Their reasons - 3/3

酔いつぶれたピナコを床に就かせ、兄弟は久方ぶりの再会を祝して杯を交わす。
とはいえ、ウイスキーとジュースでの乾杯だが。
摘みはもっぱら錬金術や錬丹術の話とナッツ類の缶詰だ。
「これが、『シンのうまいもの探訪記』。
読んでみて。」
弟が得意げに差し出す手帳を受け取ると、兄は、興味津々といった表情でページを繰る。
錬金術に縁のない人間には、アルフォンスが旅先で知ったうまい料理をレポートしているだけの文章に見えるが、エドワードには、未知の錬金術の構築方法が隠されているのがありありと分かる。
それらしきキーワードを見つけるたびに、黄金色の瞳を煌めかせる兄に、アルフォンスはしたり顔だ。
「ところどころ、文脈に関係なくシンの言葉が織り交ぜてあるな。わざわざアメストリス語で表記して……」
簡単に、自分の仕掛けたトリックを発見してしまう兄に苦笑する。
「兄さんの方は?西で、どんな発見があったの?」
「ほら。これが俺の『西方旅行記』。
解読できたら、お前のものにしていいぜ。」
「いいの?」
「俺はもう実践できないからな。」
自分の手帳を真剣に読みながら答える兄に、アルフォンスは眉尻を下げる。
「後悔していない?……錬金術を失くした事。」
「それは愚問だ。アル。
錬金術は、俺にとって『手段』だった。
母さんを笑顔にする、母さんにもう一度会う、アルを取り戻す、失くした体を取り戻す……望んだものを得るための手段が、俺にとって錬金術だったに過ぎない。
錬金術で失ったものを錬金術で取り返すことができた。
俺は、お前を取り戻せたから満足しているし、後悔もしていない。
使えれば便利なのにな…とは思うけどな。」
錬金術が俺の全てだったわけじゃない。と笑う兄に、アルフォンスは軽く瞑目すると、次には瞳を力強く煌めかせて不敵な笑みを浮かべた。
「じゃあ。遠慮なく兄さんの錬金術を使わせてもらうよ。」
「ほお。もう解いた気でいるのかよ。
俺様の暗号は、そう簡単には解けないぜ。」
せせら笑って自分を見下す兄に、眉を吊り上げる。
「ぜってー解いてやるっ!」
そう言って席を立つと、どこからか紙とペンを持ってきて手帳と首っ引きで旅行記から暗号を書き出し始める弟に、エドワードはクスリと笑みを漏らすと彼自身も手の中の手帳に目を戻す。
錬金術とは別に、アルフォンスが紹介するシンの食文化はなかなかに興味深い。
グラスの中のウイスキーをちびりちびりと飲みながら、アルフォンスの文章を面白く読んでいると、なぞ解きに集中していると思っていた弟が話しかけてくる。
「ねえ。兄さん。一応、念のために確認するんだけど……」
「何だ?」
「ウインリィが妊娠したの分かったのって、婚約する前?後?」
何の脈略もなく出てきた質問に、思わず飲みかけた酒を吹き出す。
辺りに漂うモルト臭とアルコールの刺激に顔をしかめて咳き込むと、弟は何をやっているんだと言わんばかりに眉間にしわを寄せながら、冷然としてこちらを見ている。
「どっちなの?」
にっこりと笑いかけてきている瞳が笑っていないのが、なんとも恐ろしい。
エドワードは思わず固唾を呑んだ。
「兄さん?」
少々剣のある問いかけに、首を振る。
「婚約した後だよ。」
そう答えると、ほっとした顔をするアルフォンスに苦笑する。
「お前が、心配する事か?」
「妊娠が分かって慌てて婚約したのなら、彼女に申し訳ないなと思って。
僕のしつけが悪かったんじゃないかってさ。」
しれっとして言われた言葉に、なんで俺が、弟にしつけられなきゃなんねえんだと噛みつく。
「俺は、そんな考えなしのケダモノじゃねえぞ。
それに……子供は早く欲しいって、2人とも思っていたし。
正直、結婚より子供が先でもいいって、俺は思っていた。」
兄の言葉に弟は目を瞬かせる。
「実際そうなったら、結構びっくりしたけどな。」
照れ笑いする兄に、アルフォンスも笑みをこぼす。
「分かるよ……兄さんの気持ち。」
家族を、早く持ちたかったんだよね。
そう尋ねかけるアルフォンスに、エドワードは大きく頷いた。
「俺たち3人とも親を早く亡くしているだろ……親父は10年行方不明の末、死んだのは4年前だけど……家族と言えば、兄弟やばあちゃんしかいないって時期が長かった。
だからさ……あいつが残りの人生全部俺にくれるって言った時、早く家族になりてえって思った。
まだ、これから先どう生きていくかも決めてなかったけど、あの言葉に勇気もらった……」
ありのままの俺でいいんだって。
少し遠い目で語る兄に、目一杯惚気てくれるじゃないかと、アルフォンスは頬をヒクヒクさせる。
「だったら…もらった人生分うんと大切に、幸せにしてあげなきゃね。」
頑張って。と、笑いかけてくる弟に、自分が惚気を言ったことに今更気が付いたのか、エドワードは耳まで顔を赤くさせた。
「おっおう。」
「それから。」
赤面する兄に、アルフォンスは不敵な笑みを見せる。
「暗号の一部分解けたから。
この調子で、バリバリ解いてやるからね!」
自信満々の笑みに、エドワードは肩をすくめ微笑する。
「ほー。さすがだねえ『鋼の錬金術師』君。」
「兄さんが構築して僕が錬成する。
これが、『鋼の錬金術師』の錬金術だよ。」
「それじゃ、お前が半人前みたいじゃねえか。」
「違うって。兄さんの1と僕の1を合わせて、2人でないと出来ない錬金術になるんだ。
そして……錬金術と錬丹術のいいところ合わせた、僕だけにしかできない錬金術を構築する。」
「それが、アルフォンス・エルリックの錬金術という事か。」
静かに問いかけるエドワードに、アルフォンスは力強く頷く。
そんな弟にエドワードは楽しそうに小さく笑い声をあげる。
「いいじゃねえか。楽しみだな。」
いつか、『鋼の錬金術師』の銘は、史上最年少、天才錬金術師エドワード・エルリックの代名詞としてではなく、アルフォンス・エルリックを指すものとしてアメストリス中の人々に浸透するだろう。
早く、その日が来ればいいとエドワードは思う。
弟が、自分から引き継ぐこととなってしまった銘を、重荷に感じずにいてくれることが頼もしく、また、2人でないとできない錬金術だと言ってくれたことが嬉しかった。
楽しそうに笑う兄に、アルフォンスの顔も綻ぶのだった。

翌朝。
寝室から階下に降りてきたロックベル家の女性陣は、揃って呆れかえった顔をした。
「まったく、この兄弟ときたら……」
「一晩中、錬金術で盛り上がっていたのかねえ。」
テーブルの上に所狭しと広げられた紙を見て、ウインリィが嘆息する。
「秘蔵のウイスキー、全部飲まれちまったよ。」
空になった瓶とグラスに残された酒に、ピナコが恨めしげな声を上げる。
散らかった紙をどう片づけたものかと、ウインリィは小首を傾げると、眼下の兄弟を見下ろして微笑む。
「………エドとアルが揃ったら、結局こうなっちゃうのよね。」
仲良く、テーブルに突っ伏して眠りこける兄弟に、2人は顔を見合わせ笑うのだった。

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