真理の扉からアルの身体を持ってきちゃった 11 - 2/6

また、大木が崩れ落ちる大音響が轟いた。
「火事で光源があり過ぎるし、閃光弾も使い果たしタ。
もう、同じ手は使えんゾ。」
「まずいな。
このままだと、そこの住人も巻き込まれる。」
ぽつりぽつりと明かりが灯る集落を見ながら、ダリウスが呻いた。
「ボクのせいだ……
ボクがプライドに捕まったから、みんながピンチに……」
プライドは、恐らく兄をおびき寄せるために自分を乗っ取ったのだろう。それに気付かれ、兄と闘う事になったのではないか?
きっと、プライドからボクを解放してくれたのは兄さんだ。
アルフォンスは右手を固く握りしめた。
自分のせいで、兄や仲間たちが窮地に立たされている。
だったら、自分が何とかなくてはいけない。プライドの攻撃から皆を守る方法は……?
考えを巡らせていたアルフォンスは、1つの方法に思い至った。
そして、傍らの父を見る。
「父さん。
父さんはやり手の錬金術師なんでしょう?」
真面目に尋ねてくる息子に、何かを感じ取ったホーエンハイムは、表情を押し殺した顔で答える。
「……ああ。ハンパ無いぞ。」
「父さんの腕前を見込んで、提案がある。」
真剣な声で語りだすアルフォンスの「提案」を、父もまた真剣な顔で聞くのだった。

ホーエンハイムに意識を向けているプライドの背後から飛び出す。
彼に指先を触れる事すらできぬまま、アルフォンスは影に捕らえられた。
自分という人質を再び得ることができた人造人間ホムンクルスは、四方に伸ばしていた影を集め鎧の頭を叩き落とす。
「わざわざ人質になりに戻るとは。
君の息子も、もの好きな。」
得意になって父に語り掛けるプライドに、アルフォンスはほくそ笑んだ。
ホーエンハイムは、冷笑する人造人間を睨みつける。
「俺の息子を、バカにするな。」
足元から錬成光が走る。
その刹那、大地がプライドとアルフォンスを中心に、彼らを包み込むようにめくれ上がった。
大音響を立てて、周辺の地面が物凄いスピードで彼らの頭上に集まる。そう、きれいに剥いたミカンの皮を再び元に戻すように。
唖然とするセリムを、アルフォンスががっしりと抱え込み、身動きできなくした。
「ホーエンハイム!!」
アルフォンスの腕の中で、セリム・ブラッドレイが叫んだ。
ミカンの皮が完全に閉まる瞬間。わずかな隙間から飛び出したプライドの影が、剣の切っ先のようにホーエンハイムの喉元に伸びていく。
腹に響く大音で大地が半球を完成させると同時に影の動きが止まり、彼の僅か手前でザラザラと砂のように崩れ落ち消えた。
辺りは静けさを取り戻し、森の中に巨大なドーム状の山が出現した。
驚嘆の声を上げて山を見上げる者、身体を共有している皇子の部下の安否を確認する者の耳に、怒声が飛び込んでくる。
「どういう事だ!
なんだこれ!おいっ、ホーエンハイム!」
エドワードが父親を怒鳴りつけている。
「アルが巻き添えになってんじゃねーか!
何考えてんだ!!」
目くじらたてて吠える長男に、ホーエンハイムは平然とした顔で答える。
「アルの提案だ。」
「なっ……」
父の答えに、エドワードは声を詰まらせた。
「今のプライドを倒すのは困難だ。
このままだと周りの被害も大きくなる。
ならば、倒すのではなく押さえこんでおこうってな。」
父の言葉に、エドワードは息を呑んで目を見開いた。
プライドから解放してから、ホーエンハイムとアルフォンスが戦線に現れるまでさほど時間はなかった。
そのわずかの間に状況を把握して、こんなことを提案したというのか。
弟の頭の回転の速さと相変わらず冷静な判断力に、エドワードは、感嘆するとともに苛立ちを感じずにはいられなかった。
「これで、我々が対策を立てる時間が稼げる。」
「だからって、なんでオレに相談なく……」
勝手に決めてるんだと言おうとした声を遮って、父が冷然と見下ろし言う。
「『兄さんに言ったら、絶対反対される』ってさ。」
エドワードは、表情を強張らせた。
「一瞬で閉じ込めるには、奴の影をなるべく中心に集める必要があった。
アルは『一番適しているのは自分だから』と、この役をかってくれたんだ。
アルなりに、全員が今生き残る術を考えた結果だ。」
淡々と告げる父の言葉から、アルフォンスの覚悟と信念を察し、エドワードは唇をかむ。
誰の犠牲もなく、元の身体に戻る。
殺す覚悟ではなく殺さない覚悟。
これは兄弟の信念だ。

全員生き残る!

アルフォンスの強い意志を感じる山を見上げ、エドワードは奥歯をかみしめた。
「くそっ……」
漏らした声は怒りであり、口惜しさだ。
アルフォンスへなのか、ホーエンハイムにか、それとも自分自身に対してなのか……エドワード自身でも判らなかった。

一筋の光明すらない真の暗闇……
燃え盛る炎の明かりが土塊によって遮断されると同時に、鎧の腕から解放されたセリム・ブラッドレイは、目の前の土壁を二度三度叩いた。
「完全な闇……ですか。
ホーエンハイムめ……」
自分を閉じ込めた人間への苛立ちの声を漏らす。
背後から、自分ではない者の笑い声が響いた。
「上手くいった!
これで、お前の能力も使えない。」
「その声は、アルフォンス・エルリック……君も閉じ込められたのですか。
笑っている場合ですか。
君がここから出ようと隙間を開けたら、その瞬間、私も影を出して……」
「ここから出る気なんか、ハナから無いんだよ。」
アルフォンスの凛とした声が、言葉を遮る。
「がまん比べといこう。セリム……いや、人造人間ホムンクルス『プライド』。
こっちは、酸素も光も食べ物も何も無くても平気な身体だ。
なんなら“約束の日”とやらが過ぎるまでここにいようか。」
アルフォンスの勝ち誇った声が、闇にこだまする。
すべてを呑み込む闇のその先で自分を嗤う鎧を、少年の姿の異形が睨みつけた。

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