詐偽の対価 - 2/6

いつの間にかうとうとし始めた頃、自分の向かいの空席に人が座る気配がし、瞼を動かす。
まだ、駅に停車した様子はない。発車して1時間は経過しているのではないだろうか……こんなタイミングで席を移動してくることを訝しんでいると、野太い声が鼓膜を不快に震わせた。
「おい。起きろ。」
億劫そうに片目だけ開けると、いかにも声の主らしい顔がこちらを覗き込んでいる。
「鋼の錬金術師、アルフォンス・エルリックだな。」
「……どちら様ですか。」
問いかけに是も非も答えず、相手の名を尋ねると、小馬鹿にしたような笑い声が返ってくる。
「どちら様かってよ。」
「こんなお坊ちゃん面した奴が、凄腕の錬金術師とはな。」
信じられねえよと、声をかけてきたのとはまた別の人物が鼻で笑う。
アルフォンスの前の席に1人、隣にもう1人が座っている。
「じゃあ。きっと、人違いですよ。」
ニッコリ笑って、あっけらかんと言う。
が、相手は赦してはくれなかった。凄みのある笑みで、睨みつけてくる。
「いや。お前で間違いない。昨日、この目に焼き付けたからな。
我々の計画を台無しにしてくれた、お節介な錬金術師の顔を。」
「昨日……ですか。」
はぁーっ。とアルフォンスは盛大にため息をついた。
「我々」「計画」という単語に軽く頭痛を覚える。以前にも似たような経験をしたことがある。あの時はまだ鎧の体だった。
「あれ。ただの銀行強盗じゃなかったんですか。」
「我々は、南部独立解放戦線『南の疾風(かぜ)』だ。あれは、活動資金の調達と、マスタング率いる東方軍の権威を失墜させるために起こした。」
4年前マスタングが仕掛けた騒乱は、大総統の暗殺と国民を巻き込んだ非道な実験を行ったとして、軍上層部で生き残った二人の准将に罪を被せ、マスタングと彼に同調したアームストロング少将の勝利となり、彼らは救国の英雄と持て囃されている。
その人気を地に落としたいだけの銀行強盗……人質にされた銀行員が本当に気の毒になった。
そして、それを邪魔したアルフォンスに仕返しをしに来たという訳だ。
面倒なことに首を突っ込んじゃったなあと、肩を落とす。
その様子に、テロリストたちはアルフォンスが観念したものと思ったようだ。
「計画を邪魔してくれたお前を血祭りにあげ、この列車の爆破で我々の存在をこの国中に轟かせてやる。」
聞きもしないのに、得意げに自分達がこれからやろうとしていることを宣言した。
「列車を爆破?」
聞き捨てならない言葉に、アルフォンスの眉がピクリと動く。
「ああそうだ。だが、お前には先に死んでもらう。」
そう言って、隣に座る男が銃を向ける。
「そんなの……」
アルフォンスが両手を打ち鳴らした。
「嫌、に決まってるでしょ。」
そう言って、男が引き金に指をかける前に、自分を取り囲むように座る男たちの手首を掴む。
青白い光が放たれ、男の手から銃が落ちる。落ちたのは銃ばかりではなく、シートに腰かけていた彼らの膝から力が抜け、へなへなと床へ崩れ落ちていった。
「な…なんだ?」
「か、体に…力が入らねぇ。」
床に這いつくばる男たちを、アルフォンスは涼しい顔で見下ろす。
「体の、気の流れを狂わせたんです。
思うように体が動かないでしょ。」
窓に掛かるカーテンを細いロープに錬成すると、慌てることなく二人の腕を拘束する。
「貴方たちの計画の全容を教えてください。体が動かしにくいだけで喋れるはずです。」
「………」
無言で見上げてくる彼らに、アルフォンスは目を細めると、口の端を吊り上げた。
「話したくないなら、話したくなるようにするまで……ですが……」
そう言って再び両手を合わせる。
「神経から直接脳に伝わる痛み……あれ、結構キツイそうです。
機械鎧を装備している兄がよくこぼしてました。
試してみましょうか。大の男でも気が遠くなる痛みだそうですよ。」
口元は笑みを作っているものの、目が全く笑っていない。怜悧な光を放つ黄金の瞳に、男たちの顔は見る間に蒼白になるのだった。

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