでは…と、仮に命名してくれたと言っていましたわ。
本人も気に入っているようで。私達も名前があった方が楽ですから。」
「そうですね。
……私も、彼に面会してみたいですね。私が後見を務めている、鋼のが保護した少年ですから。
………しかし、もう面会時間外か……」
「明日の午前中は、いかがですか?」
「午前中も面会はできないでしょう。」
師長の申し出に戸惑う彼に、彼女は笑顔で答える。
「構いませんわ。受付には話を通しておきます。国家錬金術師殿で、鋼の錬金術師の後見人でいらっしゃるあなたの面会を断る理由はありませんから。
それに、彼も話相手が欲しいでしょうし……1日中本を読んでいるんですよ。
身体によいとは言えませんでしょう。」
「確かに。」
彼女の話に微笑むマスタングであった。

軍病院近くの公衆電話ボックスの前で車を降りる。
ひとつだけ手元に残しておいた花束を、かつての補佐官に渡したかった。できれば、情報の交換も……
アームストロング少将とタッグを組んでキング・ブラッドレイから中央を奪う。
このことを彼女に伝えたい。
『──はい。』
電話口から聞こえてくる声は、堅かった。少しでも和ませようと軽口を言ってみる。
「毎度どうも。ごひいきの花屋です。」
『ひいきにしている花屋はいません。』
手厳しい答えが返ってきた。逆効果か。
「いや、すまん。
酔っぱらって花を大量に買ってしまってね。
少し処分してくれるとありがたいのだが……」
電話口の向こうで、彼女が息を吐くのが聞こえる。
それは、聞きなれた嘆息などではなく、緊張感から解放された時に漏らされる安堵にも似た響きがあった。
「………どうした?」
マスタングは眉を顰めて尋ねる。
一瞬の間があった。
「何かあったのか?」
『いえ。なにも。』
冷静に答えているが、微かに声が震えているように聞こえる。
「……そうか?」
『なんでもありません。』
いつもの彼女の声が戻ってきた。
「本当に?」
『はい。』
即答してくる。これでは、追及のしようがない。
「花は……」
『結構です。
うちには花瓶はありませんので。』
普段ならば、若い女性の家に花瓶の1つもないとは…と揶揄するところだが、さすがに言えない。
『わざわざ声をかけていただきありがとうございます。大佐。』
丁重な礼の言葉だけを残して電話が切られた。
マスタングはしばらく間、ツーツーと発信音を鳴らし続ける受話器を握ったまま、難しい顔をしてボックス内に佇んでいた。
……こちから受け取るものはないという事か。
相変わらず、つれない女だ。
───声をかけていただきありがとうございます───
彼女が、らしくないほどに素直に言った謝意をかみしめる。
「中尉……無理はするなよ……」
冬の澄んだ空気によって星が瞬く空を仰いで、マスタングは独り言ちると愛車と共に帰路に就くのだった。

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