a captive of prince 第18章:接触 - 3/7

 揺れる旗艦の中にあるガーデンスペース。
 戦艦に何故このような空間があるのか甚だ疑問だが、ナナリーは外の戦闘とは無縁のこの場所で、この戦いを仕掛けた張本人と対峙していた。
 テロリスト集団黒の騎士団の頭目、『ゼロ』。黒衣に黒いフルフェイスの仮面を被りその素性を知るものは騎士団幹部にすらいないと言われている皇族殺しの第一級犯罪者。
 その人物が自分の実兄であると幼馴染であり今は戸籍上の兄となっている人物から知らされたとき、彼女は意外なほど平静であった。
 驚きがなかった訳ではない。兄が半兄であるクロヴィスを殺したという事実は、少女にとって衝撃だった。
 しかし、その事に納得してしまったのも真実なのだ。
 あの日……シンジュク事変の夜、とても恐ろしい気を纏って帰宅した兄。それが、血を分けた兄を殺してきたからだと知って合点がいった。
 それが、現在に続くゼロの行動の原点であるのなら、兄の覚悟の表れなのだろう。
 あの時から兄は、肉親を敵に回し反逆者として一生を終える覚悟を決めているのだ。
 そして、それは母の無念を晴らすことと、自分……ナナリーを守るためなのだと察することが出来た。
 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとしてではなく『ゼロ』という記号を用いたのが何よりの証拠。その名から実妹である彼女に累が及ばないようにとの配慮がありありと解る。
 そんな兄の覚悟に、自分はどうやって応えるべきか……答えはすぐに出た。

 コツコツと床を鳴らす靴の音…布の擦れる音がどんどん近づいてくる。
 お兄様っ。と、車いすを動かしたい衝動をじっと耐え、皇女然として仮面の怪人を待ち受ける。
「ナナリー・ヴィ・ブリタニア。貴女を迎えに来た。我々と同行して頂きたい。」
「同行?殺すのではないのですか?クロヴィス兄様のように。」
「貴女をここで殺すメリットは、私達にはないな。
 むしろ、君は利用されているのだよ。ブリタニアに。」
「目も見えず歩くことも出来ない私なら、日本人の方々の同情を引けると?残念ながら、それは違います。ブリタニアの狙いは他にあるのです。」
 ナナリーの言葉にゼロが首を傾げる。
「ある人物に対する揺さぶりです。行動の抑止と、その人物の真偽を確かめるための道具………ゼロ、貴方のことです。」
 仮面の下でルルーシュの顔が強ばる。
「どういう事です?貴方の存在が、私に対する揺さぶりと歯止めになると……?」
「ええ。貴方のその仮面の下の素顔が、皇帝の想像通りなら……私という存在は有効なはず。
 現に、貴方は私の前に現れたではありませんか。
 ルルーシュお兄様。皇帝の思う通りになってはいけませんわ。」
 ヒュッと息が漏れた。
 ナナリーは知っている。ゼロがルルーシュであることを。そして、再び現れた仮面の怪人が実兄ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであると信じて疑っていない。
「お兄様……お兄様にお会いするために、総督を志願したのです。
 あの皇宮から脱出するために。」
「ナ…ナナリー。」
 ゴトンと音を立て仮面が床に落とされた。
「お兄様っ!」
 駆け寄ってきているであろう兄を、両手を広げて待つ。すぐに、待ち望んでいた温もりが包んでくれた。
 すぐ側に感じる息づかい。懐かしい香り、頬に触れる柔らかな髪の感触。ずっとずっと探していた『ルルーシュ』が優しく、だが力強く抱きしめてくれている。ナナリーの瞳から大粒の涙が次から次へと溢れ、ありとあらゆる感情が堰を切ったようにナナリーの心を震わせる。
「お兄様…ルルーシュお兄様っ……!ずっと…ずっとお会いしたかったっ!」
「ナナリー!俺もだっ。………すまない。心細い思いをさせた。」
 兄妹はしばらくの間思う様泣き、抱き合っていた。
 先に言葉をかけたのは、ナナリーだった。
「いいえ。スザクさんも、ユフィ姉様もいて下さいましたもの。
 私よりもお兄様の方が……お父様に記憶を書き換えられ監視されて……どれだけお辛かったことか……」
 兄を気遣う言葉に、ルルーシュの肩が震える。
「ナナリー───?お前…………」
「全て知っていますわ。お兄様の身に起こったことも、何故お父様がそんなことをなさったのかも……
 多分、お兄様がご存じないことも知っています。」
「………どうして。」
 落ち着き払った態度の妹をその腕の中から解放すると、驚きを持って見つめる。
「お兄様。私達の敵はブリタニアではありません。
 シャルル・ジ・ブリタニアとその兄V.V.です。」
 ルルーシュに向い、凛とした口調で話すその少女は、彼が7年愛おしんで育てた、たおやかで可憐なナナリー・ランペルージではなかった。
 これまで見た事もない妹の姿に、息を呑むルルーシュだった。

「ラグナレクの接続?それが、あいつとV.V.という人物の目的なのか。」
「そうです。私とお兄様が日本に送られたことも、スザクさんがブリタニアに連れ去られたことも、全てその計画を成就させるため……いいえ。ブリタニアの領土拡大そのものが、2人の計画の目くらましなのです。」
「ナナリー。お前、それを一体……」
 どこで知ったのかという問いかけに、ナナリーは悪戯っぽい笑みで応える。
「お兄様のすぐ側にいらっしゃる女性……C.C.さんに教えて頂きました。」
「C.C.?───あいつ、そんなことはひと言も………」
「C.C.さんには何かお考えがあるのでしょう。 
 それに…お兄様のことです。私がこう話していても全て納得なさっていないでしょう?」
 妹の指摘に、ルルーシュは顔をしかめる。確かにその通りだ。
 にわかには信じ難いことばかりだ。
「お兄様。これだけは信じて欲しいのです。
 味方はブリタニアの中にもいます。スザクさんは勿論シュナイゼルお兄様もナイトオブラウンズの中にもいらっしゃいます。
 そして私も……以前、お兄様と一緒にいられればいいと言ったことがございましたね。」
「ああ……」
 それは、ユーフェミアが提唱する「行政特区日本」に参加するかとの問いかけた時だった。
「あれは、平穏な暮らしばかりを望んでのことではありません。
 お兄様と一緒なら、私は、そこが血みどろの戦場でも喜んで参りますわ。」
「ナ……ナナリー。」
「だから、もう一人きりで戦おうなんてなさらないで下さい。」
 自分の手を取り真剣に訴える妹に、ルルーシュは肩の力が抜け、ほっと笑みを漏らした。
 7年間、自分の身を呈して守ってやらねばならない存在だと信じ、そうやって生きてきた。
 ナナリーのためなら、屍の山をいくつ築いても、悪魔と恐れられ罵られようと、地獄の業火に焼かれることすら恐ろしいと思ったことはない。
 その妹が、同じ地獄に堕ちると言ってくれている。
 それが、こんなにも嬉しいとは………
 出来る事ならば、ナナリーの手を汚す事無く優しい世界を渡してやりたい。この望みは変わる事無く、ルルーシュの中にある。
 これが、ルルーシュの矜持であった。

 艦の振動がひときわ大きくなった。
「きゃぁっ。」
 車椅子にしがみついたナナリーが、思わず小さな悲鳴を漏らした。
 戦闘による振動だけではないことは2人にも解る。
 ナナリーの表情に不安の色が濃くなる。
「お、お兄様。この艦に一体何が………」
「───この艦自体が被弾したのかもしれない………」
「───墜落………するのですか?」
「大丈夫だ。仲間が……」
 助けにくるはずだ。作戦では、ゼロがナナリーを連れ出せば、藤堂が逃走ルートを確保し洋上に待機している潜水艦に収容する手はずになっている。
 だが、その藤堂との連絡がECCMの影響で先ほどからつかない。
 本当に迎えは来るのか……一抹の不安が頭をよぎる。
 その時────
 激しい音を立て、天井が外部からの力によって破られた。
 天井に穴があけられたことにより、艦内の気圧が急激に変化し、激しい風が美しい庭園に吹き荒れた。
「きゃああああっ!」
 たまらずナナリーが悲鳴を上げる。ルルーシュは、彼女に覆い被さるように庇った。
「ルルーシュッ。ナナリー!無事かっ!?」
 天井の穴から白いナイトメアが飛び込んで来、頼もしい声が2人に呼びかける。
「スザクっ!」
「スザクさあんっ。」
「もう大丈夫だ。すぐに助けるから!」
 白き騎士の手が2人を掬い上げた。
 ランスロットのシールドが、2人を風とそれによって巻き上げられる様々な残骸から守る。
 上昇するランスロットに反し激しい勢いで降下していく旗艦。
 彼らが脱出すると同時に、ブリタニアが誇る重量級航空母艦は爆発炎上しながら太平洋に沈んでいった。

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