真理の扉からアルの身体を持ってきちゃった 9 - 5/10

ホーエンハイムは、「フラスコの中の小人ホムンクルス」と自分との関り、クセルクセス滅亡の真相と自分の身体の秘密を全てアルフォンスに伝えた。
「───という話なのさ。」
目の前の息子は、無言で微動だにしない。
無機質な鎧では、生身の人間のように表情でその心情を計るという事ができない。寝てるか起きているかも分からない……アルフォンスに限っては、寝ていることはまずないが……
無言のままこちらを向いて座っている鎧に、たまりかねて声をかけた。
「聞いてる?」
「んはぁ!!」
聞いた話を整理するため思考の海に沈んでいたアルフォンスは、父の呼びかけに自分でも良く分からない声で答えた。
「理解した?」
「えーと。奴隷が父さんで賢者の石?」
「そう。」
「ああ。そう。」
あまりにさらりと答えるアルフォンスに、ホーエンハイムは眉尻を下げた。
「………信じてないだろ。」
「十数年ぶりに再会した父親に、そんな告白されて納得する奴は、頭がどうかしてると思うよ。」
バッサリと言い捨てられ、ホーエンハイムはガックリと首を下げる。
「……だよなぁ。」
深々とため息を漏らす父親に、アルフォンスは言葉を続けた。
「だけど……どうやらボクは、その『頭がどうかしてる奴』みたいだ。」
そう言って、彼もため息を漏らす。
「『ありえないなんて事はありえない』んだってさ。」
「受け入れるの早いな。」
「正直びびってるよ。
うーん……自分がこんなありえないような身体しているから……かな。
動揺が少ないのは。」
自分は食べることも眠ることも疲れることも、肉体的な苦痛を感じることもない。目の前の父親は、人の姿をしているが多くの人の命を集めた賢者の石で、何百年も生き続けている。
「…ねえ。
死なないって……どんな感じ?」
純粋な疑問だった。その問いに、父は目を瞬かせながらも真面目に答えてくれた。
「どんな感じって……
この身体、いろいろ便利だけれど…友達が先に逝ってしまうのが嫌だな。」
「……ボクは、夜に1人だけで起きてるのが嫌だな。」
アルフォンスの言葉に、ホーエンハイムは目じりを下げた。
あまり前向きな答えを言ってやれなかった。長い年月生きていても、これだけはどうしようもなくやり切れない。
そんな自分の気持ちを汲んでくれたのか、尋ねもしないうちからアルフォンスは、自分が辛いと思う事を伝えてくれた。
人の気持ちを軽くする術を知っている……優しい子だ。
「父さんがそういう話なら合点がいくよ。
ピナコばっちゃん家にあった父さんの写真。十数年前なのに今とちっとも変わらないし。
ばっちゃんは『ホーエンハムとは昔からの飲み友達だ』なんてよく言ってたけど。年寄りの言う『昔』って10年や20年どころじゃないだろ?」
「まあ…な。
ピナコとはもう50年か60年くらい前からの知り合いだ。
あいつの紹介でトリシャに会って……」
「んで。結婚したの?」
「うん。俺の一目ボレ。俺メロメロ。」
「メロメロですか。」
アルフォンスは呆れた声で反復する。
真顔でこっぱずかしこと言うな。このおっさんは。
「……トリシャも、先に逝ってしまった……」
肩を落として落ち込む父親に、アルフォンスは、どうしたものかと言葉を探す。
こんな状態の父に聞いていいものかどうか迷うが、この話を聞いてまっ先に感じた事を確認したいし、意識を母から離したほうがいいと判断した。
「えーっと……さ。
父さんは賢者の石で、まっとうな体じゃない訳でしょ?
つまり…その……ボクらは…さ…」
言いずらそうに言葉を濁す息子に、ホーエンハイムは彼が訊きたがっていることを口にした。
「その賢者の石を父に持った子は、はたして、まっとうな人間か……って訊きたいんだろ?」
「……うん。」
首肯するアルフォンスに、ホーエンハイムは穏やかな声で答えた。
「大丈夫だよ。
俺は、分解再構築によって賢者の石と魂が融合してるけど、核はあくまで俺という人間だから。」
この言葉に、アルフォンスは安堵の息を吐く。
「だが、中央セントラルにいるあいつ……
あれは、俺を模した皮袋に入ってるようなものだ。」
『お父様』に言及され、アルフォンスはここに来た理由を思い出した。
「そうだ!
あいつら、この国を使ってクセルクセスの再現をしようとしてるんじゃないの?
今すぐ止めないと大変な事に!」
そう言いながら、これまで調べたことを書き留めてある紙を父に見せる。
「ほぉ。やるなぁ。ここまで調べたのか。
こっちは逆転の錬成陣だな。」
メモを見ただけで、逆転の錬成陣であることまで理解する父に、アルフォンスは舌を巻く。
やっぱり、父さんは凄い錬金術師だ!
同じ錬金術師として、同じ敵を持つ同志としてアルフォンスは躊躇なく自分の意見を言う。
「てっとり早いのは、地下トンネルを壊す事だと思うんだ。
だから、ここの……」
「やめておけ。
下には『プライド』という、とんでもない人造人間ホムンクルスが待ち構えてるぞ。」
熱く語るアルフォンスを、ホーエンハイムは淡々とした口調で制する。
「そんな…急がないと奴らの錬成陣が完成しちゃうよ!」
父の真意を測りかね、アルフォンスは訴え続けるが、父は相変わらず涼しい顔をしている。
そればかりか……
「いやぁ。
もう、完成してるかもしれないぞ。」
と、傷の男スカーと同じ不吉なことを言い出す始末だ。
「だったら、なんでそんなに悠長にしてるんだよ!」
半ば怒ってそう言えば、父は真顔でアルフォンスを見据える。
「まだ、『その日』ではないからだ。」
「え?だって、トンネル……」
地面を指してそう言う息子に、ホーエンハイムは諭すように呼び掛ける。
「アルフォンス。
下ばかり見てないで上を見上げろ。
そうすれば、見えてくるものもある。」
そう言って、人差し指で上を指してみせる。
「上……?
空?太陽神レト?」
アルフォンスは、父が伝えたがっていることを理解できずにいた。
「あいつは、その“来たるべき日”を待ってる。」
視線をあげて語るホーエンハイムを、かつてエドワードがコーネロを懲らしめるために錬成した太陽神の巨像が見下ろしていた。

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