真理の扉からアルの身体を持ってきちゃった 6 - 1/6

その訪問は突然だった。
病室のドアの前で警護という名目で立っている軍人たちが、緊張し敬礼する。
「彼は、まだ起きているかね。」
威厳溢れる声の質問に、更に背筋を伸ばす。
「はっ。最近は消灯ぎりぎりまで読書をしております。」
部屋から漏れる灯に、訪れた人物は鷹揚に頷く。
ドアノブの近くに立つ軍人がそれを開けた。
「失礼するよ。」
報告の通り読書に没頭していた少年が、弾かれたように顔を上げ、目を見開いて見つめてくる。
その様子に、大総統キング・ブラッドレイは目を細めた。

突然の来訪者にルースは息を呑む。自然と身体が緊張した。
ここに自分がいる公の理由を考えれば、彼の人物がここを訪問するのはごく自然の事だ。
しかも多忙極める大総統である。見舞いに来るには遅すぎる、夕食後消灯までのこの時間であっても致し方ない。
むしろ、自分を保護している人物がわざわざ時間を割いて見舞いに来ているのだから、歓待するのが自然だろう。
瞬時にそこまで考え、穏やかな笑顔で、国のトップであるその人物を迎える。
「こんばんは。大総統。」
「うむ。随分と体力も回復したようだね。」
「はい、おかげさまで。好きな読書ができるまでになりました。ありがとうございます。」
型通りの挨拶を交わすうちにドアが閉められる。
途端に部屋の空気が変わった。
今まで鳴りを潜めていた憤怒の気がお構いなしに放出される。
その事に、ルースは眉をしかめた。
「───あなたを怒らせるようなことをしましたか?」
「私にはな……だが、監視役のエンヴィーにはどうだろう。」
「ああ。あのおしゃべり……
うるさいのは、あまり好きじゃないんです。今まで、静かなところにいたものですから。」
悪びれのない返答に、ブラッドレイの眼光に剣呑さが増す。
「私はあの時、自分の立場を理解しろと言ったはずだが。」
「してます。だから、大人しくここに居る。」
大総統の指がピクリと動く。
ぶわっ!と空気を震わせてルースの周りに障壁が発生した。
ブラッドレイは、剣の柄に伸ばしかけた手を止め、目を細める。
「なるほど……あの粗忽ものでは太刀打ちできぬはずだ。」
「これの持ち主に約束したんです。
この身体は僕が守ると。」
ルースとブラッドレイは無言で睨みあった。
「あれでは、お前の監視役は荷が重いと良く分かった。監視は別のものに任せよう。」
「………そうですか。
御用の向きがそれだけでしたら。どうぞお引き取り下さい。大総統閣下。」
そっけなく言い終えると、ルースは再び手元の本に視線を戻した。
「その年代の子供の態度ではないな。」
薄く笑う大総統に、ルースは肩をすくめる。
「すみません。らしくする必要がないかと……」
「お前は、父上に自分の事を“神”や“真理”であると言ったそうだな。随分と傲慢なことだ。」
「あなた方を下に見たつもりはないです。
同列に考えたこともないですが。
僕は、自分に与えられた呼称を挙げた……それだけのことです。」
「神とは、寄る辺なき弱い人間が造り出した偶像だ。では、真理とは?それも“神”と同じか?」
「“神”は偶像……確かにそれを信じぬ者にはそうでしょう。神を信じぬ科学者が造り出した妄想が、“真理”なのかもしれませんね。」
ルースはクスリと笑う。
「では、あなた達はその“妄想”に攻撃され警戒しているという事になる。」
「……確かに」
大総統は微かな笑みを浮かべた。
「では、今一度問う。真理とはなんぞや。」
「───真理の扉は、全ての人が持っている。開けることができるのは、何も錬金術師に限ったことではない。
ただ、彼らの方が開けやすいというだけ。」
ブラッドレイは厳しい目で、目の前の少年を見た。
ルースは、構わず言葉を続ける。
「真のことわりとは?何にとってのことわりか……扉を開けるのが人間であるのなら、答えは人間が持っている。」
「──宗教と変わらぬな。」
「そうですか?」
「禅問答をする気はない。邪魔をしたな。」
「いいえ。」
ルースの返事を気にすることもなく、大総統は彼に背を向け出ていった。
「全ての人間に真理の扉はある。人造であったとしても記憶も感情もある立派な人間だ。だから、貴方にも真理の扉があるのです。
恐らく貴方はそれを開いた。
今の姿が、貴方にとっての真理ではないのですか。キング・ブラッドレイ。」
ドアの向こうに消える背中に、ルースは囁くのだった。

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