詐偽の対価 - 1/6

「もしもし。あっ兄さん?やっぱり、もう帰っていたんだね。
うん。今、イーストシティ……予定だったら昨日のうちに発つはずだったんだけど……ちょっとお節介焼いたらマスタング准将に捕まっちゃって。」
朝一番で、ここイーストシティ駅を出発する列車を待つ間にリゼンブールのロックベル家に電話をかけると、家主ではなく兄のエドワードが出た。
『何だよ、お節介って。』
突っ込みを入れてくるのに口を濁していると、電話口で「ああ、そうか。」と納得した声と共に微かな笑い声が漏れ聞こえてくる。
『ラジオで言っていたイーストシティの銀行強盗事件。軍に協力した国家錬金術師って、お前のことか。』
ケラケラと楽しそうな笑い声の後、「それで、マスタングにとっ捕まっちまったのか。」と同情めいた言葉をかけてくる。
絶対、面白がっている。そう分かる響きの声だった。
アルフォンスは、苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「片付いたらすぐに駅に戻ろうとしたんだけど、軍の人に見つかっちゃってさ……」
『お気の毒さま。
それで、何時の汽車に乗るんだ?』
「今、駅から掛けてるんだ。15分発のに乗るから、そっちには昼前に着くと思うよ。」
『りょーかい。ばっちゃん達にそう言っておくよ。』
「うん。じゃあ、またあとでね。」
公衆電話を切ると、銀時計の蓋を開け時刻を確認する。発車まであと5分だ。速足でホームを突っ切ると汽車に乗り込む。
始発なので空席がまだあった。トランクを座席の上の網棚に載せると、ほっとして席に座る。
慌ていたためポケットから零れ落ちてきた銀時計を手に取り、少し弄んだ。
あちこち小さな傷だらけの、少しくすんだ光を放つそれに目を細める。蓋の淵には兄と自分の名前が刻まれている。
「経費節減にも、ほどがあるでしょ。」
アルフォンスは、クスリと笑う。

国家錬金術師試験に合格したアルフォンスに、グラマンは「エルリック兄弟の二つ名はこれしかないでしょう。」と笑って「鋼」の銘を与えた。
またその証としての銀時計も、アルフォンスとって見覚えのあるものだった。
「これは、君たち兄弟には、思い出深い品なのではないかね。」と穏やかな笑みを浮かべて蓋を開けて見せてくれた。
「Do’nt forget 10.3oct.11」
その文字を見るのは初めてだった。だが、日付には覚えがある。生家に火をかけ、旅立った日だ。
兄の…エドワードの決して口に出すことのなかった覚悟がそこにあった。
持ち帰った銀時計を見せると、
「何だお前。また、俺たちの所へ戻って来たのかよ。」
エドワードはそう笑い、懐かしさや苦々しさ、それと少々の愛おしさが入り混じった表情で、戦友とも呼べるそのごつごつとした顔を、取り戻した右手でそっと撫でていた。

銘も銀時計も兄のお下がり……次男坊の悲しい宿命がこんなことにまで及ぶとは。まあ。別に嫌な気持ちにはならないが……
「せめて、どっちか新品でもよかったなあ。」
諦観の笑みで時計をしまうと、車内販売に回ってきたワゴンを呼び止め、牛乳とパンを数個買った。
早朝のため、朝食を食べずに汽車に乗り込んだのだ。流れていく景色を眺めながら買ったもので腹を満たす。窓から差し込む暖かな日差しが、心地よかった。

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