真理の扉からアルの身体を持ってきちゃった 10 - 1/6

柔らかく暖かな日差しが降り注ぐ芝生の庭を、2人の少年が駆け回る。
ブーメラン投げに興じる彼らを、少し離れた位置のガーデンテーブルから眺め、ブラッドレイ夫人は目を細めた。
「ルース君、本当に元気になって……セリムも、一緒に遊んでくれる友達ができて楽しそうだわ……」
独り言のように、傍らで新聞を読む夫に話しかける。
「セリムは、ルース君にとても懐いて…まるで兄弟のようじゃありません?」
その問いかけに、ブラッドレイは新聞から目を離し、彼らを見る。
「仲が良いのは大いに結構な事だな。」
そう言って、手の中の新聞を折りたたみ、テーブルの上に置く。
「ねえ、あなた。
子供をもう一人欲しいと思うのは、贅沢かしら。」
「──彼を、養子にしたいのかね。」
そう言って、ルースに視線を移す。
ルースは、セリムから渡されたブーメランを、勢いよく投げ飛ばしたところだ。
「きっと、あの子の親御さんは必死に探しているのでしょうけど……このまま見つからなければ……と、思ってしまう事もあるの……
他所様のお子さんを勝手に病院から連れ出しておいて……虫のいい事ばかり言っているわね。」
自嘲する妻に、ブラッドレイは目を細める。
「あれの親が生きておれば、とっくに名乗りを上げているのではないか?」
「あなた……」
「……このまま記憶が戻らず、親も見つからなければ、本人の意思を確認してみるのも悪く無いのではないかな。」
夫の言葉に妻は目を大きくし、次には嬉しそうに微笑んだ。
その時──
「わぁっ!」
セリムが大きな声をあげた。
戻ってくるのを掴もうとしたセリムの手のさらに上を、ブーメランは飛んでいく。その先に、ブラッドレイ夫妻の居るテーブルがあった。
「危ないっ!」
ブラッドレイが、常に持ち歩いている剣を掴んで立ち上がるのと、ルースが両手を地面に置いたのはほぼ同時だった。
ブラッドレイの目の前で、錬成光が閃く。その直後、土できた巨大な掌が、ブーメランの行く手を阻んだ。
夫妻の僅か数十センチ手前で、それはポトリと落ちた。
「おじさん、おばさん。ごめんなさい。
お怪我ありませんでしたか?」
突如庭に出現した掌のオブジェから、ルースがひょこりと顔を出し謝る。
「ええ…大丈夫よ。ちょっと、びっくりしたけれど。」
夫人が笑って答え、オブジェがバラバラと地面に崩れ落ちる。
パチンと音を立てて、ブラッドレイが剣を鞘に納めた。
「元に戻しておきなさい。
庭師が怒り狂うぞ。」
「はぁい。」
ルースが、錬成によってガタガタになってしまった芝生に両手を置くと、芝生の庭は元の美しさを取り戻した。
「ルース。また腕を上げたね。」
セリムが、感嘆の声をあげる。
「どうやったの?錬成陣無しで錬成したように見えたよ。」
「エへへへ……鋼の錬金術師さんみたいだろ?」
得意げな顔で、ルースはは両手にはめた白い手袋の掌側を見せる。
そこには、円と幾何学模様を組み合わせた錬成陣のような模様が描かれている。
「こうやって両手を合わせることで錬成できるんだ。」
「わぁ。すごいなあ。
鋼の錬金術師さんも、こうやってるの?」
小首を傾げるセリムに、ルースは「違う。違う。」と手を振る。
「あの人は、こんな事しなくても錬成できるよ。
両手に錬成陣ってやり方は、他の国家錬金術師がよく使ってるんだ。」
錬金術の話題で盛り上がる子供たちに、ブラッドレイ夫人が声をかける。
「さあ。2人とも少し休憩なさい。
じいやがソーダを用意してくれましたよ。」
「わぁい。」
セリムが歓声を上げて小走りにテーブルへ向かう。その後をルースが歩いていく。その手には、もう杖は握られていなかった。

ルースがブラッドレイ家に引き取られて数カ月が経つ。季節は冬から春へと移り変わっていた。
軍隊式トレーニングのお陰で、自己流の筋トレよりも早く確実に筋力が上がった。
今では、この家にやってきたばかりのヒョロヒョロで痩せっぽっちな面影はなく、少々小柄だが均整の取れた体格になっている。
入院中は、肩に流して結んでいた髪も、運動するのに邪魔にならないように後ろで結んでいる。
髪型が変わったために、受ける印象も穏やかで内気そうだったものから、活発な少年に変わった。
ブラッドレイ家の面々ともすっかり打ち解け、今では夫妻の事を「おじさん」「おばさん」と呼び、セリムとも敬称をつけずに呼び合っている。(全て夫人の希望であるのだが)
「勉強の方は進んでいるかね。」
ブラッドレイがルースに尋ねかけた。
その問いに、笑顔で頷き返す。
「はい。
家庭教師の先生も、この調子なら合格できるだろうって言ってくれてます。」
「凄いなぁ。 秋には大学生だね。」
ニコニコと話しかけてくるセリムに、ルースは眉尻を下げた。
「合格できれば…ね。」
「あら。先生がそう言って下さっているなら大丈夫よ。」
夫人も嬉しそうに笑った。
両親の公務に付き合って学校へ通えないことが多いセリムには、家庭教師が付いている。
夫人がルースの学力を心配し、一緒に指導してもらったところ、高等学校レベルまで問題を解いてしまう彼に驚愕した家庭教師が、大学受験を勧めてきたのだ。
そもそも、4歳で錬金術をなんとなくでも理解できた頭脳を持つアルフォンスの身体で、しかも中身は真理なのだから当然と言えば当然だ。
遠慮するルースに、夫人ばかりかセリムとブラッドレイまでもが受験を奨励し、大学受験することになってしまった。

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