a captive of prince 第7章:スザク皇子 - 2/6

「うーん。なかなか近づけないわねえ。」
 トウキョウ租界にあるブリタニア政庁で開かれている、スザク・エル・ブリタニア殿下の披露パーティーは、エリア内の有力企業のトップや有力貴族が招待され、会場内は非常に華やかだ。
 パーティーの主賓であるスザクといえば、コーネリアやダールトンと共に招待客の中を挨拶して回り、または紳士淑女に取り囲まれ、愛想笑いを振りまいている。
 カレンを連れてパーティーに乗り込んで来たミレイではあったが、スザクを囲む人垣をかき分けて近づく度胸はさすがになかった。
 というのも、これまでさんざんぶち壊して来た「お見合い相手」の貴族がうようよいるのだ。
 それらと顔を合わせない様に逃げ回るだけでも大変だったりする。
「来る話来る話片っ端から断ったり、壊したりするから……」
「あら、だってカレン。まだ18なのよ。若い身空で、“お家のため”に結婚なんて、貴女出来る?」
「私は、そんなのごめんです。」
「でしょ。私もよ。」
 2人かこそこそ話す脇を、長身の男がすり抜ける。
 その人物に、会場の視線が集中した。
「ちょ…ちょっと……」
「まさか……」
「まあ。あのようなご身分の方が、エリアにいらっしゃるなんて。」
 さざ波の様に起こるひそひそ声。衆目を集めるその人物は道を譲る貴族の中、堂々と当然の如くスザクとコーネリアの元へと進んで行く。
 新緑のような鮮やかなグリーンに皇帝のエンブレムを染め抜いたマントを翻し、純白の騎士服に身を包んだ金髪碧眼の青年が2人の前に跪いた。
「スザク殿下。この度の社交披露、おめでとうございます。」
「ジノ。わざわざ来てくれたんだ。」
「当然です。幼き頃より共に育った大切な方の社交デビューです。
何を置いても駆けつけますよ。」
「よく来てくれたな。ジノ・ヴァイベルグ。ラウンズ第三席のお前も出席したとなれば、スザクに箔がつくというものだ。」
「第六席のアーニャ・アールストレイムも出席を希望しておりましたが、あいにく出征と重なりまして。彼女も、殿下の事をとても喜んでいました。出席できぬ事をくれぐれもお詫びする様にと言付かって来ております。」
「うん。2人ともありがとう。」
「私達の大事な殿下の事ですから。アーニャの分も私がお祝い申し上げますよ。」
 そう言ってスザクの右手を取り、深々と頭を下げる。
「ジノ。やり過ぎだよ。」
 スザクが、くすぐったそうな笑みを浮かべる。
 その姿に、会場内のざわめきが大きくなった。
「まあ。ナイトオブラウンズがお祝いに駆けつけるなんて……」
「なんでも、殿下とは竹馬の友だとか。」
「ヴァイベルグ卿は、陛下が騎士にと望まれなかったら、スザク殿下の騎士に内定していたとも噂を聞きましたわよ。」
「では、陛下が殿下の騎士と取ったという事ですの?」
「さすかに陛下も、ヴァインベルグ卿をナンバーズ出の皇子の騎士にはもったいないと思われたのでは?」
「ヴァインベルグの当主が、筆頭騎士のヴァルトシュタイン卿に泣きついたとも聞きましたよ。」
「それ以上は不敬に当たりますよ。お控えなさい。」
 噂話に花を咲かせていた貴婦人を、コーネリアの騎士であるギルフォードが窘める。
 貴婦人らは頬を赤らめ、こそこそとその場を離れて行った。それを面白そうに眺めていたミレイとカレンに、声がかけられる。
「あら、これはこれはアッシュフォードの……」
 扇で口元を隠しながら話しかけて来た婦人を見たミレイの顔か一瞬引きつったのを、カレンは見逃さなかった。
「ミレイでございます。コルダール伯爵夫人。」
 強ばった顔をすぐに笑顔に変える妙技に感心する。
「お久しぶりですわね。息子のガーデンパーティー以来かしら。
相変わらず、猫嫌いでいらっしゃるの?」
「え…ええ……あの時は、可愛がっていた猫ちゃん達に酷い事をしてしまって……」
「いいえ。嫌いな方に無理に抱かせようとした息子がいけなかったのよ。」
 2人の会話を聞いていたカレンは鼻で笑った。
 以前聞いた事がある。高級な猫を集める趣味を持つ貴族と見合いした時、そのコレクションを飼育している部屋で大騒ぎをし、飼い猫を全部逃がして見合いをぶち壊したのだ。
 どうやら、夫人はその事をまだ根に持っているらしい。
「今はどうしていらっしゃるの?こちらにはどなたかとご一緒に?」
 殿下直々のお招きで……と言おうとした時、当のスザクがジノと共にやって来た。
「アッシュフォード嬢。よく来て下さいました。」
「スザク殿下。お招きありがとうございます。」
 膝を折って挨拶するミレイに、カレンと夫人も習う。
「いいえ。来て頂けて嬉しいです。」
「ミレイ嬢は、殿下とお知り合いでしたの?」
 夫人が驚きを持って尋ねる。
「エル家の支援貴族である、アスプルンド伯の婚約者なのですよ。」
 スザクが説明すると、婦人が青ざめた。
「ま、まあ。ご婚約を……それはおめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
 にっこりと答えるミレイに、夫人はそそくさと立ち去った。
「あの人、きっと顔を真っ赤にして悔しがるわよ。」
 面白そうに言うミレイの通り、ハンカチーフを噛んで悔しがる姿が見て取れ苦笑した。
「ミレイさん。こちらの方は、お友達ですか。」
 ミレイの隣で所在無さげにしているカレンを気遣って、スザクが尋ねる。
「ええ。私の学友のカレン・シュタットフェルトです。」
「ああ。シュタットフェルト家のご令嬢ですか。」
 シュタットフェルト家と言えば、アッシュフォードと競ってサクラダイト採掘権を願い出ている有力貴族だ。家名に覚えのあるスザクが頷くと、カレンは眉をピクリと動かした。
「初めまして。スザク・エル・ブリタニアです。」
「あ、はい。カレン・シュタットフェルトです。」
 貴族の令嬢らしく挨拶する。
「ご学友という事は、カレンさんもアッシュフォード学園の生徒なんですか。」
「私と同じ生徒会のメンバーなんですよ。」
「生徒会ですか。会長はひょっとして……」
「はーい。私です。」
 ミレイが、得意げに答える。
「なんだか楽しそうですね。」
「しかし、学生か……なんだか懐かしいな。」
 ジノが感慨深く言うとスザクも同意する。
「そうだね。でも、僕は普通の学校に通ってなかったからな……」
「そうなんですか。」
「士官学校に入学するまでは、家庭教師でしたから。」
「あら。じゃあ。モラトリアムな生活を楽しむ事なんて、あまりなかったんですね。」
「ええ。そうですね。」
 スザクの答えにミレイはにんまりと目を細め、カレンは、そのマリンブルーの瞳に暗い炎を宿して、帝国の皇子となった同郷の青年を見つめていた。

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