「ところで、兄さん。日どりは決まったの?」
突然振られた話題に、エドワードはきょとんとする。
意味が分かっていない様子の兄に、弟は眉間にしわを寄せた。
「結婚式だよ。いつ挙げるの?」
言い募る弟に、エドワードは頭をかいて目をさまよわせると、ウインリィに視線を合わせる。
彼女も、眉尻を下げて困ったような顔を見せる。
「……式、挙げる予定ないの?」
苦笑しながら頷く2人に、アルフォンスは明らかに落胆の表情を浮かべた。
「えー。それ、楽しみに帰って来たのに。
新郎の介添え人で、式に出る気満々だったんだけどな。」
「ごめんね。」
申し訳なさそうなウインリィに、アルフォンスは眉を顰める。
「ウインリィは、いいの?結婚式とか花嫁衣裳とか…女の子が憧れるものでしょ?」
なんで、挙げてやらないんだと言わんばかりに睨みつけてくる弟に、兄は肩をすくめるばかりだ。
「……2人が決めたんなら、僕が口が口出しする事じゃないけどさ……」
心底残念がるアルフォンスに、エドワードとウインリィは顔を見合わせ、確認し合うように頷く。
「あのな…アル。俺も、ウインリィに花嫁衣裳着せてやりたいが…その、なんだ……今は、無理というか……」
「今は……?いつかは挙げるってこと?
でも、そんなこと言ってタイミング逃すと、結局できなくなるよ。」
「うん。分かってる。でも、今こいつ、ウエディングドレス着れる体調じゃないから……」
「体調って……どこか具合悪いの?」
身を乗り出し、ウインリィの額に手を当てようとするアルフォンスに、エドワードは苦笑しながら「違う違う。」と手を振り、ウインリィは笑みを浮かべながら頬を染める。
そんな2人の間でオロオロするアルフォンスに、ピナコもニヤニヤ笑っている。
「エド。勿体つけてないで、ちゃんと教えてやんな。アルが、可哀そうだろ。」
「すまん。アルフォンス。順番が狂った。」
「へっ?」
「……赤ちゃん……できたみたいなの。」
嬉しそうに笑う兄の婚約者に、アルフォンスは目を大きく見開く。
「ええーっ⁉」
思わず椅子から立ち上がり、叫んでいた。
「来年の冬には、お前、叔父さんだぞ。」
掌で背中をたたかれ、照れ笑いを浮かべる兄の顔を見る。
「僕が…叔父さん…?ははっ。凄いや。」
そう言うと飛びつくように兄を抱きしめた。
「おめでとう兄さんっ。」
「お…おお。まだ産まれてないけどな。」
弟の喜びようにあっけにとられながら、エドワードが突っ込む。
「兄さんの結婚だけでも嬉しいのに、赤ちゃんもできたなんて……二重の喜びだよ!」
興奮してまくしたてるアルフォンスに、エドワードは目じりを下げる。
「ありがとう。こんなに喜んでもらえるなら、もっと早く言えばよかったな。」
報告が遅くなったことを謝る兄に、アルフォンスはニコニコしながら首を振る。
「サプライズ狙ってたんだよね。」
そう言いきる弟に、エドワードは「ま、まあな。」と頷く。本当は、結婚前に妊娠させたことを怒られるのではないかとヒヤヒヤしていたことは内緒にしておくことにした。
「何週目なの?」
目をキラキラさせて聞いてくる、義理の弟にウインリィは少々顔を引きつらせて応える。
「く、詳しいのね。2,3か月じゃないかな…最近つわりも出始めてるから……」
「食欲はあるの?食べ物の好みが変わったりとか…?」
「う、そうね。臭いに敏感で食欲落ちて来てるから、酸っぱいものがおいしくて……」
質問に答える彼女に、アルフォンスはいちいち頷く。
「それじゃあ。今は確かに結婚式どころじゃないよね。
赤ちゃんがもう少し大きくなってきたら、楽になるから……そのタイミングで式を挙げよう。」
「はあっ?」
アルフォンスの言葉に、ウインリィばかりでなく、エドワードも驚きの声を上げる。
「ああ。ウインリィは何も心配しなくていいからね。式の準備は僕と兄さんでやるから。赤ちゃんを迎えるための準備も僕がばっちゃんと一緒にするからね。」
「ア、アル?」
「あ、もし具合が悪くなったら相談して。僕、医者だから。
シンで、妊婦の健康管理とかお産の手伝いや新生児の世話なんかも経験してるから、安心して。」
次々と、驚くことを言い出すアルフォンスに、全員が唖然とする。
「アルが…お医者さん?」
「お産に立ち会ったのかい?」
「男のお前が……・?というか、医師免許をいつどこで取ったんだよ。」
兄の質問に、ああそうかと頭をかいて、アルフォンスは言う。
「向こうで、錬丹術を学んだついでというか、その延長で錬丹術を使った医療についても勉強したんだ。
シンには、『錬丹医術師』という資格制度があって、この資格を持つと医者として働けるんだよ。
この、錬丹医術師になるための修行で、人が生まれるまでの過程が必修課題で……師匠の側でいろいろ経験したから。」
だから、産科医や助産師のようなこともやって来たんだよと笑う。
この報告に、エドワードは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。その有様を、ウインリィは気の毒そうに見る。
「兄さん?」
エドワードの行動に呆然とするアルフォンスに、ピナコは含み笑いで説明する。
「弟に先を越されて、いじけてるだけだよ。」
「へっ?」
「医師を志したっていうのに、弟の方が先に医者になってたとはね。
どうせ『兄の威厳』だとか、みみっちい事を気にしているんだろう。」
「うるせっ。おしゃべり婆ぁっ。」
「なんだって。背は伸びたようだが、中身はは豆の頃と変わってないようだね。
小さい事気にしてんじゃないよ。」
「小さい言うなっ。ミニマム婆あ。」
トラウマに触れられ、昔のようにピナコに食って掛かるエドワードを、アルフォンスは慌てて取り押さえる。
「兄さん落ち着いて。
それより、医者志望て、どういう事?」
問いかけてくるアルフォンスに、エドワードはバツの悪そうな笑みを浮かべる。
「この2年旅をしながら、何で身を立てるか考えていたんだ。広い世界を見て、自分に何ができるのか考えた。
錬金術はもうできねえ。できねえが、考えることや知識を深めることはやめられない。だったら、この知識や知りたいと思う欲求を何に生かすか……て。」
「その答えが、医師という訳?」
「ああ。旅をしていて感じたんだが、この東部は内戦の影響で、慢性的な医者不足から未だ脱却できていない。
特に、リゼンブールは外科手術ができる医者がほとんどいない。大きな怪我や手術が必要な病気の時は、他の町に行かなきゃならない。
俺ができる範囲で、誰かの役に立てる方法として、外科医を目指すことにした。
それに、俺が外科医になれば、ばっちゃんやウインリィの助けにもなれるだろう?」
その報告に、アルフォンスは穏やかに微笑む。
「うん。そうだね。すごくいいと思うよ。
僕が持っている資格は、シンの中でしか通用しないから。
アメストリスで、錬丹医術師として稼働するなら、国に医療行為だと認めてもらわなきゃならないし……」
だから、医者として僕が先を越してるとは言えないよ。
慰めの言葉をかける弟に、エドワードは眉尻を下げる。
「秋から、中央で大学の医学部に通うんだ。2年で医師免許取るって決めてる。
外科医として大学病院で経験積んで、こっちに戻ってくるつもりだ。」
力強く瞳を煌めさせて、将来を語る兄にアルフォンスは笑みを深めた。
「そこまで、考えているんだ。」
兄の妻になる人に視線を移すと、笑みを浮かべているがその瞳には一抹の寂しさが見て取れる。
「ウインリィは一緒に中央に行かないの?」
「私は、ラッシュバレーでの仕事があるから。
それに、離れて生活するのには慣れてるし。」
でも……仕事復帰はもうちょっと先になりそう。とお腹に手を当てながら、笑みを深める。
「そうか……赤ちゃんが生まれるころには、兄さんは……」
「出産が近くなったら、こっちに戻るさ。勉強の方も、レポート提出だけで済むなら、生まれてしばらくは一緒にいて手伝えるし。」
前向き発言の兄に対し、弟は眉を顰める。
「学生と父親の二足のわらじか……大変だよね。」
「なあに。ウインリィには私が付いてる。何も心配することはないさ。」
不敵な笑みで励ますピナコに、3人は笑みを浮かべる。
「そんな訳で、2人で話し合った結果、式は挙げずに、次の生活のための準備を優先することにしたんだ。」
式は挙げないという兄に、アルフォンスは首を振る。
「やっぱり、式は挙げた方がいいよ。結婚してもまたすぐ別々に生活するなら、記憶に残ることをした方がいいと思う。
それに……兄さんとウインリィには幸せになって欲しい。」
「アル。私たちは今、とても幸せよ。」
そう言って、笑いかけてくる幼馴染はとても穏やかで、記憶の中の母と同じ顔をしていた。
「うん。わかるよ。でも、その幸せをカタチにして見せてくれたらもっと嬉しい。
僕も一緒に2人の幸せを感じたいんだ。
うん。決めた。僕からの結婚祝い。結婚式にする。」
「おい。アル?」
嬉しそうに言い切る弟に、エドワードは唖然とする。
「大丈夫。兄さんもウインリィも気にせず新しい生活の準備をして。
2人の体調や都合のいい日に合わせてセッティングするから。勿論プレゼントだから、費用とかの心配もしなくていいよ。」
「はははっ。随分と太っ腹だねえ。」
ピナコが楽しそうに笑う傍らで、当の婚約者たちは目を瞬かせて顔を見合わせる。
「そんな事……」
「甘えちゃっていいのかよ。」
「言ったろう。お祝だって。
幸せのカタチ。僕に見せてよ。」
満面の笑みのアルフォンスに、エドワードとウインリィは大きく頷いて答えるのだった。
「ああ分かった。俺たちの幸せのカタチ、見せてやるよ。」
幸せのカタチ - 4/4
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