a captive of prince 第11章:再会 - 3/7

 私立アッシュフォード学園。中等部から大学まで有する学校法人であり、その広大な敷地には学生寮を始め、文化交流施設など種々雑多な建物が存在する。
 大学と高等部の中間に当たる位置に、学園事務局兼創設者であるルーベン・アッシュフォードの私邸がある。
 私邸といっても、それぞれの校舎とは渡り廊下で繋がっており、学校施設の一部として住まいを開放するなど、開かれたものとなっており、ルーベンの人柄を如実に現している。
 その理事棟の玄関に、1台の黒塗りの車が滑らかな動きで横付けされた。
 出迎えに出たルーベンとその孫ミレイの見守る中、SPの開けたドアから1人の皇子が出てくる。
 先日のパーティーのような盛装でも軍服でもなく、シンプルなシャツにロングジャケットでノーネクタイという、皇族としてはラフな服装で現れたスザクに、公務ではなくプライベートでの来訪である事が伺い知れ、ミレイは微笑んだ。
「ようこそおいで下さいました。スザク・エル・ブリタニア殿下。
ルーベン・アッシュフォードでございます。」
「本日はお招きありがとうございます。アッシュフォード老。
スザク・エル・ブリタニアです。いや…枢木スザクと申し上げた方がいいかな。」
 意味深な笑顔で名乗るスザクに、アッシュフォード老人も笑みを浮かべる。
「貴方の事は部下から聞き及んでいました。まさかこのような形でお会いするとは思いもしませんでしたが。」
「それは私も同じです。その節は、貴方の部下にて手荒な真似をしてしまいました。」
「いやいや。子供と侮った彼らに非があったのです。
あの時の貴方と殿下の武勇は、聞いていてとても楽しかったですよ。無作法をしまして、大変申し訳ありませんでした。」
「いいえ。もう昔の事です。あの後、正式にルルーシュへ使者を遣わせて下さった事には感謝しているのです。」
「そう言って下さると、私も救われます。」
 深々と頭を下げる老人に、スザクは「どうか頭を上げて下さい。」と言う。
 2人のやり取りをミレイは唖然として見守っていた。
「おじいさま。スザク殿下とは初対面ではなかったのですか。」
「お目にかかるのは初めてだよ。だが、7年前にちょっとな……」
「ルーベン殿がルルーシュに差し向けた人達と、僕がちょっと……ね。」
 苦笑するスザクに、ミレイはそれ以上の言及は避けた。
 祖父と皇子の間で分かる事ならば、これ以上自分が知る必要のない事だと判断したからだ。
「校内をご案内する前に、私の部屋でお茶などいかがでしょう。」
「頂きます。」
 アッシュフォードの案内で建物に入るスザクを、SPは礼をもって送り出す。
 その様子に怪訝な顔をするミレイに、スザクはそっと話しかけた。
「彼らには、車の中で待機するように言ってあります。
校内を黒ずくめがいかめしい顔で歩き回っていたら、生徒の皆さんが動揺されるでしょう。」
「お気遣いありがとうございます。」
 ミレイは、スザクにニッコリと笑みを向けた。
 先を行くアッシュフォードも笑みを浮かべていたが、それは、明らかにミレイのものとは違う性質のものだった。

 ルーベン・アッシュフォードは、孫のミレイがそうであるように快活な老人であった。
 ルルーシュとナナリーの母親、マリアンヌ皇妃を騎士候の頃から支援していた事から始まって、ヴィ家の皇子皇女を孫のように大切に思っている事、爵位を失ってこのエリアで学校経営を始める事になった経緯など、スザクが尋ねないうちからそれは雄弁に語った。
 話術も巧みで、貴族のくだらない自慢話を聞くのに慣らされてしまっているスザクにとっては、大変興味深く楽しい会話であった。
 気がつくと、ルーベンの隣にいたはずのミレイが席を外していた。
「そう言えば、ミレイ嬢の姿が見えませんね。」
「あれには、人を呼びに行かせているのです。」
 老人がそう言うか言い終わらないうちに、理事長室の木製で重厚な今時レトロな扉がノックされる。
「はい。」
 老人が答えると、扉の向こうから名乗る声が聞こえる。
「理事長。ルルーシュ・ランペルージです。」
「お入り。」
 アッシュフォードが招くと、1人の学生が入ってくる。
 その姿にスザクは目を見張り、立ち上がった。
「理事長、何か御用です……か……」
 理事長の呼び出しにやってきたルルーシュも、ルーベン老人の前に、今、席から立ち上がって自分を見つめている人物に言葉を失い、彼を凝視する。
 2人の少年は、お互いを見つめたまま立ちすくんでいた。

 扉越しに聞こえた懐かしい名に、スザクは耳を疑った。
「ルルーシュ・ランペルージです。」
 姓は違う……だが、ルルーシュというその名前は……まさか……はっとしてアッシュフォードを見る。
 老人は、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
 扉が開かれ声の主が入ってくる。
 さらさらと流れるような黒髪のすらりとした痩身の学生に、弾かれたように立ち上がるスザクを驚いて見つめるそれは、幼い頃宝石のようだと思ったアメジストの瞳……
 スザクは声を上げる事もできず、ふらふらとその学生に向って歩み寄って行った。

 教室へ、会長が理事長室へ来いと言っていると、同じ生徒会の同級生が呼びにきたとき、呼び出される理由に思い当たらず、まさかゼロの正体がバレてしまったのかと戦々恐々として理事長室のドアをノックした。
 開いたドアの向こうに、先日仲間に引き込む事に失敗した皇子の姿を見つけ、ルルーシュは一瞬放心してしまっていた。
 まさか、こんなところで再会しようとは夢にも思わなかった。
 スザクも、呆然として自分を見つめている。
 その深い翡翠の瞳にはっとして、ルルーシュは跪いた。
「しっ失礼しました。皇子殿下がおいでとは知らず、ご無礼を……!」
 皇族に対する礼をとって、頭を下げる。
 貴人の返事はなく、毛足の長い絨毯を踏んで近寄ってくる気配がする。
 その気配がルルーシュの側まで来ると、頭のすぐ近くで声がする。
「顔を上げて、もう一度見せてくれないだろうか。」
 流暢なブリタニア語で語りかけてくる声に、心臓が跳ね上がるのをルルーシュは自覚した。
「そんな…殿下にお見せできるような顔では……」
 何を言っているんだと、内心舌打ちする。
「ルルーシュ。お願い……顔を見せて……」
 震える声で紡がれる日本語に、ルルーシュは観念して顔を上げた。
 すぐ目の前に潤んだ大きな翡翠の瞳と、亜麻色のふわふわしたくせ毛の少年の顔があった。
 それは7年前誰よりも心を開いた、友のものだ。
「ああ……やっぱりルルーシュだ……僕だ…スザクだ…枢木スザクだよ……」
 こぼれんばかりの大きな瞳から、ぽろぽろと涙を流して名を呼ぶスザクに、ああ…こういう時にはちゃんと“枢木スザク”というのだな…と、幾分冷めたた気持ちで懐かしい友の名を、自分の声で直接呼ぶ。
「スザク……」
「ルルーシュッ!」
 跪いたままのルルーシュに、スザクも膝をついて抱きしめる。
「ルルーシュ。ルルーシュ!良かった。信じてた……きっと…きっと生きているって……ずっと…ずっと…信じていたよ……」
「スザク……っ!」
 すがりついて泣き崩れるスザクに、ルルーシュもたまらず抱きしめる。
「俺も…俺も、ずっと探していた……スザクの事……ずっと…探していたんだ……!」
 2人の少年はお互いの名を呼びあいながら、抱き合って涙するのだった。

1

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です