a captive of prince 第18章:接触 - 7/7

「ギアスの暴走────」
 そうつぶやくと、スザクは天井を仰いだ。
 ルルーシュがユーフェミアにかけたギアス……それは2人のたわいもない会話の中から出た言葉だった。
 ルルーシュも気づかないままかけてしまったそれが、彼女を始め自分たちの運命をさらに悪いほうへと誘った。
 なんという皮肉な偶然だろう。悪魔の悪戯としかいい様がない。
 スザクは再び大きく息を吐いた。
『ギアスという異能の力に頼った作戦を繰り返した代償だ。
───だからナナリー。これは、誰かと分かち合うものではなく、俺が背負うべき罪なんだ。』
 静かに語る兄に、ナナリーは大きく首を振る。
『お兄様の罪なのではありませんわ。だってこれは……事故なのですもの。』
『そう──事故だ。起こるべくして起きた…な。
 あの魔女には何度も忠告を受けていた。ギアスに頼りすぎるな……と。それを無視し、最悪の事態を招いたのは俺自身だ。』
 妹に言い聞かせる様に……自分を呪う様に話すルルーシュに、ナナリーは何度も首を振る。
 今にも泣き出しそうな彼女を見つめるルルーシュは、もはや大国を脅かす反逆者のそれではなく、妹を心から愛する兄の顔だった。
 そんな2人のやり取りを見守ってきていたスザクが重々しく口を開く。
「────そうだな。暴走したギアスによってユフィを陥れ、暴動を煽ったのは確かに君の罪だ。」
『スザクさんっ!』
 ナナリーは叫んだ。
 ゼロ・ルルーシュ不在の間、黒の騎士団を密かに支援してきたスザクが、よもやそのルルーシュを糾弾するとは思いもしなかった。
 信じられないと非難する彼女を他所に、スザクは画面の向こうで顔を強ばらせている親友を真正面から見つめる。
「しかし、その咎は果たして君一人のものなのだろうか。
 ユフィのあの言葉は切っ掛けに過ぎないと僕は思う。
 ブラックリベリオンと呼ばれるほどの大きな反乱になったのは、それまでの抑圧が強かったからじゃないのか?彼らを追いつめてきたのは、宗主国であるブリタニアだ。ブリタニアという国の責任でありその罪は専制君主である皇帝にこそある。」
『スザク………』
 ルルーシュは目を見開いた。
 領民の反乱の責任は皇帝にあるのだと言い切る彼を凝視する。
 なんと言う大胆さ。ただの被支配民であった彼を養子として迎え入れ、皇位継承権まで与えてくれた大恩ある『父親』を堂々と批判する剛胆さに息を呑む。
『スザク……いくら秘匿回線とはいえ今の発言は………』
 危険だろうと思わず忠告してしまった彼に、スザクは肩をすくめる事で答える。
 皇帝の企みを潰し、帝位から追い落とす。スザクの強い信念から出た言葉だ。 
 そう。彼の思いは、ルルーシュは1年前から知っている。一体いつから考えていたのか…想像もつかないが。
「だからルルーシュ。この罰はシャルル・ジ・ブリタニアにも受けてもらおう。」
 スザクの力強い言葉に、険しい表情だったナナリーに安堵の笑みが戻る。
『お兄様。スザクさんの仰る通りですわ。
 誰かが罪を購わなければならないのなら、それは、関わった全ての者にあるのです。お父様の治世が間違っていたのなら、それを諌め正しい方向へ導かなければならなかった。
 それを怠ってきた私達にも罪があるのです。
 だから────このエリア11でお父様の命を受けて統治してきた全てのブリタニア人の過ちを少しでも正せる様に、全力を尽くしてこのエリアを良くしていきます。
 お兄様もお兄様の信じる正義を貫いて下さい。それがきっと贖罪になるのだと信じますわ。』
『ナナリー…………』
 自ら志願してエリア総督となった妹の覚悟に、ルルーシュはただただ目を見開くばかりだった。
 自分の妹はこんなにも芯の強い人間だったのか………
 ルルーシュという後ろ盾を失ったナナリーがあの皇宮で生き抜く中で培ったものが、一人の為政者として立とうとしている今の姿だとすれば………彼女に考える力とそれを口にし行動する勇気を与えてくれたのは…………
 画面の向こうで優しく微笑む、幼馴染であり親友で、今は兄である人物に感謝すべきだろう。
『────スザク。ナナリーの事…………』
「うん。」
 任せてくれと言わんばかりの笑顔を見せるスザクに、ルルーシュも自然と笑みがこぼれるのだった。

「行ってしまわれましたね。」
 人気の無くなった“行政特区日本設立記念式典”会場のステージ上で、総督ナナリー・ヴィ・ブリタニアはぽつりと言いった。
「────うん。」
 隣りに立つスザクは静かに頷く。
 2人のブリタニア皇女が提唱したこの施策は、たった一人の男の手によって失敗に終わった。
 仮面のテロリスト『ゼロ』によって────
 100万人もの日本人に埋め尽くされたこの会場は、今はただ広大な草原に風が吹き抜けいていくばかりである。
 語り合う2人の声は寂しげだが、政策を失敗に追い込まれた為政者とは思えぬ程晴れ晴れとした表情だ。
「ゼロは、自分ばかりではなく100万人もの日本人の方々をこの国から脱出させたという事ですわね。」
「うん。とても大胆に、かつスマートに………
 こんな真似、彼にしか出来ない。ルルーシュの実の妹だという事…自慢していいと思うよ。」
「ええ。昔からお兄様は私の誇りですもの。」
 今更何を言っているのかという彼女の表情に、スザクは笑みを浮かべる。
「お兄様達はこれか一体どこへ───中華連邦ですか?」
 ナナリーの問いかけに黙って頷く。
「これで、ルルーシュは対ブリタニアの基盤作りに専念する事が出来る。」
 そう言ってくつりと笑った。
「あら。思い出し笑いですか?」
「うん。あの時のミス・ローマイヤの顔や、この会場を埋め尽くした“ゼロ”を君に見せたかったよ。」
 総督ナナリーの挨拶からミス・ローマイヤにマイクが移り、彼女が特区参加者への恩赦とゼロの追放処分を発表した直後に起きたハプニング。
 万一のためアーニャによってステージから非難させられたナナリーは、あの大胆な脱出劇に立ち会う事が出来なかった。
「会場から聞こえてくる声や音から、大体の想像はつきましたわ。 
 あんな風に声を荒げるあの人は、初めてでしたわね。」
 ナナリーも、くすくすと笑う。 どうせ失う労働力なのだからここで殺してしまえばいいと、銃を抜いたローマイヤを止めたのはスザクだった。
「ゼロは国外追放。1度口にした事を違えれば、他の国民が私達を信じなくなる。」
「国民!?ナンバーズの事かっ。貴方が彼らと同じ………」
 そこまで口走って、ローマイヤは慌てて口を閉ざす。
 思わず本音を漏らしてしまった事に狼狽える彼女を一瞥し、スザクは上空で待機しているトリスタンに指示を出す。
「“ゼロ”は国外追放と決まっている。移動中の彼らへの攻撃は無用だ。」
『イエス ユア ハイネス。全軍にそのように命令します。』
 会場に隣接するタゴノウラ港から次々と会場に停泊している中華連邦の海氷船へ100万人のゼロがボートで運ばれていく。
 その様子を多くのブリタニア軍人が歯噛みながら見守る中、その管理者側は一抹の寂しさを抱えながらも楽しげに見送っていた。
「ナナリー。これからが僕らの正念場だ。
 エリアに残る日本人の不安の払拭、治安の安定と回復。彼らの生活と生産性の向上……課題は山積みだ。」
「ええ。私達がこのエリア11を日本人が安心して暮らせる場所に変えていくのですよね。それが私の出来るお兄様の手助なのですから。」
 力強い彼女の言葉に、スザクは笑みを浮かべた。
「私、頑張ります。スザクさん、助けて下さいね。」
 ナナリーが差し出す手を握り、遠ざかっていく巨大な船に視線を送る。
 船上の氷の塊……白い山の上にぽつんとある黒い人影に笑いかけるスザクだった。

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