真理の扉からアルの身体を持ってきちゃった 11 - 3/6

「───中央セントラル市街に入るんですか?」
運転席と助手席の隙間から顔を出している少年が、フロントガラスから見える光景に、誰ともなく問いかける。
それに答える者はいなかった。
「ごめんなさいね。窮屈でしょ。」
質問に答えない代わりに、ホークアイが、自分たちの足元にいる少年に謝罪と気遣いの言葉をかける。
大人3人掛けの後部座席の足元の空間に、体育座りでちんまりと収まっている少年、ルースは苦笑いを浮かべながら首を振る。
「いいえ。大丈夫です。
この中で、僕が一番小さいですから。」
軍用車とはいえ、とっくに定員オーバーだ。ブラッドレイ夫人を挟むようにマスタングとホークアイが座れば、夫人の同行者であるルースが座れる場所はなく、必然的にこうなった。
「……市街に入るのなら……」
軍人に挟まれ、体を強張らせている夫人が声を漏らした。
「夜が明けたら、この子を解放して!」
必死の声に、マスタングとホークアイばかりか、助手席に座るブレダも夫人に視線を移した。
「貴方たちが人質としたのは私だけでしょう。この子は無関係のはずです。
子供を巻き込むなんて、軍大佐の肩書が泣きますよ。」
威厳を持って諭すその声が、微かに震えている。無理に作った笑顔も、哀れなほど引きつっていた。
彼女の忠告と懇願に、マスタングは眉尻を下げる。
「おっしゃる通りですね……
私も、無関係で、自分の身すら守れない無力な子供を、連れまわすのは本意ではありません。」
そう言って、足元の少年に視線を落とす。彼の目には哀れな子供に向ける憐憫れんびんの情など欠片もなかった。
ルースが口の端を上げる。
「僕は、何もできない無力な存在でも、無関係な子供でもありません。」
強い意志を感じさせる視線をマスタングに向けて、そう言った。
大佐がクツリと笑う。
「ルース君!?」
驚愕して声を上げるブラッドレイ夫人に、ルースは眉尻を下げる。
「僕を守ろうとしてくれてありがとうございます。
でも、『無関係』だなんて…そんな寂しいこと言わないでください。ほんの数カ月の間だけど、家族のように一緒に暮らしてきたんです。
だから…僕におばさんの事を守らせて。
そのために、格闘術を習って、錬金術も鍛錬してきたんだ。」
静かに訴える少年に、夫人も眉尻を下げる。
「錬金術師がもう一人いた方が何かと便利でしょう。」
「……そうだな。」
目と目を合わせ、含みのある笑みを交わす2人に、夫人は眉を顰めて隣に座る女性を見た。
「ホークアイ中尉……」
大佐へ助言を求める彼女に、ホークアイは申し訳なさそうな表情で首を振る。
「こんな目をしている男性に、何を言っても効果はないかと……」
苦笑する彼女に、夫人も嘆息を漏らして頷く。
「………そうね。
昔……大総統になると私に宣言した時の、あの人と同じ目だわ……
───大佐は、反逆者の汚名を被ってでもやり遂げたいことがある……のね?」
問いかけに、ホークアイは答えることなく正面を見据えている。それが、答えなのだと納得し、ブラッドレイ夫人は足元の子供に視線を移した。
実力行使に出た軍人と同じ目をしているこの少年は、一体何を決意しているのだろうか。
私を守れるなら、自分の命など惜しくないなどと考えてはいまいか……
それだけが気がかりだった。

 

車は中央市街の西の外れに差し掛かったところで停車した。
「ここは……?」
訝る二人を他所に、軍人らは車外へ出ていく。
「夜が明けたら、市内へ移動します。
それまで、お休みになって下さい。」
ホークアイが、出しなにそう言い残した。
彼女は、先に降車しているマスタングの後を追って、車が停車している左の道へ入っていく。
彼女を目線で追っていた夫人が、はっとして声を漏らした。
「……この先は……戦没者霊園だわ……」
「誰かの、お墓参りですか?」
トランクから毛布を出し、2人に渡すブレダにルースが尋ねる。
「ああ……大佐の一番の理解者で親友だった人だ。
軍内部の不穏分子を調べていた……その最中、何者かに殺されたんだ。」
ブレダの説明に夫人の顔が強張る。
「──ヒューズ准将……のこと?」
「……! ご存知でしたか。」
「勿論です。軍内…主人の関わることは、把握しています。」
彼女の言葉に、ブレダは失礼しましたと首を垂れる。が、何かを思いついたように顔を上げると、真剣な表情で話しかけた。
「奥様。今回、我々のこの暴挙も、この件が関わっているのです。
詳しい事はまだお伝え出来ませんが…というのも、敵が誰なのか、どれほどの規模なのかも、正確に把握できていない状況でして……
敵を炙り出すために、ご協力をお願いしたいのです。」
「………あなた方が言う『敵』の中に、主人も含まれているの?」
その問いに、ブレダは無言で首を振る。
「申し訳ありません。これ以上は……」
協力を求めながら、肝心なことをはぐらかす男に、嘆息を漏らす。
「……どちらにせよ、私はもう貴方がたの虜だわ。
行動を共にせざるを得ないのでしょう。」
「申し訳ありません。」
再び頭を下げるブレダを無視して、夫人は受け取った毛布を肩からかけると目を閉じた。
そんな彼女に、ブレダは小さく息を吐くと助手席に戻る。それを見届け、ルースも彼女に倣って目を閉じた。

東の地平が青白く輝くころ、大佐と元補佐官が車に戻ってきた。
後部座席で寄り添って眠っている二人に、自然と笑みが漏れる。
「なんとも…微笑ましい光景だな。」
「まるで、仲のいい親子のようですね。」
「家族のように暮らしていたと言っていたが……彼を大総統邸に引き取ったのは、敵の思惑だけではなかったという訳か?」
「……そのようですね。」
ルースを抱き込むような姿勢で眠る夫人に、マスタングとホークアイは目を細める。
母親が我が子を守るかのような寝姿に、この少年が彼女の庇護下で大切にされてきていたことがうかがい知れる。
マスタングは、小さく安堵の息を漏らした。

見守っていた子供が、ぱちりと目を開けた。
マスタングと目線が合うと、夫人の腕の中からそっと抜け出し、起こさないよう、そろりと車外へと出て来る。
白みかけた地平を振り返って、確認する。
「そろそろ、出発ですか?」
「ああ。」
真剣な表情で問いかけてくる少年に、大佐は小さく頷いた。
「その前に、少し情報交換しましょうか。」
穏やかな顔で声をかけてくる彼の目が少しも笑っていない事に、マスタングは目を細める。
「しばらく会わないうちに、ずいぶん逞しくなったな。」
「おかげさまで。」
ルースは不敵に笑ってみせた。
「あそこにいたお陰で、少しは軍の内情を知ることができました……部下を取り上げられて、飼い殺し状態だそうですね。」
その言葉に、マスタングは肩をすくめてみせる。
そんな彼にかまうことなく、ルースは言葉を続けた。
「アームストロング少将が、上層部に組み入れられたとも聞いたんですけど?」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず……そう考えて、自らすすんで入ったようだぞ。」
大佐の引きつった笑みに、ルースは肩をすくめる。
「凄いな……そういうのを、女傑て言うんですよね。」
「女傑…ね。あの人を言い表す言葉としては、少々物足りないな。」
クスリと笑うマスタングに、小首を傾げる。
「では、何と?」
「ブリッグズの連中は、『女王様』と呼んでいるな。」
確かに、彼女を呼び表す言葉として、これ以上のものはない。ブリッグズ山の大熊と素手でやりえるとまで言わる強者つわものどもを束ねる彼女の貫禄と勇ましさ。その威風堂々たる立ち居振る舞いは、まさに王者の風格だ。
女だてらに…と言っては失礼だが、大総統の椅子を狙うマスタングにとって、グラマン以上に大きな障害である。
だからこそ……
「その女王様が、大佐のパートナーという事ですか?」
「光栄なことに、ご指名頂いてね。」
「大総統夫人を人質に、中央セントラル市内で何をするつもりです?」
真剣な顔で尋ねてくるのに、マスタングは人の悪い笑みを浮かべる。
「なに。ちょっとした鬼ごっこだよ。
それに、敵の出方を確認しておきたくてね。」
「作戦の詳細が知りたければ、俺が説明しよう。」
いつの間にか車から降りてきたブレダが、声をかけてくる。
それを制して、今度はマスタングがルースに真顔で尋ねてきた。
「情報交換……だろ。
君が知っていること、しようとしていること、全て聞かせてもらおうか。」
鋭い目を向ける大佐に、ルースは軽く瞑目すると頷くのだった。

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