真理の扉からアルの身体を持ってきちゃった 7 - 1/6

「ここは……一体。」
気が付くとアルフォンスは見たこともない場所にいた。
今までいた雪の山中ではない。夜の闇のような濃い群青色の空間。上下の区別もないが直立を保っていられる不思議な場所だった。
後ろを振り返ってみると、はるか彼方に小さな灯が見える。
そちらに向かって足を踏み出した時だった。
「アル?」
背後からかけられた声に、慌てて振り向く。
その聞き覚えのある声の主は、果たしてルースだった。
「ルーっ。どうして君がここに?
……て、言うか。ここがどこか分かる?」
地獄で仏の心境で、つい最近弟になった存在に尋ねる。
「……多分、夢とうつつの間……前、来たことがある。」
「夢とうつつの間?」
「うん。夢から覚める直前の状態……ほら、向こう側に見えるあかりがきっと、アルが来た入り口だ。」
そう言って、先ほどアルフォンスが目指そうとしていた灯を指す。
「僕が来たのは、こっち……」
ルースが指す方向には、薄ぼんやりと蝋燭ろうそくほどの灯が見える。
夢から覚める直前?別に自分は眠っていたわけでもなく今は夜でもない。
ルースの説明に合点がいかず、首を傾げる。
「なんで、ボク達こんな空間にいるんだろう。」
「ごめん。きっと僕が引っ張っちゃったんだ。」
眉をしかめて謝るルースに、先ほど感じた感覚を思い出す。何かに魂が引っ張られるような感覚……それが、自分の仕業だという。
「どういうこと?」
「その……僕がアルのことを強く想っちゃったから……」
「へっ?」
意味が分からず、きょとんとする。
「どうして……何かあったの?」
もしかして、自分に助けを求めていたのだろうかと尋ねれば、ルースはゆっくり首を振る。
「ううん。僕は何も……アルは?
何か心配事とか、苦しい想いとかしていない?」
心配した自分を気遣われて、アルフォンスはますます困惑を深める。
「そりゃあ。心配やイライラすることは一杯あるけど。そんなのは今に始まったことじゃないし……」
そう答えている間も眉間のしわを深くするルースを、アルフォンスはじっと見つめる。
「ルー。何かあったでしょ。」
「えっ。」
断定され、ルースは上ずった声を漏らす。
「その顔。それって、ボクが言いたいことを言えずに我慢してる時の顔そっくりだよ。
何か隠してるでしょ。」
言い当てられ、ルースは肩をすくめる。
さすがに自分の表情は、魂には良く分かるらしい。
反対に言えば、「ルース」という個性がまだ確立しておらず、心情が顔に表れてもまだアルフォンスのままだといえる。
それを身体の持ち主に証明され、ルースは安堵した。
「……エンヴィーから聞いたんだ。大総統から、鋼の錬金術師に命令があったって……断れないように、ウインリィをブリッグズに行かせたって。」
我が事のように辛そうな表情で語るルースに、アルフォンスは慌てた。
「大丈夫だよ。命令を聞くふりをしてキンブリーの目をかすめて錬丹術師のメイと会えたし、ウインリィも逃がす事が出来たから。」
安心せるように力強く言い切るアルフォンスの言葉に、ルースは安堵の笑みを浮かべる。
「良かった……」
「心配かけちゃったね。」
ごめんと頭を下げるアルフォンスに、ルースは首を振る。
「悪いのは大総統側なんだから。」
それにしても…と、ルースとアルフォンスは揃って訝る。
理由はそれぞれ違っていた。
ルースは、あの腹痛の原因がアルフォンスではないことで新たに疑問を抱えていたし、アルフォンスは、この事が魂である自分をこんな空間まで引き寄せるほど不安にさせたのだろうかと怪しんでいた。
ルースは言ったのだ。アルフォンスの事を強く想ったのだと。
「───まだ、何かあるでしょ。」
全部話せと言わんばかりの追及に、ルースは顔を引きつらせる。
「あの……その……」
どもるルースに、アルフォンスの声が低くなる。
「ルース?」
ルースは、肩をびくりと震わせた。
腹痛の事を話すか?だが、理由が分からない事でアルフォンスを不安にさせたくない。
しかし、この様子では適当な事で誤魔化せそうもない。
ルースは大きく息を吐き出すと、意を決して自分とアルフォンスの身体に起きている事とその原因について告白した。

「兄さんが、ボクの魂を定着させた時に、真理が…ルースがボクの身体に定着された……?」
そして、名前を付けたことで魂になりかけているという。
にわかには信じられない事に、アルフォンスは絶句する。
その様子に、ルースは辛そうに顔をしかめた。
「ごめん。僕も最近まで気が付かなかったんだ。自分が身体に定着されているなんて……ルースという名前をもらって、自分の中に感情が生まれていることに気が付いてやっと、おかしいって分かって……」
「本当に……?」
アルフォンスが、絞り出せた言葉はそれだけだった。
ルースは頷いて背を向けると、髪に隠れているうなじを見せた。
そこにうっすらと表れているものに、目を見張る。
「ボクの血印と同じだ。」
ガクリと膝を折って座り込む。
「アルっ。」
その様子に、ルースも跪くとアルフォンスにすがるように手を触れた。
「「ごめん。」」
2人同時に同じ言葉を漏らす。
アルフォンスからの謝罪に、ルースは目を瞬かせた。
「どうして、君が謝るの?」
「だって……それって、君を巻き込んじゃったってことでしょ。」
「確かにそうだけど。でも、アルが謝る事じゃないし、エドだって当の僕だって誰も気が付かなかったんだ。」
「……だったら、君も謝ったりしないでよ。」
静かに紡がれるアルフォンスの言葉に、ルースは顔をくしゃりとさせた。
「ボク…その身体に戻れるのかな。」
寂しげな声音に、ルースは力強く頷く。
「戻れるよ。だって、精神はちゃんと繋がっているもの。異なる魂はいつまでも異なる身体にいられない。
身体に拒絶されるのは僕の方だ。」
その言葉に、アルフォンスはハッとする。
「もし、そうなったらルーはどうなるの?
戻るべき身体のない魂は?」
「魂といっても僕は疑似的なものだ……本当の魂じゃない。本来の姿に戻るかこの世界に溶けるか……その時になってみないと分からないな。」
「魂のいく先は、世界なんだ……」
アルフォンスの呟きに、ルースは頷く。
「肉体は分解され、バクテリアとなってまた新たな命を育む。魂はこの世界を構成する元素の中に溶けていく……そして、また何かの魂となって循環していく。」
「肉体も魂も循環しながらこの世界を巡っていくんだ……そう考えると、死もそんなに怖いものじゃないって思えるね。」
小さく笑いながら言うアルフォンスに、ルースは眉を顰める。
「アル。なんか変なこと考えていない?
君が帰る場所は身体ここなんだ。
大丈夫だよ。ちゃんと綺麗にして返すから。」
「綺麗に……て?」
「君が鎧から離れる時、この身体を印のない状態に再構築する。」
「再構築って…それ、まさか人体錬成?」
驚いて問いかけると、ルースは穏やかな笑みと共に大きく頷いた。
「通行料はどうするの?生きている人間の人体錬成はできるって兄さんが証明したけれど。それだって、賢者の石があったからできたんだよ。」
「賢者の石と変わらないエネルギーを有する物が、ここにあるじゃないか。」
そう言ってルースは、自分の胸に手を当てる。
座り込んでいたアルフォンスが、いきなりガバッと立ち上がった。
呆気に取られて自分を見るルースの脳天にゲンコツを落とす。
「痛ッ──!」
振り下ろされた拳の余りの痛さに、何で夢を見ているのと同じなのに痛いんだとぼやきながら、ルースは涙目でアルフォンスを見上げた。
彼は、肩を震わせ独特の気を放っている。それは、ラースが自分に見せた憤怒の気によく似ていた。
「何考えてるんだよっ。バカ弟!」
「バ…バカって……」
あんまりな言われようにルースは絶句する。
「賢者の石と同じって…自分のエネルギーを使ったらどうなるのか、分かって言ってるかよっ!」
「分かってるよ……
そもそも、僕はこの世界には存在するはずのないものなんだ。
だから……」
「なに言ってんだよ!
もう君は『ルース』なんだ。宇宙だとか真理だとか色々な言葉で呼ばれている概念じゃない。
感情も…きっと、こっちに来てからの記憶もある立派な命だ。
君はちゃんとこの世界に存在しているんだよ!!」
アルフォンスの言葉に、ルースは目を見開く。
アルフォンスは、ルースの肩に両手を置いた。
「──ほら、こうして触れることができる。僕には触感がないけれど、君にはわかるだろ。
ボクも、君もちゃんとこの世界に生きているんだ。」
諭すような響きの声に、ルースは眉尻を下げ首を振る。
「でも、この身体はアルのものだ。僕のじゃない。
身体にとっては、僕は邪魔なものなんだ。」
「それで?自分さえ消えれば丸く収まるとでも?
そういう考え、ボクは大嫌いだ。
どうして自分を否定するんだよ。」
怒りを滲ませたアルフォンスの言葉に、ルースはまた言葉を失った。
彼の言い分は、ルースにとって信じられないことだ。何故、自分の身体を奪った相手を肯定するのか。
驚愕の眼差して自分を見つめる弟に、アルフォンスは語りかける。
「君は、ルースだ。ボクと兄さんの弟だ。勝手にいなくなるなんて、兄ちゃんは許さないからな!
大丈夫だよ。ルースという魂の容れ物を造る方法がないか探そう。
今、マルコー先生とメイで傷の男スカーのお兄さんが研究していた錬金術と錬丹術を合わせた新しい錬金術を解読している。その中に、何かヒントがあるかもしれない。
それも無理なら、その身体を君とボクで共有しよう。リンとグリードは一つの身体を二つの魂で共有している。できない事じゃないんだ。
ちょっと不自由かもしれないけれど、ボク達ならうまくやっていけると思うよ。」
説得を続けるアルフォンスに、ルースは何かを耐えるかのような表情を見せる。
「なに言って……」
ルースが声を上げたが、その声は徐々に小さく、その姿も遠くなっていく。
元いた場所へ魂が戻っていこうとしているのだ。
アルフォンスが視界に納めることができたルースの顔は、くしゃくしゃの泣き顔だった。

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