真理の扉からアルの身体を持ってきちゃった 8 - 1/6

診察室の寝台に横たわる金髪三つ編みの少年を見下ろし、老医師は嘆息を漏らす。
重傷だと運ばれてきた患者の衣服は、ほこりや土にまみれ腹部の左側はボロボロに引き裂かれて大量の血液が付着ているが、その破れている箇所から露出している身体の部分には真新しい傷跡が見えるだけだ。
「──一体何があったんだね。この坊主。」
「バズクールの炭坑跡で立坑がぶっ壊れて、崩れ落ちてきた鉄骨が背中から脇腹を貫通したんだ。」
ゴリラのようなごつい体格容貌の男の説明に、医師は顔を強張らせる。
「そいつは、いつのことだね。」
「今日の昼間だ。」
眼鏡をかけた一見紳士風の男が答える。
「昼間っ?だが、この傷跡は……っ。」
目を見開いて再び患者を診ていた医師の目が、すっと細められた。
「───錬金術か?」
「ああ。」
「どっちが術師だ。どんなことをした。」
鋭い視線と剣のある声で尋ねられ、合成獣の軍人らは顔を引きつらせる。
「俺たちじゃない。術を使って傷口をふさいだのはコイツだ。」
そう言って横たわる少年を指す。
「この坊主が? 自分でやったのかい。」
海千山千の老医師も、さすがに驚愕した。
「こいつ、史上最年少の国家錬金術師でよ。昔、人体の構造について調べたからって、刺さっている鉄骨を抜くのと同時に自分へ術をかけたんだ。」
「無事な組織と組織を繋いで出血を止めたって言ってたな。」
2人の軍人の会話に、医師は頭を掻きながら、再び患者に視線を戻す。
「まったく……錬金術師って奴は。
後先考えずに無茶な事してくれる………」
「血圧は正常値。体温が高いね。39度近くある。」
連れ合いの予診に頷くと、医師は次の指示を彼女に出した。
「開腹手術するから準備してくれ。」
「あいよ。」
医師らがてきぱきと準備を進める中、寝台の上の患者、エドワード・エルリックが目をうっすらと開いた。
「……ここは……?」
「よう。小僧、気が付いたか。
ここは、わしの医院だ。今からお前さんの腹掻っ捌かっさばいて、中がどうなっているか確認するからな。」
「えっ……!?」
覚醒と同時に告げられた内容に、エドワードは目を剥く。
「どっ、どういう事だよ。
おいっ。ゴリラとライオンのおっさんいるのか!?」
熱が高い割には元気のよい声に、呼ばれた軍人らは安堵の表情を浮かべ彼の側に駆け付けた。
「よう、鋼の。目が覚めたか。」
「目が覚めたかじゃねえよ。キンブリーを追ってくれって頼んだじゃねえか。」
依頼したことを守ってもらえなかったことに苦情を言う彼に、“ライオンのおっさん”ことハインケルは苦笑を浮かべる。
「そう言った途端、気絶したんだ。
そんな体で戦えるわけがないだろう。医者に運ぶ方が先決だと判断したんだ。」
半ば呆れて言うのに、エドワードはなおも食い下がる。
「ここで足止めくらっている間に、あいつが見つけたら……みんながっ!」
そう言って跳ね起きた途端、目の前がぐらりと揺れ、エドワードは力なく寝台の上に倒れた。
「どういう事情か分からんが、この人の言う通りだと思うぞ。
そんな体じゃ、今動くのは到底無理だ。それに、お前さんが自分に施した術で臓器がどのようになっているのか確認しておかないと、後々面倒な事になる。
鉄骨に潰され壊死した臓器が、無事だった臓器に癒着でもしたら、せっかく助かった命も助からなくなるぞ。
ちったあ、頭を冷やせ。」
医師の忠告に、エドワードは瞑目し、息を吐いた。
「なあ、鋼の。お前が言う『みんな』とは傷の男やあの小娘の事か?」
ゴリラ顔の軍人ダリウスの問いかけに、エドワードは小さく頷く。
「あと他に2人いる……アルも一緒だ……」
その告白に、合成獣は自分達とキンブリーがまんまとこの少年とブリッグズにはめられていたことを察し、顔を見合わせ肩をすくめる。
「そうか……弟を心配する気持ちはわかるが、お前の弟なら何とか切り抜けるんじゃないのか。傷の男も一緒なんだろ。」
気休め程度の言葉ではあったが、エドワードには十分な言葉だったようだ。
そうだな……と、小さく笑う。
「オレはアルたちの事を信じる。
きっと無事に安全な場所に逃げてるって……」
自分に言い聞かせるようにそう言うと、エドワードは医師を仰いだ。
「先生。この傷、治してくれ。頼みます。
オレは、こんなところで死ぬわけにはいかない。」
強い意志をたたえた黄金色の瞳で訴える少年に、老医師は口の端をあげる。
「任せておけ。きっちり治してやる。
その代わり、少々値は張るがな。」
ニヤリと笑う彼に、エドワードも笑い返した。
「かまわねえぜ。オレは国家錬金術師だ。金なら唸るほど持ってるからな。
バリンバリンの全快にしてくれ。」

0

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です