「そうか。ウインリィは無事に帰れたんだね。」
「うん。ブリッグズから護衛もつけてもらってるから、まず安全だと思う。」
良かったと、心底ほっとした顔のルースに、アルフォンスも頷く。
夢と現の間…この仄暗い空間がアルフォンスとルースの情報交換の場だ。
偶然、この場所で出会えると知ってから、ルースはアルフォンスをここに呼び寄せる。
初めのうちは月に数度だったが、最近は2日に一度と頻繁になっている。
約束の日が近いのが一番の原因だ。
ブラッドレイ家に引き取られたと聞いた時は肝を冷やしたが、これは、好都合だとアルフォンスは考えた。
思いがけず、敵の中枢に自分の分身ともいえる弟がいる。しかも、自分達が連絡を取り合えるという事を、人造人間らは知らない。
彼らや、軍内部の情報も手に入り易いのではないか。
こちらの動きや手に入れた情報も共有できる。
アルフォンスの提案に、ルースは一も二もなく賛成した。
「僕が役に立てるなら、こんな嬉しい事はないよ。」
連絡を取り合う日時をあらかじめ決め、アルフォンスが周りの仲間に事情を知らせておけば、前回のように突然意識を失っても仲間たちが慌てたり心配かけることもない。
連絡を取り合うのは、主にルースの就寝時間後。ベッドに入った状態でアルフォンスの事を強く想って目を閉じる。
はた目には、眠っているようにしか見えないので、アルフォンスと会って話をしているとは誰も気づくことはない。
「父さんは、中央の外れにあるカナマというスラムに潜伏してる。
当日、直接あいつと対決するって言ってた。」
「……大丈夫かなぁ。」
アルフォンスの話に、ルースは眉を顰める。
「父さんの考えだと、あいつは父さんを模した皮袋に入っているようなもので、昔入れられていたフラスコが大きくなって動けるようになっただけだから、その袋を破いてしまえば死ぬはずだって事だけど。」
「うん……多分そうなるだろうね。
ただ、その事は向こうも警戒してるはずだよ。
実際、あれに対抗できる力を持っているのはホーエンハイムさんだけだから……何か対策してるんじゃないかな。」
真剣な表情で考え込んで話すルースを、アルフォンスは変わったものを見るように眺める。その視線に気が付いたルースが小首を傾げた。
「なに?どうかした?」
「あっごめん。……なんか、父さんの事をさん付けで呼んでる自分の姿が不思議で……」
その言葉に、ルースは目を瞬かせる。
「そりゃ、そうだね。」
ルースは、クスリと笑った。
「でも、僕はまだ会ってないし…アルやエドが弟だって言ってくれてても、お父さんの方は突然息子が増えて戸惑ってるだろうし……」
恥ずかしそうに「お父さん」というルースに、アルフォンスは目を細める。
「そんな事ないよ。会って話がしたいって言ってた。」
「ほんと!?」
目を輝かせて頬を染める弟に笑みがこぼれる。
「まずは、錬成に巻き込んでしまった事を謝んなきゃって……それから、ボク達が勝手に弟扱いしてるのに、喜んでくれて良かったって言ってた。
ボク達の弟なんだから、父さんにとっても息子だとも言ってたよ。」
「良かった……
『そんなもの、早く引剥がせ』て怒ってたらどうしようかと思ってたんだ。」
安堵の息を吐くルースの頭を、アルフォンスは優しくなでる。
「そんなことあるもんか。
錬成に巻き込まれた者同士、仲良くできそうだって笑ってたよ。
真理を錬成に巻き込むなんて、とんでもない奴だって兄さんの事呆れてた。」
「呆れて…じゃなくて、さりげなく自慢してない?それ。」
2人は顔を見合わせ笑った。
「エドとは、まだ……?」
「うん。……一体どこで何してるんだか……」
2人そろって眉を顰める。
エドワードの消息については、北軍からの情報で、エドワード・エルリックの個人口座から金を引き出した不審な男2人が、金髪の子供を人質に逃走したというもの以外は全く手に入らなかった。
アルフォンスはルースからその話を聞いて「その子供って、兄さんだ。」と断言した。
「国家錬金術師の個人口座から他人が現金を引き出すなんて、そう簡単にできるものじゃない。
兄さんが誰かに頼んで金を引き出したんだ。」
つまり、エドワードは生きていて、誰かと共に逃亡している。
「兄さんが1人じゃないって、分かっただけでも凄く安心した。」
「どこかで、約束の日のことを知ってくれればいいんだけど……」
そうすれば、エドワードの事だ。アルフォンスかホーエンハイム、もしくはマスタングと合流しようとするだろう。
「………案外、リゼンブールに戻ってたりして……」
「まさか!」
アルフォンスがぼそりと言い、ルースが即座に否定する。
「だよねぇ。」
希望的観測だ。もし兄がそこに…ロックベル家にいればウインリィと再会し、彼女から約束の日についての情報や自分達の動向を知らせることができる。
世の中そう思い通りにいかない事は重々承知しているが、そうなったらいいのにとアルフォンスはそう思わずにはいられなかった。
「キング・ブラッドレイが、合同演習の視察に行くよ。」
「いっ何時っ!?」
「初日から……」
真顔で答えるルースに、アルフォンスは息を呑む。
「中央から誰かが派遣されるだろうとは、マイルズ少佐もグラマン中将も予想してたけど、まさか大総統を……!」
「向こうも相当警戒しているってことだよ。
アル。向こうで見つからないように気を付けて。
約束の日が終わるまで逃げ切れば……」
「ボクらの勝ちだ。」
2人は大きく頷き合う。
「ブラッドレイの書斎から、お父様の所まで行く隠し扉があるのを見つけた。」
「えっ。」
「夜中に押し掛けた時に見つけたんだ。」
驚くアルフォンスにルースは照れなのか、恥ずかしそうな顔をした。
「そんな危ない事……」
「殺されないの分かってるから、結構大胆なことできる。」
不敵に笑うルースに、アルフォンスは苦笑する。自分達もそうしてきたからだ。
相手は手加減しなければならないが、こちらは全力で戦えた。それで人造人間達を、ずいぶん怒らせたものだ。
「タイミングを見計らって、そこから地下に行こうと思ってる。」
「ルース?」
問いかけるアルフォンスに、ルースは真剣な顔で答える。
「ホーエンハイムさんを手伝うよ。
あいつは、まだ何か隠している気がする。」
ルースは言葉を続けた。
「それに……あいつともう一度話してみたいんだ。
僕とあいつは凄く似ている。多分、僕らは同じ所から来たんだ。
同じように『人間』を媒介にして……
なのに、僕にはあいつが理解できない。
向こうもそうだろうな……」
「───知りたいの?」
「うん。僕とあいつ、何が違うんだろうなって。
純粋な、好奇心。」
へらっと笑う弟に、アルフォンスは肩をすくめた。
「そんな事、分からなくってもいいと思うけどな。
でも、ルーが父さんの手助けしてくれるのは心強いよ。」
その言葉に、また、ルースの顔がほころんだ。
連絡を取り合うのは今日で最後だ。
もうすぐ、アルフォンスの乗る汽車は演習地に到着する。そうなれば、意識のない状態の彼を守ってくれる人物がいなくなってしまうからだ。
「頑張ってね。」
「そっちこそ。父さんのこと、頼んだよ。」
「うん。きっと、上手くいくよ。
そうしたら……」
「ルーの入る容れ物作って、兄さんの腕と足も取り戻そう。」
2人は拳をぶつけ合って別れた。
互いが無事で再会できることを信じて。
東軍と北軍の合同演習へ向かうブラッドレイを、夫人と共に見送りに出たルースは、大総統の隣に立つセリムに目を見張った。
「……セリムも一緒に行くの?」
「うん。言ってなかったかな?」
小首を傾げる彼に、ルースは聞いてないと首を振る。
「あら……」
そうだったかしらね。と夫人も首を傾げた。
「演習の視察にセリムが一緒に行くのはいつもの事だから……」
特に気にも留めていなかったという彼女に、ルースは再び目を剥く。
「軍の演習って、実弾とか使うんじゃ……」
「勿論。腹に響くぞ、あれは。」
ブラッドレイが楽しそうに言うのに、眉を顰める。
「………危険じゃないですか?」
「大丈夫だよ。いつも遠くの安全なところで見学させてもらってるから。」
「皆さんのお邪魔にならない場所でね。」
ニコニコと、まるで遠足に送り出すように話す夫人に肩の力が抜け、ルースは乾いた笑いを漏らした。
「初日の閲兵式を見るのが好きなんだ。びしっと並んで敬礼するのが凄く格好いいんだよ。」
嬉しそうに話す大総統の息子に、皆揃って目を細める。
セリムは、ルースに話しかけた。
「日蝕の日までには帰るよ。
帰ったら一緒に見よう。」
日蝕の日……それは「約束の日」でもある。
無邪気に強請る友人に、ルースは小さく頷く。そんな彼に、セリムは目を細めた。
「2人で一緒に見よう。
太陽が月に呑まれる瞬間を…ね。」
そう言うセリムの笑顔が禍々しく見え、ルースは背筋に悪寒が走った。
が、それも一瞬の事で、気が付けばいつものあどけない笑顔の少年がそこにいた。
……今のは一体……
仲良く軍司令部へ向かう親子を見送りながら、ルースは胸の中に僅かに湧いた不安に戸惑う。
───何故だろう……何か、嫌な予感がする。
もう、アルフォンスとは連絡を取る事ができない。
それが、余計不安を煽る。
「アル……」
東の地にいる兄の無事を、ただ願った。
コメントを残す