Their reasons - 2/3

「後は、俺が片付けておくから。」
先に休むように言うエドワードに、眠たそうな眼をしたウインリィが頷く。
「うん。ありがとう、エド。アル、ごめんね。」
先に席を離れることを謝る彼女に、アルフォンスは首を振って応える。
「ううん。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
挨拶をして部屋を出ていくウインリィを、3人は穏やかな笑みで見送る。
「疲れさせちゃったかな。」
小首を傾げて尋ねる弟に、エドワードは笑って答える。
「いつも、このくらいには寝てるからさ。」
「妊娠初期は、よく眠くなるもんだよ。」
知っているだろうとからかうピナコに、アルフォンスは苦笑いする。
「あんたも、もう寝た方がいいじゃないかい?今日は朝から忙しかったろう。」
ピナコに気遣われて、昨日からの事を思い出し、息を漏らす。
「そうだね……昨日から忙しなかったなあ。特に今日は1日が長く感じるよ。」
昼前にはここにいるはずが、到着したのは夕暮れだった。なんだかんだで、昼食もろくに摂れていなかった。その分、夕食はとてもおいしく食べれたので結果オーライという事にしておこう。
そんなことをつらつら考えていると、エドワードが気遣わしげな顔で声をかけてくる。
「疲れたろう。」
尋ねてくる兄に首を振る。
「ううん。皆の顔見たら、疲れもどこかに飛んで行っちゃった。」
「そうかい。それじゃ、アルにも付き合ってもらおうかね。」
そう言ってピナコは台所へ行くと、酒瓶を持って戻ってくる。
そんな彼女に、エドワードは顔をしかめた。
「ばっちゃん、アルはまだ未成年だぜ。」
酒の相手なら俺がするからと、台所からグラスと水の入ったピッチャーを持ってくる。
19も20も大して変わらんだろうというピナコを嗜めながら、瓶の中のウイスキーをグラスに数センチ注ぐと、ピッチャーの水で割って彼女の前に差し出す。
「薄すぎだよ。」
「最初はこの位でいいの。ばっちゃんはハイペースだから、付き合うとこっちが先につぶれちまう。」
エドワードが言い終わらないうちにピナコはグラスを飲み干し、お代わりを要求すると、ニタリと笑う。
「この。飲んべえ婆あ。」
「なに言ってんだい。今日はアルが帰ったお祝いだよ。」
「まったく。ああ言えばこう言う。口の減らない婆さんだな。」
丁々発止で言い合いながらも、やれ摘みだ、もっとゆっくり飲めなど甲斐甲斐しくピナコの面倒を見ながら、酒を飲みつつ後片付けまでしている兄を、アルフォンスは驚嘆の眼差しで見る。
数年前まで自由奔放に自分を振り回し、世話をやかさせていた人物が、今は、自ら率先して家族の世話をやいている。
「人間、変われば変わるものなんだな。」
ぼそりと呟いた言葉は、兄の耳に届いていたらしい。
「ああ?誰が変わったって?」
「兄さんだよ。昔は、ばっちゃんに面倒ばかりかけさせていたのに、ばっちゃんの世話やきながら、食事の後片付けまでして……」
「そりゃあ。その頃はガキだったってことだろ。」
アルフォンスが下げてきた食器を受け取りながら、エドワードは眉尻を下げる。
「───うん。そうだね。
あの頃は、前に進むことばかり考えて、周りに気を向ける余裕がなかった。
兄さんは特に……」
「ああ。そうだな。周りの人たちの親切はありがたかったが、ちゃんと礼も言えないガキだった。
1日も早く元の身体を取り戻すことが、その人達の気持ちに応えることになるんだって勝手に思い込んで…その人達にどれだけ不安や心配をかけているかまでは考えが行かなかった。」
そう言いながら、楽しそうに酒を飲むピナコを見やる。
「エドは、そりゃあ手のかかるガキだった。
しょっちゅう喧嘩して帰ってくるし、牛乳は飲まないし……ちびの癖に態度はでかいし。」
「何だよ。今度は俺の悪口か?」
「手のかかる子供ほど可愛いってことだよ。」
機嫌よく笑いながらグラスを差し出す彼女に、何杯目かの水割りを作ってやる。
「あんたたちは、私がお産に立ち会って取り上げたんだ。
おむつ取り換えやった赤ん坊が、少し大きくなった思っていたら、死んだ母恋しさに禁忌を犯して、1人は体を欠損させ、もう1人は体全部持っていかれて……
大人だって泣き叫ぶ機械鎧の手術に耐えて、3年はかかるリハビリを1年で終らせ小さい体に機械鎧つけてさ……体を取り戻すために旅に出て4年で弟の身体と右腕取り戻して帰ってきた。
その4年間。どれだけ壮絶な体験してきたのか、何も教えちゃくれなかったね。」
「ばっちゃんに話せるようなことは何もなかったからさ。」
「それが、あんたたちの優しさだね。
知らされなかったから、待っていられた。知っちまったら、笑って送り出せやしなかったろうさ。」
アルフォンスが、先ほど話した「昔話」を思い出して、ピナコは身震いする。
「そんなガキが、いつの間にか大人になって、孫娘の婿さんだ。
ウインリィと一緒にこの家で暮らして、来年にはひ孫も見せてくれるって言う。三国一の婿さんだ。」
彼女らしからぬ誉め言葉に、エドワードは眉尻を下げる。
「ばっちゃん、もう酔ったのかよ。」
「はあ?あたしゃ酔ってないよ。
嬉しいんだよ。あんた達が、私の本当の孫になるのがさ。」
そう笑う彼女の眼には、涙があふれている。
「本当に、本当に嬉しいんだよ。エドォ。アルゥ……」
おいおい泣き出す老婆に、兄弟は顔を見合わせ苦笑する。
「ばっちゃん、泣き上戸だったんだ。」
「こんな、ばっちゃん初めて見た。」
「酔ってないって言ってるだろっ。」
泣きながら怒る彼女に、肩をすくめる。
「はいはい。」
「ほら。これで今日は締めにしようぜ。」
そう言いながら、エドワードは水にウイスキーを少々垂らしただけの、水割りとも呼べない代物を勧める。
ピナコは、それに全く気付いた様子もなく美味しそうに飲み干すと、そのうちテーブルに突っ伏して寝てしまった。
テーブルの上に残されているウイスキーの瓶を見て、エドワードは眉を顰める。
「この婆あ。やたら早く酔っぱらったと思ったら、俺が知らない間にこんなに飲んでやがった。」
ほとんど空のウイスキーの瓶に、アルフォンスも肩をすくめる。
「長生きできなくても知らねえぞ。」
そう言いながらピナコを抱き上げると、エドワードは彼女を寝室に運ぶために階段へ向かう。
「どうせだ。残ってるウイスキー飲んじまうから、お前、もう少し付き合えよ。」
「オーケー。」
階段を上っていく兄に、弟は笑顔で答えた。

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