真理の扉からアルの身体を持ってきちゃった 10 - 2/6

「何故、反対しなかったんです?」
家人が寝静まった深夜、ルースはブラッドレイの書斎を尋ね、詰め寄った。
険しい表情の彼に、ブラッドレイは表情を変えることなく答える。
「家の中の事はあれに任せてある。
私が口出しするまでもない。」
「僕が、大学を受験する日なんて来ないって知ってるくせに!」
ブラッドレイの目が鋭くなった。
「では、明日にでも自分から断ったらどうかね。大学に行く気はないと。」
ブラッドレイの提案に、ルースは顔をしかめる。
「……言える訳がないじゃないですか。
あんなに、熱心に勧めてくれて…喜んで、楽しみにしてくれているのに……」
辛そうに話すルースを、ブラッドレイは鼻で笑う。
「断ることもできず、その八つ当たりでここに来たのか。
まるで子供だな。」
冷笑するこの家の主を、ルースは紅潮した顔で睨みつける。
「……馬鹿にしているんでしょう。人間の事。
その日が来ない事を知っていながら、未来を疑わない彼らを見てわらってるんだ。
奥さんの事も……理解ある優しい夫のふりをして、本当は腹の底で嘲笑あざわらって……っ!」
感情のまままくし立てる。それこそ、指摘された通り八つ当たりだ。
ブラッドレイが憤怒の気を放って、座っている椅子から立ち上がった。
ルースは息を飲んで一歩後退る。
「知った口をきくな。小僧。
あれは、私が選んだ私の妻だ。
この、キング・ブラッドレイのな。」
「………彼女は特別…という事ですか?」」
「相変わらず禅問答の好きな奴だ。
少しは、自分の頭で考えてはどうだ。
のう、真理よ。」
薄く笑う人造人間に、ルースは返す言葉が見つからなかった。

 

軍で見せることのない穏やかな、いかにも良き夫、良き父親の顔で家族と歓談しているブラッドレイを見る。
彼の正体を知らぬ大多数の人間が見れば、それはまるで絵にかいたような一家団欒の光景だろう。
それがあまりに幸福そうに見えるだけに、ルースは居た堪れない気持ちになる。

……これは、家族ごっこだ───

人間ではないものが人間のように振舞い、生活している。
その事で、彼を責める資格はルースにはない。
自分も同じ穴のむじなだからだ。
記憶や感情が芽生えたからといって、本物の人間ではない。この身体の持ち主は、アルフォンスなのだ。
試験日を迎える前に、この「ルース」という少年はいなくなる。
その頃には、この身体はアルフォンスの魂と一緒になり、自分は新たに作った容れ物の中にいるはずだ──上手くいけば……
そう、上手くいけば───
最悪の場合……このアメストリスという国は、数百年前一夜で滅んだクセルクセスと同じ道を辿る事になる。
結果がどちらになるのか……それは、「神」と呼ばれる真理ですら判らない。

夫人とセリムの幸福な笑顔を見る度、罪悪感が胸を抉る。

───この人達に嘘ばかりついて。

だが、真実を伝える事など到底できない。

この人達の幸せを、壊したくない──

その思いが、結局、人造人間ホムンクルスに加担する事になっている現況に、ルースは苛立ちと不甲斐なさを覚えるのだ。

 

「ルース。どうかした?」
黙りこくってしまっているのを訝ってセリムが声をかけてきた。
ルースは、はっとして笑顔を作る。
「ううん。なんでもない。
動き回ったら、お腹空いちゃったなーって。」
「あははは。ルースったら、最近凄い食いしん坊だね。」
「育ち盛りですものね。
きっと、身体がこれまでの分を取り戻そうとしているのよ。」
セリムがからかい、夫人が擁護する。
いつもと変わらない平和な情景……
だが、時は確実に歩みを進めている。

『約束の日』はもう近い──

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