東部の砂漠地帯と平原の境界に鉄道が走っている。
砂漠にある、オアシスを中心にして栄えた街「リオール」。そこに最も近い駅のホームに、大きな荷物が運び込まれた。
人足風の大柄な男2人が抱える木箱から、鋼の鎧の頭が見える。
彼らのすぐ後ろを、大きなショールを頭から被った小柄な人物が付いて歩く。
日はとっくに落ち、空には星が瞬いている。ホームには彼ら以外の姿はなかった。
駅舎から職員が出て来ると、ホームの端に立って手に持つカンテラの灯りを高く差し上げる。
遠くから汽笛が鳴った。
それを確認すると、職員は彼らの方を振り返り声をかける。
「あと5分ほどで到着しますよ。
乗せる荷物はそれだけですか?」
問いかけに男の1人が頷いた。
「立派な鎧ですね。年代物だな、こりゃ……」
カンテラの灯りに反射する鎧の表面にあちこちある傷を見て、感嘆の声を漏らす。
「あ…ああ。歴戦の戦士が使っていたっていう曰く付きでよ。
軍のお偉いさんに届けるんだってさ。」
それ以上は良く分かんねえや。と男はぼそぼそと言った。
「そっちのお嬢さんも、軍関係者なのかい?」
ストールの下から見える容姿から若い女性であると分かった職員は、小首を傾げながら彼女にも声をかけた。
これから来る列車は臨時の軍用列車で、東部で行われる合同演習場へ向かう北軍の兵士を運んでいる。
うら若き女性が乗るにはあまりに不釣り合いだ。
「え、ええ……私、これでも機械鎧の技師なの。お客さんに、演習中のメンテナンスを頼まれてて……」
「へえぇ。そいつは凄いな。こんなに若くてしかも女の子が……」
職員は感嘆の言葉と共に人懐っこく笑いかけた。
列車がホームに停車する。
車両の1つから、士官らしき人物と数人の兵士が下りてきた。
その士官は夜だというのに色のついた眼鏡をかけている。背はすらりと高く、ソリコミ頭の伸びた髪を後ろで結んでいる。一種独特な雰囲気の人物だ。
「ご苦労だった。荷物と彼女は預かっていく。」
淡々とした口調で話しかけてくる士官に、人足の2人は顔を見合わせると、彼に小さく頭を下げた。
「じゃあ。元気でな。」
「頑張れよ。」
2人は口々に少女に声をかけると駅を去っていった。
鎧の入った木箱とその少女を一つの貨車に載せると、列車は静かに発車した。
「ふぅ。」
顔を隠していた大きなショールを外し、ウインリィは大きく息を吐く。
「やあ、ウインリィさん。久しぶり。
無事で何よりだ。」
「はい。ありがとうございます。
マイルズ少佐。」
荷物と彼女を受け取りに現れた士官に、ウインリィは笑顔で答える。
「まさか、自分を荷物扱いさせるとはな……」
兵士らが木箱を解体する様を見ながら、マイルズは苦笑する。
「アルフォンス君、随分静かだねえ。
本当に、ただの鎧みたいだよ。」
アルフォンスと既知の兵士が、無事汽車に乗り込んだというのに相変わらず微動だにしない彼を訝る。
「あっ。ひょっとして、まだ戻ってきてないのかも……」
そう言って、ウインリィはアルフォンスをゴンゴンと叩き出した。
「アルーっ。起きて!
無事に、汽車に乗れたわよ!!」
その光景をブリッグズ兵は面食らって見つめる。
「どういうことだ。」
「きっと、ルースと話をしているんだと思います。
ルースに呼ばれて、魂が一時的に鎧から離れ別の場所にいるらしいの。」
「………大丈夫なのか?」
「用事が済んだら戻ってくるし、こっちから呼びかけても……」
そう説明しているうちに、鎧の肩がピクリと動いた。
「う…ん。」
「アル!気が付いた!?」
「……ウインリィ……」
アルフォンスはハッとして辺りを見回す。今まで何の反応もなかった鎧の頭がせわしなく動く様に、驚きよりむしろ滑稽さが勝り、辺りから笑いが漏れた。
「アルフォンス。元気そうだな。」
「マイルズ少佐!……よかった、無事乗れたんだね。」
「うん。駅員さんに声かけられたときは、ばれるんじゃないかってドキドキしたけど……大丈夫だった。」
笑顔を見せる幼馴染に、アルフォンスも安堵の息を吐いた。
こんな会話をを続けている最中も、彼の周りの人々が、箱に納めるため解体されたアルフォンスの組み立て作業をしてくれている。
「ありがとうございます。皆さん。」
「いや。君からの伝言のお陰で、敵がいつ事を起こすのかはっきりしたし、伝言を託して寄こしてくれたイズミさんには、我々も大いに助けられている。」
マイルズの言葉に、アルフォンスは師匠の所在を尋ねた。
「彼女にはバッカニアと行動を共にしてもらっている。
今頃は、中央に潜伏しているはずだ。」
「……そうですか。
師匠、大丈夫かなあ。」
「頃合いを見て脱出すると言っていたし、シグさんも一緒だ。心配ないだろう。」
彼の言葉に、アルフォンスは小さく頷いた。
「君の身体…ルースと言ったか。
彼から、何か情報が?」
マイルズの問いかけに、アルフォンスは小さく肩をくすめる。
「すみません。これと言って大きな動きはないようです。
むしろ、平穏すぎて気味が悪いくらいだって……」
「……ふむ。我々の動きを警戒しないはずはないと思うのだが……それとも…我々人間がどう足搔こうとも関係ないという事なのか……?」
マイルズは眉をしかめた。
「奴らの計画には『人柱』と呼ばれているボク達が不可欠です。
見つからないように分散していれば……一人でも欠けたらそこで計画は頓挫します。」
「だから、君は我々と行動を共にすることにした。」
そうだろうと確認してくる彼に、アルフォンスは大きく頷く。
「はい。それに、事情の分かっている錬金術師がいた方が、不測の事態に対応できるかと……」
「頼りにしてるよ。」
アルフォンスの言葉に、マイルズは小さく笑った。
「あ、少佐。ウインリィの事……」
「ああ。分かってるよ。リゼンブールで臨時停車するように手を打ってある。
もうすぐ家に帰れるから、安心しなさい。」
「はい。ありがとうございます。」
ウインリィは嬉しそうに笑った。
マイルズらブリッグズの面々が去り、2人きりになると、ウインリィは全身の力を抜くように大きく伸びをした。
「ああ。良かった、もうすぐリゼンブールに帰れるのね。
……ばっちゃん…凄く心配かけちゃったな……」
「……ごめんね。ウインリィまで巻き込んじゃって……」
申し訳なさそうに肩をすぼめるアルフォンスに、彼女は大きく首を振る。
「アルが謝る事じゃないよ。
悪いのは、人造人間や『お父様』とか呼ばれてる奴でしょ。」
アルフォンスをそう言って慰めたウインリィであったが、ふと、不安げな顔で彼を見る。
「………ねぇ…また、一緒に暮らせるよね。
エドやアルと皆一緒に……」
「当たり前じゃないか。」
アルフォンスは力強く言う。
「エドも……きっと、元気だよね。」
「勿論!兄さんの事だから、『ヒゲ野郎ぶっ飛ばしてやるっ!』て息まいて中央に向かってるかも。」
アルフォンスの言葉に、ウインリィは声を上げて笑った。
「ねえ、アル。エドなら、きっとやってくれるよね。この国をクセルクセスの二の舞なんかにさせないよね。」
「うん、きっと…兄さんなら、きっとこの国の人達みんな守ってくれるよ。
それに……父さんも一緒だし。」
「うん……おじさん、すごい錬金術師なんでしょ。」
「うん!ハンパないくらい凄い術師。」
「じゃあ。きっと大丈夫だね。」
そう笑う彼女のまつ毛が揺れる。
「ねえ。アル……」
何かをじっと耐えるような表情で、ウインリィはアルフォンスに囁く。
「死んだり……しないよね。」
「あっ当たり前だろ!」
少し怒り気味のアルフォンスの声に、ウインリィはクスリと笑う。
「うん。じゃ、約束。」
そう言って小指を彼の前に差し出した。
「指きりゲンマン。
この国を守って、エドとアルも身体取り戻して、絶対帰ってくること!
嘘ついたら、スパナ千回叩きの刑だからね!」
「えーっ、なにそれ?」
「絶対だよ!それに……その時はちゃんと紹介してよね。新しい弟のルースの事。」
真剣な瞳で訴えてくるのに、アルフォンスは大きく頷いた。
「うん。約束する。絶対に皆で帰るから。兄さんとルースも一緒に。」
「うん!」
小指と小指を絡ませて約束する。
ウインリィが明るく笑う。それは、夏空に映える大輪のひまわりの花のようだとアルフォンスは思った。
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