「あのー。本当に私も同席しても………」
よろしいのでしょうか。
特別派遣嚮導技術部…通称特派改め第十二皇子スザク専属技術開発部“キャメロット”のオペレーターを務めるセシル・クルーミー大尉は、自分の周りのそうそうたる面子に恐縮し、上司であるロイド・アスプルンド大佐に確認という形で救いを求めた。
が、件の科学者に他人の心情を汲んで会話をするという気配りなど、そもそも持ち合わせてなどいない。
「いいんじゃなーい?スザク君のお声掛かりでもあるしぃ。」
と、相変わらず不敬罪ギリギリの答えを飄々とした態度で告げる。
「で…でも………」
自分のすぐ側に立つ女性の冷ややかな視線におどおどと居心地悪そうにする。
というのも、この室内で彼女の衣服だけが明らかにその場に相応しくない浮いた物だからだ。
鮮やかな真紅の、大胆なカットのミニ丈カクテルドレス………
ロイドさんたら……っ。
周りに人目がなかったら、とっくに鉄拳を喰らわせているところだ。
「パーティールームで素敵な男性と一席設けるんだけれど、君も来ない?」
そんな風に言われたら、普通にパーティーの誘いだと思うではないか!
これが、仮面のテロリスト“ゼロ”との非公式な会談の席だとは夢にも思わなかったセシルは、相変わらずの“面白メガネ”(ジノ命名)を横目で睨付けた。
エリア11政庁には大小様々な部屋がある。そのうち4分の1は会合やパーティー用の広間だ。
元総督クロヴィスが作らせた物で、前総督カラレスも大いに利用していたが、今はその殆どが使われていない。
その中の一室に、副総督スザクを筆頭にラウンズ2名とキャメロットの責任者そして、政庁文官のトップであるローマイヤ女史が集まり、室内に用意されたモニターにある人物が現れるのを待っている。
沈黙を守っていたモニターに電波の受信を知らせる走査線が走る。
「きたっ。」
助手であり相棒でもある女性の厳しい視線を全く気にする事無かったロイドの表情が一瞬にして真剣になった。
そこにいる全ての者が固唾を呑んでモニターに注目する。
『ほぉ……これはこれは……ナイトオブラウンズまで……肝心の総督の姿が見えないが………』
画面にその姿が映るや否やのゼロの発言に、普段から厳しいローマイヤの目がさらに厳しくなる。
「これはあくまで非公式な会談だ。総督との面談を望むのなら、まず私と話してからにしてもらおう。」
抑揚のない声で話しかけるスザクに、ゼロは、フンと鼻で笑った。
『ずいぶんと厳しい顔ですな、副総督殿。この施策は貴方が副総督補佐の頃からの悲願だったのでは?』
「だからだよ。あの時、特区参加を断った君が、今は賛同すると言う。
どういう心境の変化なのかと思ってね。」
『あれは………』
言いかけたゼロの声を遮って、科学者が、我慢できないとばかりに席を立ち上がった。
「あのさ。1つ聞きたいんだけれど。君と前のゼロは同じ?それとも───」
興味津々という態度のロイドに、一瞬部屋の空気が凍った。
『ゼロの真贋は中身ではなくその行動によって量られる。』
「あはっ。」
ロイドが小さく笑う。
「哲学だねえ。」
テロリストと科学者の会話に、緊張していた皇子の表情が緩んだ。
その背後から、バーカウンターに寄りかかっているジノが声をかける。
「で────。黒の騎士団内での意見はまとまったのか?」
ルルーシュは問いかけてくるラウンズが、一年前スザクとコーネリアの伝言を持ってきた人物である事に気がついていた。
あの時、主と定めるのは皇帝ではなくスザクであり、今の地位もスザクを守るために得たのだと言い切った彼の厳しい態度の意味をルルーシュはすぐに理解した。
この中に、彼らにとって『敵』となる人物がいる。
と、なると……あの頓狂な声の科学者と場の空気を読んでいない衣装の女は違うだろう。ルルーシュは仮面の下の視線を画面の隅に映る冷徹な視線の女に移し薄く笑った。
『我々には、特区日本に100万人を参加させる用意がある。』
「100万───!」
自信に満ちたゼロが提示した、その数字に誰もが唖然とした。
予想していた事とは言え、準備不足の特区参加受け付けに全くというほど日本人の反応はなかったのだ。
「───さすがだな。君と黒の騎士団ならそれだけの日本人を動かせるという事か………我々には成し得ない事だ。」
「殿下。」
敵に対し賞讃の言葉を贈り、負けを認めるような発言をする皇子に、ローマイヤが冷たい視線を送る。
『折角のお褒めの言葉だが、この施策をもし総督ではなく貴方が発表していれば、きっと同じか、もしくはこれ以上の日本人を動かす事が出来たでしょう。彼らが警戒した最大の理由は、そういうことです。』
「そうかな………この一年間の私の戦歴を振り返れば、例え私一人の発案だったとしても君の言う通りになるとは思えない……
これだけの動員は君達のおかげだ。改めて礼を言う。ありがとう。」
「殿下っ!」
ローマイヤが先ほどよりも強い口調で窘める。
スザクは肩をすくめた。
「───で?お前はこの功績を条件に何を望む。
お前にかけられている数々の罪の減刑か、それとも帳消しか?」
淡々とした口調で、ナイトオブスリーが問いかける。
『───ふむ。』
と、ゼロが考えるような素振りを見せた。ポーズなのが見え見えの態度に、スザクらは苦笑する。
『では、取引といこうか。
私を、国外追放処分としてもらいたい。』
ゼロの要求に全員が唖然とした。
ジノの目が、細められる。
「自分一人、このエリアから逃げ出すというのか。」
ロイドが呆れたように再び席を立ち上がった。
「こんな話が外にバレたら、君、組織内で私刑だよ。」
『だからこうして、秘密裏に会談を申し出ている。』
ゼロの平然とした態度に、スザクは薄い笑みを浮かべると、部屋の隅に立つ女性に目を向けた。
「ミス・ローマイヤ。貴女の意見は?」
その問いかけに、彼女は冷然とした口調で答える。
「エリア特法、12条8項───
そちらを使えば、総督の権限内でゼロの国外追放処分は執行可能です。」
「───そうか。では、総督に進言してみよう。」
あっさりとその提案をのんだスザクに、一同注目した。
「殿下。宜しいのですか。火種を外に出す事になりますよ。」
「エリアにとっては、良い事だろう?」
忠告するジノに、しれっとした態度でスザクは答える。
そのやり取りを見たゼロが鼻で笑った。
『副総督殿。ご英断感謝する。』
スザクは、つめてある襟元を緩めるように指を差し入れると薄く笑った。
「礼を言うには少し早くないか?総督に進言すると言っただけで、決定を下すのは閣下だ。」
その言葉に、ゼロも小さく笑う。
『確かに───』
話は終わったとばかりにスザクが立ち上がり、モニターの画像もぶつりと切れた。
「ミス・ローマイヤ。貴女が提案された方策で進めよう。
発表は特区式典会場で。」
「イエス ユア ハイネス。」
ドアの前に控えているジノの先導で部屋を出る皇子に、文官の長は恭しく頭を下げる。
スザクの後ろを守るように後に続いたアーニャが小さく吐息を漏らした。
「つまらない───」
部屋を出る皇子と騎士を見送くり、ロイドとセシルは顔を見合わせた。
「スザク君、ますます誰かさんに似てきたねぇ。
全く、何を考えているんだか。」
おどけて肩をすくめる上司にセシルは苦笑する。
「殿下のお考えがあっての事でしょうから………」
「当然です。」
後ろからかけられた冷ややかな声に、科学者2人はびくりと肩を震わせて振り返る。
冷静沈着というよりはむしろ氷のような女が、眼鏡を指先で押し上げながら言葉を続ける。
「これを機に不穏分子の一掃をお考えなのでしょう。
軍の担当者とその方向で進めなければ………
あなた方にも、会議の出席をお願いしますのでそのおつもりで。」
じろりと2人を見てから部屋を出るローマイヤに、顔を引きつらせる2人であった。
a captive of prince 第18章:接触 - 5/7
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