a captive of prince interval:Lost letters

「スザク。ブリタニアに手紙を出したいのだが……。」
 ブリタニアから預けられた同い年の皇子が、その美しい紫の瞳に困惑の色をにじませて話しかけてくる。
 いつも剣の稽古をしている道場の前で素振りをしていたスザクは、その手を止めた。
「出せばいいじゃないか。むこうの家族だって、心配しているだろ。」
 至極当たり前の答えをすれば、ルルーシュはむっとした顔をする。
「心配する家族なんか居ない。」
「じゃあ。誰に出すんだよ。」
「それは……ナナリーが……」
「ナナリー?お前じゃなく、ナナリーに手紙出したい相手が居るってことか?」
 ぼそぼそとはっきりしないルルーシュに尋ねれば、そうだと頷く。
「仲良くしていた異母妹が居るんだ。ナナリーにとっては異母姉に当たる。」
「いぼ……いぼって……ああ、腹違いってことか。」
 あけすけな物言いのスザクに、ルルーシュの顔が険しくなる。
「何だよ。本当の事だろ。お前の父さんに両手で数えきれないくらいの奥さんが居て、名前も覚えられない兄弟が一杯居るって教えたのは、ルルーシュじゃないか。」
「だからって、そんなはっきりと言うな。下品だ。」
「下品…て。──しょうがないな。その妹への手紙を出すのに、何か困った事があるのかよ。」
「僕の代わりに出して来て欲しい。それから、返事の受け取り先になって欲しいんだ。」
「──手紙の返事を俺が受け取るのか?」
 スザクは、面倒くさそうに頭を掻いた。
 どうも、このルルーシュという少年との会話は、ずいぶんと頭を使う。
 はっきりと物を言わない。
 言葉の裏とか、言葉にしない思いを汲み取って会話してやらないと、すぐに喧嘩になってしまう。
 奥歯に物が挟まったような会話はルルーシュ流の処世術だと理解しているが、そもそ、こちらは歯に衣着せぬ思い込んだら一直線な性分だけに何ともまどろっこしい。
 皇子なんかに生まれるからこんな性格になるんだな。と、かなり失礼な事を考えていると、ルルーシュはスザクが了解したものと思ったらしく、態度を軟化させて来た。
「良かった。僕がブリタニアと連絡を取り合っていると周りの者に思われると、どんな目に遭うか分からないからな。」
 小声で話すルルーシュに、スザクもようやく彼の懸念が分かった。
 表向きルルーシュの護衛と言う男達が、遠巻きにして監視している。護衛でない事は、彼が地元の子供達に乱暴されていても助けない事から知っている。
「かといって、ナナリーの願いもかなえてやりたいし……。」
「ああ、そうか。色々ややこしいからな。構わないぜ。
手紙をポストに入れて、返事は俺がお前に渡せばいいんだろ。」
「ああ。出来れば決まったポストじゃなく、色々場所を変えて欲しい。
そして、重要なのは……」
「俺が、手紙を持ってたり出してるところを見られない様にする事だろ。」
「ああ。その通りだ。」
 スザクの返事に、ルルーシュは嬉しそうに頷き、一通の手紙を渡す。
「ええ…と。ユ…ユフィ……ス…ペ……」
「ユフィ・スペイサー。偽名だ。」
「偽名…て。そんな名前で出して届くのかよ。」
「皇族が個人的なやり取りに使う物だ。その住所も、見る者が見ればどの離宮か分かる。本名で出すと手元に届く前に全て開封されてしまうからな。」
「うへぇ。プライバシー守るのにも一苦労だな。俺、日本に生まれてよかったよ。」
「君もブリタニア皇族に生まれていたら、もう少し品が良くなってたかもな。」
「失礼な奴だな。これでも出るところに出れば、ちゃんと出来るんだぞ。
一応名門家の嫡子だからな。」
「嫡子……ずいぶんと難しい言葉を知ってるじゃないか。」
 鼻で笑うルルーシュの頭を平手で叩く。
「痛いじゃないか。この野蛮人。」
「ちょっと頭がいいからって、人の事を見下した態度をするからだ。
もう、手伝ってなんかやらないぞ。」
「そっそれは困る。」
 本気で困った顔をするルルーシュに、スザクは茶目っ気のある笑顔を向けた。
「冗談だよ。じゃあこれは預かっておくな。ちゃんとポストに入れるから。」
「ああ。頼む。」
 それが、ルルーシュ達を預かる事になって二週間後の事だった。

 ユフィ・スペイサーとスザクの文通は、最初の1,2ヶ月は順調だった。
 スザク宛に届くエアメールをナナリーはとても喜んで、すぐに読んでくれとルルーシュにせがんだ。
 だが、日本とブリタニアの関係は日ごとに悪化していき、3ヶ月が過ぎる頃には、返事が来なくなった。
 そしてあの日……8月10日。日本、ブリタニア開戦。
 ルルーシュは、国から見捨てられたという事実を改めて実感した。
「ユフィからの手紙が来なくなった頃から分かっていた。今更驚く事もない。
国を出る前、父に『お前は死んでいる』と言われたからな。『死んでこい』と言う事なんだろう。」
 皮肉気な笑みを浮かべて、だったら、お望み通り死んでやるさと吐き捨てた。
 そんな彼に己の無力さを思い知らされ、スザクは呆然と、憎しみを張り付かせた友の顔を見つめる事しか出来なかった。

 あれから7年───

 枢木神社に続く階段を上りながら、こんな形でここに戻ってこようとは思いもしなかったと、遠い日を思い出しながら最上段まで上り詰めたスザクは、軽く息を吐いた。
「今、階段を上り終えた。これから建物に入る。しばらく音声をシャットダウンしたいが、構わないか?」
 一人言の様に小声で言うと、ワイヤレスのイヤホンから了解の意の声が聞こえる。
「こちらの音声は常に聞こえるようにしておいて下さい。緊急時及び30分経過後、回線を回復させます。」
「了解した。君たちも、あまり目立たないようにしてくれよ。静かだが、ここも静岡ゲットーの中だからな。」
「承知しております。それでは殿下、お気をつけて。」
 ピッという発信音の後、イヤホンは沈黙した。
「自由時間は30分か……」
 実家に戻ったというのにゆっくりする間もないと、心の中で毒づきながら、神社の奥、枢木家に続く砂利道を歩く。
 私服の襟の裏に取り付けられた発信器は、常に自分の位置をこの神社から離れた場所で待機する護衛に知らせている。音声が途絶えたとしても、彼らがスザクを見失う事はないだろう。
「全く。まさか、自分がルルーシュと同じ面倒くさい立場になるとは思わなかったよ。」
 本当は、一人だけで来たかった。護衛を撒いてもいいが、後で大騒ぎになる事を考えたら、彼らを離れた場所に待機させておく方がまだいいだろう。
 脱走常習者のユフィの担当者の苦労話を聞かされる度、自分の担当者はそれだけでもリスクの高い仕事をしているのだから、勝手な真似は出来ないと思っている。
 ここに来たいという我が儘を呑んでくれたのだから、これ以上を望んでは悪いなと、自分に言い聞かせる。
 道を抜けると、純和風の邸宅が姿を現した。
 戦時中も深い森に守られたのか、神奈川の別邸に移された時と変わらない姿に、懐かしさと忌々しさと苦しさと様々な感情が入り乱れる。
 スザクは、政庁の担当者から預かった鍵で玄関を開けた。
 建物はブリタニアに接収された。今は、政庁情報部の管理下にある生家に、7年ぶりに入った。
 ホコリとカビの臭いがこもる家の中を、土足のまま歩く。
 どこもあの頃と変わらない。
 そう思いながら歩いていたスザクであったが、ある部屋の前で足が止まった。
 息が詰まる。体の動作1つ1つが重く感じる…そこは、7年前自分が凶行に及んだ父の私室。
 震える手でドアを開ける。脳裏に7年前の情景がフラッシュバックし、激しい吐き気に襲われた。
 それを必死に抑え込み、頭を振る。
「しっかりしろ。ここに来るのが目的だったじゃないか……。」
 ユフィが言っていた事が本当だったら…いや、間違いないだろう。それはきっとここにある。
 震える足を叱咤し、部屋の奥、窓際にある父のデスクへ辿り着く。
 引き出しをひとつひとつ開けていった。
 かつては、様々な書類が収められていたであろうそこには、一片の紙すらない。
 全てブリタニアに押収されたのだろう。
 側机の一番上の引き出しが、鍵がかかる様になっている。鍵がかかっていて引き出せない。
 スザクは、手元の鍵の束からそれの物と思われる鍵を見つけて開けた。
 そこには、どこの物とも分からない鍵が入っていた。
「これは……?」
 デスク回り、部屋に置かれた調度品など調べたが、その鍵が入りそうな鍵穴は見つからなかった。
「別のどこかの鍵か……でも…」
 こんな風に1つだけ隠してあるという事は、この部屋のどこかに、これと合う鍵穴があるはずだ。
 スザクは、部屋の中を見回した。額が…壁にかかった額に妙な違和感がある。
 賞状類や記念写真、風景画といった物の中に1つだけ抽象画がある。
 極彩色をなすり付けたようなその絵は、落ち着いたトーンに統一されたこの部屋で異色だった。
「──まさか。」
 額をずらしてみると、スザクの想像通り、金庫が壁に埋め込まれていた。
 鍵穴に鍵をさせば、カチリと音を立てて扉が開く。
 スザクは、喉を鳴らした。
 金庫の中には、何通もの封筒が…エアメールが無造作に積まれていた。 震える手で、それらを取り出す。
 それ以外の物はなかった。他にあった物はブリタニアが持ち去ったのか、この金庫に気がつかなかったのか、スザクには判断がつかなかった。
 手紙の宛名は、果たして自分だった。差出人はユフィ・スペイサー。
 ざっと20通はあるだろうか。その全てが開封されていた。
「やっぱり、父さんに気づかれていたんだ……。」
 消印の日付の古い順に、机の上に並べていく。一番日付の新しい物は、7年前の4月だ。
「父さん……貴方という人は……!」
 机の上についた両の手を握りしめる。怒りにブルブルと震えていた。
 ブリタニアで初めて彼女にあった時に、怒りに任せてぶつけた「どうして手紙をくれなくなったんだ!ルルーシュ達を見捨てたんだろうっ!」という問いに、驚きに身開かれた目と、見捨ててなどいないという答え。
「私は、頂いたお手紙には必ず返事を出していました。私からお手紙差し上げた事もございましたのよ。
それも、届いていなかったのでしょうか……?」
 ショックに打ち震えるユーフェミアの顔が脳裏に浮かぶ。
「ユフィ……ごめん…。」
 その、一番日付の新しい手紙を開ける。
 息子宛の手紙を隠匿し、中身を見るまでしたが、焼却処分などされていなかった事に安堵するものの、きっと父の事だ、何かの取引材料になると手元に置いてあったのだろうと想像する。
 文面を見たスザクの顔が苦痛に歪む。
 肩をわなわなと震わせ、その場にへたり込んでしまった。
「ル…ルルーシュ……ナナリー……ぼ…僕は…僕は、君たちに何と言って詫びたらいいんだろう……ごめん…ごめんよ……」
 涙が、次々と溢れてはこぼれ落ちる。
 手紙が、手の中でぐしゃりと握り込まれた。

───ルルーシュ、ナナリー。早く、早く逃げて下さい。
お父様は、日本と戦争するつもりです。シュナイゼルお兄様が、手の者をお二人の元へ差し向けるそうです。
彼らと共にどうか、どうか無事に逃げて下さい───

「ぼ…僕と父さんが潰した……2人が助かる道を……僕がっ……!」
 ルルーシュ。ナナリー……ごめん…本当にごめんなさい。
 言葉にできぬ懺悔の涙が顔を濡らす。
 スザクは、その場に泣き崩れた。
 近づく者もない、森に囲まれた廃屋に嗚咽が悲しく響いた。

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