真理の扉からアルの身体を持ってきちゃった 9 - 4/10

「あ、あの…大総統。ありがとうございます……助けていただいて入院させてもらったばかりか、今度は……」
彼がなぜ自分を手元に置くのか。その理由は重々承知しているが、ここには事情を全く知らない夫人と息子がいる。
彼らに不審がられないよう、表向きの事情に沿う礼をそれらしく言っていると、ブラッドレイは豪快に笑った。
「はっはっは。そんなに緊張せんでもいいよ。
実はな、病院から退院の打診がある前から、君をこの家で面倒見ようと準備していたんだ。」
「えっ!?」
「以前、うちのが君を見舞った日があっただろう。
あの夜、こっぴどく叱られてな。」
「し、叱られた……?」
ルースは呆然として反復する。
「警備の都合があるとはいえ、病室から一歩も出さずに独りぼっちにさせておくなんて、大総統たる人物のする事ではないと言ってな。
いやー。それは凄い剣幕だった。」
「は…はあ……」
ルースは、自分の目の前に座る夫人を目を見開いて見る。
コロコロと笑いながら「いやだわ、あなた。止めてくださいな。」と夫に釘を刺している。穏やかに見えて、なかなか激しい部分もあるこの女性を、尊敬のまなざしで見た。
あの・・、キング・ブラッドレイを怒鳴れるとは………
「君を家で受け入れようと言い出したのは、実はこれなのだよ。」
そう言って、ブラッドレイは夫人をちらりと見る。
「ええ、そうなのよ。
私達はそれこそ四六時中警備が付いていますもの。警護対象が1人増えてもそんなに変わりはないでしょう。」
………そうだろうか?
自信満々で笑う彼女に、ルースは引きつった笑みで応える。
「君の警護のために割いていた兵を、彼ら本来の職務に戻せる。
きわめて合理的な提案だ。」
ブラッドレイが、うんうんと頷いて彼女に続いて言う。
「はあ……」
もはや何も言うべきではないだろう。
ルースは気の抜けた相槌を打った。
その様子に、セリムがくすくす笑う。
「びっくりしたでしょう。
家の中で一番強いのは、実はお義母かあさんなんです。お義父とうさんも形無しなんですよ。」
「あら。私、そんなに怖い?」
「とんでもない。君はいつでも優しく、そして時に凛々しいよ。」
微笑みあう夫婦に、ルースは視線を彷徨わせる。
セリムに目線が合うと、彼は面白そうに「うちの両親はいつもこんな調子です。」と話しかけてきた。
「仲が良くていいね。」
と、笑い返す。
その様子を見ていた夫人が、まなじりを下げた。
「それでね、ルース君。」
呼びかけられ、ルースは夫人を見た。
「これは、お願いなのだけど……」
と前置きして、彼女は言葉を続ける。
「この子のお友達になってもらえないかしら。」
息子の肩を抱いて微笑む大総統夫人に、ルースは目を見開いて数瞬言葉を失った。
「と、友達っ!?ぼ…ぼ、僕がっ。セリム君と!!?」
ワタワタと両腕をばたつかせて、上ずった声で取り乱す彼に、夫人は眉根を寄せた。
「やはり、ご迷惑かしら……」
「ととと、とんでもない!
そんなこと言ってもらえるなんて、すごく、すごく嬉しいです!
で、でもっ……」
そう言って、ルースは目線をブラッドレイに移した。
「………いいんですか。
僕みたいに、素性も分からない人間が、大総統の息子さんの友達になっても………」
低く落ち着いた声の問いかけに、ブラッドレイは一瞬鋭い目をするが、次の瞬間にはまた穏やかな笑みを浮かべた。
「かまわんよ。
それに、これはセリム本人の希望でもある。」
思いがけない回答に、ルースは驚いてセリムに目線を動かした。
セリムは、はにかんだ笑みで頷いている。
「この間、2人でとても楽しそうに話しているのを見て、この子に訊いたのよ。
そうしたら、ルース君と友達になれたらいいのに……て。ねえ。」
確認してくる母親に、彼は笑顔で大きく頷く。
「僕からもお願いします。僕と友達になってもらえませんか?」
その言葉に、ルースの目が潤んだ。
「ありがと……こんなこと言ってもらえるなんて……」
言葉を失い俯くルースに、ブラッドレイ夫人は柔らかな声で話しかける。
「貴方は、本当に素直で、感受性豊かな子だわ。
貴方のように、優しい子が身近にいてくれたら、私もとても嬉しいわ。」
その声に顔を上げ、ルースは再度確認する。
「ありがとうございます。
でも……セリム君なら、お友達は沢山いるんじゃ……」
その質問に、彼女は困ったような笑みを浮かべた。
「確かに、学校に行けばお友達は一杯るでしょうけど……いつもボディガードが遠巻きにしていて、皆どこか遠慮してしまうのでしょうね。
この子、お友達を家に招待したことがないのよ。」
心から気を許せる友人はまだいないのだという。
彼女の言葉にルースはやっと決心がついた。
「分かりました。
僕、喜んでセリム君の友達になります。て、言うか……友達にしてください!」
そう言って、右手をセリムに向かって差し出す。
ブラッドレイ家の長男は、嬉しそうにその手を握り返した。
「よろしくお願いします。」
「こちらこそ!」
笑顔を交わす2人の少年に、夫人はとても満足そうに笑うのだった。
そして、ルースにとって生まれて初めての友人ができた瞬間でもあった。

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