屋上庭園に案内されたミレイとカレンは、その美しさに感嘆した。
「すてき。」
「こんな立派な庭園が、政庁の屋上にあるなんて……」
「ここは、皇族のプライベートエリアですから。
前総督のクロヴィス兄上が、ご自分が一番好きだった庭を模して造ったのです。」
「クロヴィス殿下がお好きだったお庭?」
「ミレイさんは、もしかしたら見覚えがあるかもしれませんね。」
「……もしかして、アリエスの離宮ですか?」
ミレイの問いに、スザクは頷く。
「そうですか。だから、こんなに懐かしく思えるのね。……散策させて頂いても……?」
「勿論。ご自由にどうぞ。」
嬉しそうに歩き始めるミレイの後を、ジノがさり気なくついて歩く。
2人を見送って、スザクはカレンを東屋へ案内した。
「ご気分はいかがですか。」
「ありがとうございます。すっかり良くなりましたわ。」
「それは良かった。」
スザクはカレンを散策に誘うが、やんわりと断られる。
「私、殿下にお伺いしたい事があるのですが……」
よろしいですかと尋ねれば、スザクは快く答える。
「どんな事でしょう。」
「何故、今まで公表されてこなかったのですか。」
「それは……」
あまりにもストレートな質問にスザクは絶句した。
「すみません。でも、もっと早くにスザク様がブリタニアにいらっしゃる事が知られていれば、枢木スザクを名乗るテロリストは出てこなかったと思ったものですから。」
「そうですね……」
歯切れの悪い答えを繰り返すスザクの顔を観察しながら、カレンは言葉を続ける。
「名乗りを上げて、彼らを止めようとは思わなかったのですか。それとも、禁じられていたのでしょうか。」
「いえ。そう言う事は……ずっと皇宮暮らしで、外の情報が入ってこなかったものですから…
そういう者がいる事を知ったのも、ここ数年の事で……」
スザクの言葉から、長い間皇宮で隔離された生活を送っていた事を知り、カレンの眉がピクリと動く。
「そうだったのですか。不躾な事を申しました。」
頭を下げるカレンに、スザクは慌てて気にしないで下さいと言う。
「いいえ。皆、疑問に思う事でしょうから。
彼らの事は、僕も気になっていました。枢木の名前がテロリストに利用されるのは、よい気持ちはしませんから。」
「そうですわね。でも、枢木ゲンブはイレヴンにとっては英雄ですから。それにあやかりたいと思うのは自然な事ではありませんの?」
慎重に、世間知らずな貴族の小娘の様に話を振る。
スザクは、カレンの軽口を戒める様に、強い口調になった。
「彼らが枢木の名を利用するのは、父の遺志に反します。
戦いによって多くの命が失われるのを防ぐために自決したのです。なのに、枢木の名の下にテロ行為を行うのは、日本のためというよりは、彼ら反抗勢力内での覇権争いで優位に立とうという思惑からだとしか思えない。」
「……そうですね……」
スザクの言葉に、重々しく頷く。
それは、ゼロが言っていた事と同じだった。
あの会議の席上、暗殺以外に、スザクを取り戻し黒の騎士団の旗頭に据えようと意見もあった。
だが、ゼロはそれを真っ向から否定した。
「スザクを旗頭に据えてどうする。そんな事をしなくても、我々が反抗勢力をまとめればいい事だ。
スザクを欲しがる理由は、覇権争いで優位に立とうという浅ましい考えに他ならない。」
「殿下は、黒の騎士団もそういう者達と同じだと思われますか。」
「そうですね……黒の騎士団は他のテロリストとは性質が違うと思います。
特に、首領のゼロは、ブリタニアの破壊が目的だと言っています。
日本解放を唱って来ていた者達とは明らかに違う……
ゼロの動向は政庁ばかりか、本国でも注視しています。」
「そんなに……」
ゼロと黒の騎士団の影響力の強さに、内心ガッツポーツをしながら驚きの声を上げる。
「殿下は、これかもテロリストと闘い続けるおつもりですか。」
「はい。」
「なぜ?」
「僕は軍人ですから。」
カレンの問いかけの真意が解らないという表情を浮かべる。
そんなスザクを追いつめる言葉を、カレンは続けた。
「殿下が闘うと仰るテロリストは『日本人』です。
彼らと闘うという事は、日本人同士で殺し合うというのと変わりないのではありませんか。」
「……カレンさん。」
あまりにも辛らつな言葉に、ついにスザクは二の句もつけずに彼女を見つめた。
こぼれんばかりに見開かれた両の翡翠には、驚きと、彼が抱える様々な矛盾と苦悩が見て取れる。
少し苛めすぎたかしら……カレンはネタばらしとばかりに、自分の事情を少しだけ伝える事にした。
「私…私も、殿下と同じ日本人の血が流れています。
母は日本人で…名誉ブリタニア人として、私の住む屋敷でメイドとして働いていました。」
「カレン……さん……?」
「私は、ブリタニア人の父と日本人の母の間に生まれたのです。
戦後、私は母と兄の3人でゲットーに暮らしていました。でも、兄がブリタニアとテロリストの戦闘で亡くなり、私達を支えてくれていた兄を頼りにしていた母は、生活のために父を頼ったのです。
後継者のいなかったシュタットフェルト伯爵は、私を娘として引き取る事を快諾し、母にも、メイドとしてでしたが、私の側で生活する事を許して下さいました。」
「でも、それでは……」
「ええ。私は、母の事を生活のために娘と日本人としての誇りを捨てた弱い人間だと軽蔑していました。
その母が、リフレインの後遺症で入院するまで……私は、母の気持ちに気づかなかった……母は、日本人としての誇りを捨ててでも、私を護りたかったんだと知りました。
母はずっと、ブリタニア人の中で生きる事になった私を見守り、応援してくれていたのです。
母なりに…この世界と闘っていたのです。」
「………」
「殿下。日本人は、今でも闘っているのです。その彼らと闘うと仰るのですか。」
「私は、神聖ブリタニア帝国の皇子なのです。」
一陣の風が、甘やかな花の芳香を攫って2人の間を駆け抜けて行く。
だが、それに気づく事なく互いを凝視したままだった。
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