真理の扉からアルの身体を持ってきちゃった 11 - 4/6

どれほどの時間が経ったのか……真の闇というこの特殊な環境では、時間を確認するすべはない。
全てが止まってしまっているように錯覚する夜の闇を、アルフォンスは知っている。
そんな夜を、これまでにいくつ過ごしてきただろう。
早く夜が明ければいい……そう願ったのも数えきれないほどある。
そんな辛い想いを重ねてきたこの鎧の身体だが、今は自分がこの姿で良かったと、しみじみ感じている。
先ほどから、ガリガリと土を引っ掻く音が響いている。自分の前から響いてくるその音に優越感に浸りながら、アルフォンスは小さく笑う。
「穴を開けようとしてるのか?
無理だよ。父さんが、子供の力でどうにかなる作りにしているとは思えない。
あきらめな。」
上から目線で話しかけてくる鎧に、手近にあった木の枝で土を削っていた子供…の姿をした人造人間ホムンクルスは、その手を止めて声の主に向かって歩き出す。
数歩進んだところで、足元に転がっている何かに蹴躓いて派手に転んだ。
ドテッガシャンという音に、アルフォンスは驚いて小さな声を漏らした。
「君の頭です。
引っかかって、コケました。」
冷静な口調だが明らかに悔しそうな返答をするプライドに、アルフォンスは気が抜けて呆然とする。
本当に彼が、あの恐ろしい人造人間ホムンクルスなのだろうか。能力を使わなかったら、まるきり子供じゃないか。
「笑いますか?」
そのプライドから問いかけられ、言葉を探す。が、思ったまま伝えることにした。
「うーん。人造人間ホムンクルスじゃなかったら、まんま普通の子供だよなぁ……
騙されるよなぁ……て、思う。
ブラッドレイ夫人も騙して……」
そこまで話して、アルフォンスはハッとした。
「あ!! まさか、夫人もグル!?」
父親ばかりか子供まで人造人間だったのだ。家族全員という可能性も否定できない。
だが、その考えはプライドがあっさり否定した。
「ちがいますよ。
何も知らない、普通の人間です。」
「じゃあ。やっぱり騙してたんだな!
影で笑ってったんだろう。あんないい人を……!!
ルースだって……!
初めて『友だち』ができたって、すごく喜んでたんだぞ!!」
言い募るアルフォンスに、少年の異形は静かにその言葉を受け止め頷く。
「たしかにそうですね。
あれは、世間で言うところの『良い母』なのでしょう。
一度私が車に轢かれかけた事があったけれど、身を挺して助けに入りましたからね。
その気になれば、私は自力で逃げる事ができましたが、あの必死さには面食らってしまいましたよ。
私には父上はいたが、母というものはいませんでしたから、正直興味深かった。
母親とはこういうものなのか……と。
家族ごっこではあったけど、楽しかったし、あれは好きです。これは本当。
同じように…君の身体との友達ごっこも楽しかったですよ。
互いに素性を隠し普通の子供のふりをしながらでしたが、それでも大人でない人間と長く関わることが少なかったので……本当に普通の子供だったら、もっと親密に仲良く…世間で言うところの『親友』になれたと思います。」
人造人間ホムンクルスの思わぬ告白に、アルフォンスは完全に毒気を抜かれ一瞬放心していた。
ハッとし、慌てて首を振る。とは言っても鎧の頭は地面に転がっており、プライドが持っている木の枝に叩かれているのだが。
「ぼっボク達を『人柱』と呼んで必要としているみたいだけど!!」
騙されるものかと慌てて口走ったものの、考えがまとまらないままだった。
「えーと。
もし、ボク達が自分の身かわいさに国外逃亡してたら、今回のお前達の作戦はおじゃんだ。
ちょっと、作戦がずさんじゃないのか?」
人間に頼らなければ成功しない計画にも拘らず、その対象者を自由にさせている点を指摘する。
相手の反応を伺うが、人造人間ホムンクルスは慌てた様子もなく、相変わらず静かに答えてきた。
「だが、君達はこの国に残りました。
自分だけが良ければ、この国がどうなっても良いという考えは持たず、中央ここに闘いに来ました。
それが、貴方達人間なのです。」
きっぱりと言い切る人造人間の言葉に、アルフォンスは息を呑む。
「我々は、君達人間が持つその揺るぎない心を信用しています。
そして、その心のより強いものを人柱に選んだまでの事。」
そう答え、また鎧の頭を叩き出すプライドに、アルフォンスは何とも釈然としない心地になる。
「…………褒められてんだか、なめられてんだかわからない。」
だが、彼は自信をもって答えていた。
人間の事をよく知った上で、この作戦を行っていると……
人間を遥かに凌ぐ戦闘力を持ちながら、人の中に溶け込み、人心を操作し、長い年月をかけて国土錬成陣を完成させている。
最後の仕上げが自分達「人柱」だというのなら、ここから絶対に動かなければいい事だ。
今、自分にできる事は、このまるきり子供のような人造人間ホムンクルスの口車に乗ってしまわないように警戒しながら、ここでじっとしていること。
そうすれば───
兄さんと父さんが全て終わらせてくれる!
人造人間の言う「揺るぎない心」で、アルフォンスはそう信じていた。

ブラッドレイ夫人とルースが、マスタングとその元部下によって拉致誘拐されたとの報告は、明け方近くに軍上層部に届けられた。
前日飛び込んできた大総統キング・ブラッドレイ消息不明の報に続いての凶報であったが、「あの方」と呼ばれ大総統の席に当然のごとく座る男を前に、将軍らは冷静であった。
「アームストロング少将の予測通り…か……」
将軍の1人がぼそりと呟いて、末席に座する女将軍を見る。
「愚かな事だ……使えぬ人質を取るとは……」
上座に座る男は、嘆息を漏らして席を立った。
「あとは諸君らに任せる。
やるべきことは分かっているのだろう。」
「はっ。マスタングと例の少年は、すぐに捕らえてみせます。」
男のすぐそばに座る将軍がそう答え、アームストロング少将の向かいに座る准将に視線を送る。
「このクレミンにお任せください。」
スキンヘッドの強面がにやりと笑った。
そのやり取りを目を伏せて聞きながら、オリヴィエ・ミラ・アームストロングは微かに唇の端を上げる。

お手並み拝見…と行こうじゃないか。ロイ・マスタング大佐。

0

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です