真理の扉からアルの身体を持ってきちゃった 10 - 5/6

合同演習初日が終わろうとしていた。
「グラマンの爺さん。この演習中に大総統を始末する気だぞ。」
「し、始末って……」
演習地にある車両基地に停車中の貨車に隠れているアルフォンスを尋ねてきたマイルズが、不穏な事を伝える。
「なにやら、裏でいろいろと手を廻している。
ここは、あの爺さんが仕切っているからな……中央セントラルのマスタング大佐とも連携しているんだろう。」
「あんまり派手なことして欲しくないんだけど……」
大総統がいる間、アルフォンスはここで息を潜めているしかない。
「少佐…何とか中将を説得してください。
相手は人造人間ホムンクルスだ。そう簡単に死んだりしませんよ。」
「うむ……とは言ってもな……」
軍の…ひいては国のトップになる千載一遇のチャンスが、今、目の前にあるのだ。それを逸する気はないだろう。
「まあ。努力はしてみるよ。」
と、あまり誠意のない返事を残して彼は去っていった。
「参ったなぁ。」
大人たちと、自分たちの思惑の差異に、アルフォンスは頭を悩ませる。
「この国を滅亡させたくないのは同じなのにな……」
思い描く未来は一人一人違う。

少し気分を変えよう……

そう思って、アルフォンスは貨車を出た。
その直後、これまでに何度も感じた気配に、ゾクリとする。
足元に、頭上からボタボタと水滴なようなものが落ちてくる。
それが雨などではない事は、すぐに分かった。
「におうよ。におうよ。」
アルフォンスが背後を振り仰ぐ。
「鋼の錬金術師の弟のにおいだ。」
彼が先ほどまで潜んでいた貨車。その上から覗き込んできている影がある。
これまで何度も対峙した人造人間ホムンクルスグラトニーだ。
それが、にたりと笑って見下ろしている。
アルフォンスに戦慄が走った。
「まずいっ……」
とっさにその場から駆け出す。
グラトニーが貨車から飛び降りた。
「まずい。まずい。まずい!!」
こんな、宿営地の近くで戦闘するわけにはいかない。騒ぎになれば大総統が出て来る。逃げ切れない!
とにかく少しでも遠くへ……!
走りながら、アルフォンスは対策を考える。
「どうする…マルコーさんのように、賢者の石を破壊するか……?」
考えながら、己の予測の甘さを反省した。
「うかつだった……大総統を遣わした上にもう1人人造人間ホムンクルスを遣わしてるなんて……!!」

早く、みんなに知らせなきゃ……

必死に走るアルフォンスを、基地内に点在するガス灯の明かりが照らす。
足元にアルフォンスの大きな影がくっきりと浮かんだ。
その瞬間──
影が、別の存在に変わった。
背後の地面を埋め尽くすような黒い影。それにいくつも目玉のような物がある。
「!?」
そこから何本も触手のような腕が伸び、アルフォンスを捕らえた。
「く…あっ。」
その触手のような影は、ぞるぞるとアルフォンスの身体を這い上がり、四肢を、胴体を、ぎちぎちと締め付ける。
「なんだ、これ……」
錬金術を使おうとする両手も、締め付けてくる力に邪魔され合わせることができない。
ぞぞぞと這いまわる触手が、鎧の接合部分の隙間から中に侵入してきた。
「!!」

気持ち悪い!

アルフォンスの魂に無遠慮に触れてくる黒い影に怖気たつ。
影は、鎧の中を動きながら着実に魂を定着させている血印に近づき、ついにはその一つの先端が触れた。
急激に意識が遠のく。
「うっ……」
がくんと膝の力が抜け、アルフォンスは悔し気に拳を地面に打ち付けた。
「く…そっ……!」
どんどんと視界が暗くなっていく。
ルースに呼ばれ魂が引っ張られるあの感覚とはまた別の、むしろ何かに干渉され押さえつけられるような…恐ろしく不快な感覚に襲われた。
ずずず……ぞぞぞ…と、影は動かなくなったアルフォンスの中へと潜り込んでいく。
その影の大元に立つグラトニーの肩に腰掛ける小さな人影が、まるで人形のような微笑を浮かべていた。

ここは一体……
アルフォンスは真っ白な空間を浮遊していた。空虚で音すらない……だが、それが奇妙に心地よい。
何かを静かに待つ、悟りにも似た境地でゆらゆらと漂う。
ああ……何でだろう……何もかもが遠い昔のように感じる。
このまま…静かに……こうしていたい……
母の懐に抱かれた赤子のように、微睡む彼の耳に、どこからか声が響いてくる。

アルフォンス……アルフォンス。
しっかりしなさい。

「……誰?」
誰かが手を差し伸べてくる。無意識に、そちらへ手を伸ばした。
その手は、優しくアルフォンスの顔に添えられる。
くのは、まだ早いよ。」
自分に語り掛けてくる声が、はっきりと聞こえ、手を添えている人物の姿が鮮明になる。
目の前で、かつて出合った事のある少年が微笑んでいる。
「セリム…ブラッドレイ……?」
アルフォンスの呼びかけに少年は目を細めた。
「まだまだ君は……」
少年の姿が黒く歪む。
「利用させてもらわなきゃならない。」
黒い影が…その無数の目玉が…にたりと笑った。

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