「なっなんだ貴様っ!」
最後尾に到着すると、車両の入り口に銃を持った見張りが立っていて、思わず失笑した。
「なに。この分かりやすいの。」
「なに、笑ってやがるっ!」
銃を向けてくるのに、引きずってきた男たちを投げ飛ばせば、ドアに叩きつけられ、3人とも気絶した。
その物音に驚いてドアを開けた人物を蹴り飛ばして中に入る。
「どーも。鋼の錬金術師です。
ご挨拶に伺いました。」
不敵な笑顔を向ける青年に、車両を占拠している男たちは一瞬息をんだ。
アルフォンスは素早く車内を見回す。
テロリストの数は思ったより多くはなかった。先ほど蹴り飛ばした者の他は3人。隅に、この車両に座っていたであろう乗客数名と車掌らしき人物が床に座らされており、彼らを銃を持つ男が脅している。
敵は4人。件の錬金術師以外は雑魚だ。
手前の3人に視線を戻す。その中の1人がゆらりと立ち上がった。
「こちらにご招待するように指示した覚えはないのですがね。」
いかつい男たちの中で唯一痩身のその男は、黒い髪を頭の後ろで束ねている。衣服に気をつかっている様子のない彼らの中では異彩を放つスーツ姿に、一瞬息を呑む。
が、その人物の顔を見て、アルフォンスの表情から緊張が失せた。
確かに、雰囲気はよく似ている。
が、全くの別人だ。少なくともキンブリーは糸目ではないし、頬がそんなにこけてもいなかった。
「貴方が、『紅蓮の錬金術師』?」
「そうです。初めまして。鋼の錬金術師殿。」
所作や言葉遣いは及第点。だが、そこはかとなく漂ってくる品性のなさが何ともいただけない。
らしくしようとすればするほど、本物を知っているこちらとしては違和感ばかりが目立って、気持ち悪い事この上ないのだ。
───初めましてじゃないだろう。
なりきり詐欺師なら、もうちょっと調べてからにしろよと内心突っ込みながら、笑いを必死でこらえる。
口元がヒクヒクしているのを、緊張もしくは恐怖心からだと勘違いしたのか、偽キンブリーは鼻で笑うと部下に目線で合図した。
アルフォンスの細い体をあざ笑いながら、拳を振り上げてくる男の腕をつかんで投げ飛ばす。そのまま重心を前に移動させて、後から続いてきた人物の顎を殴り上げた。
あっという間に仲間を倒され、銃を持つ男が怒声を上げ銃口をアルフォンスに向ける。
手を打ち鳴らす音の直後、青白い光が床を走り抜け、床板が鋭い槍となって銃を弾き飛ばす。その衝撃に一瞬目を瞑った男は、次に目を開けた時に眼前に煌めく金色を見た直後、視界が暗転した。
アルフォンスにみぞおちを殴られて、胃の内容物をまき散らしながら崩れ落ちる最後の1人に呆然とし、自称紅蓮の錬金術師は目を見開く。
「貴方で最後です。紅蓮の錬金術師の偽者さん。」
息1つ乱すことなく睨みつけてくる鋼の錬金術師に、男は眉尻をぴくぴくと震わせる。
糸のような眼が見開かれ、憎悪の炎を燃やしている小さな瞳が見て取れた。
「わっ私が偽者だとっ⁉」
「はい。僕は、本物を知っていますから。
少なくとも、彼はそんな風に怒鳴ったりしません。」
本当に、嫌になるほど冷静な態度を崩さない男だった。紳士然とした態度のまま、掌の錬成陣を見せつけるあの姿に、何度戦慄を覚えただろう。
冷ややかな顔で自分を見る青年に、男は1つ息を吐くと面倒くさそうに頭をかく。
「何だよ。本物と顔見知りか。
だから、さっさと始末しちまいたかったのによぉ。」
先ほどまでの紳士的な態度から一転、粗暴な態度で入口付近でのびている男たちを一瞥する。
ああ。これがこの男の本性かと、アルフォンスは侮蔑を込めた笑みを浮かべる。
男は、そんなアルフォンスを不機嫌そうに睨みつけると薄笑いを浮かべた。
「まっ。ここで俺様が片付ければいいだけの事だがな。」
そう言って、両の掌を合わせる。
男の手から光が飛び散るのを見て、アルフォンスは一歩飛び退いた。
「伊達に国家錬金術師を騙っているわけじゃないぜ。」
男の足元に、アルフォンスが投げた鏢が突き刺さるのと、男の手が床に着いたのは同時だった。
2つの錬成光がスパークし、あたりは一瞬目が眩むほどの光に包まれた。
光が収束する頃、床に倒れ伏していたのは、紅蓮の錬金術師を騙る男だけだった。
「な…なんでっ?」
錬丹術によって、体の自由を奪われた男が驚愕の声を上げる。
術が正しく発動したのはアルフォンスのみで、男の手元では床板が燻っているだけだった。
呆然としている男に、「ちょっと失礼。」と断ると彼の掌をあらためる。
アルフォンスは、クスリと笑った。
「この錬成陣。何で描いたんです?」
「───ペン……だけど。」
「そんなもので描いたりするから、せっかくの陣が汗で滲んで崩れてますよ。これでよく変性反応が起こせたなあ。
錬金術師が手に直接錬成陣を描くときは、普通入れ墨にしますよ。掌のように汗をかきやすい場所は特に。」
アルフォンスの指摘に、男は顔を背ける。
「そんな痛い事したくねえよ……」
呆れて、声も出ないとはこういう事かと納得する。
「多少錬金術が使えるようですが……きちんと勉強したことないでしょ。」
「そんなもの、しなくたって使えるんだからいいんだよ。」
開き直る男に、目を細めて嘆息する。
「貴方は、詐欺の方が本職なんですね。だから、頭の回転もよく感がいい……錬金術のまねごとをしていたら、本当に使えるようになってしまったんですか。」
「俺、天才だからさ。」
悪びれもせず嬉々として話す男に、アルフォンスの表情に厳しさが増す。
「……紅蓮の錬金術師の真似をしたのは?」
「奴さんの風貌が俺に似ていたから…だけだ。みんな、国家錬金術師だって言うと無条件で信用するから面白かったぜ。」
「このテロに加担したのは……」
「金で雇われたに決まってるだろ。」
「───最低だ。」
嫌悪を隠さずに吐き捨てると、アルフォンスは踵を返して隅で震えている乗客らの元へ行き、怪我や体調不良がないか声をかけた。
その背に、男が怒りを滲ませた声で語りかける。
「おい。国家錬金術師。お前は、俺が錬金術を学ばずに使っていると言ったな……これでも、一度は師匠についていた時期もあるんだぜ。
もっとも基礎の基礎だとか単調で退屈な修行ばかりで、肝心なことは何も教えてくれないから辞めたけどよ……その時、手土産に師匠の錬成陣を頂戴してきた。」
そう言って懐から1枚の紙を取り出すと床に広げる。
そこには、完成された錬成陣が描かれている。
アルフォンスは息を呑んだ。
「師匠は、物質を破裂させる錬成が得意でよぉ……列車も、これを使って爆破する計画だ。
ちょっと、予定狂ったが……これで皆、あの世行きだ。」
「駄目だっ。止めろ!
それは、貴方には……っ!!」
アルフォンスの制止を無視し、男は錬成陣に両手を置く。
激しい光が陣から湧き上がった。
「ギャァァァァッ!」
男の悲鳴が響き渡る。爆破の錬成を行おうとした男は、両手を黒焦げにして床を転げまわった。
その有様に深く嘆息すると、傷ついた両手を錬丹術で治療を施す。
「だから止めたのに……
錬金術は何でも起こせる便利な力じゃない。物質の構成元素を理解し、分解再構築する科学技術なんだ。
他の術者が構築した錬成陣を、それを理解できていない者が使用すれば、リバウンドするに決まっている。
その危険性も分からない半人前が、技量以上の術を使ってこの程度で済んで、運が良かったね。」
男は何も言えず、痛みに涙を流している。
「何の努力もせず、ちょっとかじっただけで全てを理解したつもりのド三流に扱えるような代物じゃないんだよ。
あなたのような人間が、国家錬金術師を騙るなんて、100万年早い!」
地を這うような怒声を浴びせかけるアルフォンスに、男は俯くことしかできなかった。
詐偽の対価 - 4/6
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