夕食を終え、ルースはベッドの上にうつ伏せでばったりと倒れた。
やっと…やっと一日が終わる。
ごろりと寝返りを打って仰向けに体勢を変える。
「どーして、眼帯オヤジが僕の前の席に座ってんだよーっ!」
ディナーの席順に文句を言いながら手足をばたつかせた。
おかげで、せっかくのコース料理を全く楽しめなかった。
「料理美味しかったのに……」
食後の歓談に誘われたが、それは丁重に断って早々にこの部屋に戻ってきたのだ。
兎にも角にも緊張する。これからこれが毎日続くのかと思うと、げんなりとしてきた。
窓の外に目をやると、冴え冴えとした月が浮かんでいるのが見える。
エドとアルも同じ月を見ているだろうか。
「ああ……アルに、ここにいること知らせなきゃ……」
トロトロと瞼が重くなってくる。
以前のように彼のことを強く想えば、またあの空間で会えるだろう。その時に、エドと同流できたかも確認しよう……
そんな事を考えているうちに、ルースは眠りに落ちていた。
うつらうつらしていると、階下から激しい物音が響いてきて、ルースは、はっとして跳ね起きた。
金属同士が激しくぶつかり合うような音や、ガラスの類が割れる音、大きなものが叩きつけられる音も聞こえる。
ルースは、顔を引きつらせドアを開け廊下に出た。
下にはキング・ブラッドレイがいる。もし侵入者なら、彼が撃退するだろうが、あそこには夫人やセリムもいる。
彼が彼女らを守る保証はどこにもない。
階段を降りようとして、ルースは一瞬足を止め、階段の手すりに目をやった。
「杖で降りるより、こっちの方が早い!」
手すりに跨ると、勢いよく滑り降りる。ズボンの生地が痛むだろうが、今は気にしている場合ではない。
「ルース様!?」
木製の豪奢な手すりを滑り降りてくる少年に、執事は目を剥いた。
彼は、ストンと飛び降りると、緊張した声で、尋ねてくる。
「何が起きました?」
「暴漢が……警備の者をあっという間に……」
見れば廊下に、いかつい黒服姿の警備担当者が、気絶したり腹を押さえて呻いている。
「しっかりして下さいっ!」
ルースは、倒れている者の肩をゆすりながら声をかける。呻き声を上げて眼を開いた。
「皆さんは、まだ中に!?」
「はっはい。」
鋭く問う少年に、執事は一瞬息を飲んで首肯する。
その時、ガシャアンと大きな破壊音が響いた。
2人の警備担当者が慌てて中に飛び込む。その後を執事とルースが続いた。
「旦那様!!
奥様もセリム様もご無事ですか!?
お怪我は!?」
「申し訳ありません。
警備の者が、手も足も出ず……」
頭を下げる執事に、ブラッドレイは気にするなと言い、裏手に逃げたと伝える。
それを受けて黒服たちが一斉に部屋を飛び出していく。
室内に入ったルースは、その惨状に息を飲んだ。
革張りのソファはあちこち破れて中の綿が飛び出し、テーブルがひっくり返されて、その上にあったと思われるグラスやボトルの残骸があちこちに散らばっている。
視線を移すと、書棚の前に佇む母子がいる。2人とも無傷な事に、ほっと胸をなでおろした。
部屋全体に日差しが差し込む大きな格子窓は、格子ごと壊されて夜気が遠慮なく部屋に吹き込んできていた。
ルースは、その窓際に立つブラッドレイの前に進み出る。
「大総統。剣を……」
そう言って左手を彼の前に差し出した。
「うん?」
小首を傾げる彼の両手の中には、刀身が折れた剣の鞘部分と刃がそれぞれ握られている。
「貸してください。修復します。」
真剣な表情で語りかける彼に、ブラッドレイは面白そうに目を細める。
「ご家族を守った、大切な武器でしょう。」
「……そうだな。」
そう言って、折れた剣をルースに託す。
ルースは、それを受け取ると執事に声をかけた。
「部屋の本棚に、錬成陣を描くためのチョークがあったはずです。
持ってきてくれますか?」
ルースの要請に、執事は慌てて部屋を出るとすぐにチョークの入った小箱を持ってきた。
床に描いてもいいか夫人に尋ねれば、呆気にとられた顔で頷く。
床に描かれた錬成陣を、セリムが興味津々といった様子で覗き込む中、陣の中央に剣であったものを置くとそれに向かってルースは手をかざした。
パリパリと激しい光が走りスパークする。光が収まった陣の中央には、折れる前と寸分違わぬ剣があった。
その場にいた誰もが、感嘆の声を漏らした。
「どうぞ。」
差し出された剣を受け取り、柄を握るとブラッドレイはそれをしげしげと見る。
「うむ。見事! 握り心地、重量、刃の形…どれをとっても全く同じだ。」
その言葉に、称賛の声が上がる。
その声に照れ笑いを浮かべるルースの肩にブラッドレイが手を置いた。
「随分地味な事をするじゃないか。真理。」
小声で揶揄ってくるのに、眉を顰める。
「ここで、あまり派手な事はしない方がいいでしょう。
それに……あれは相当エネルギーを消費するんです。
貴方のお父様は、それをどこから調達しているんです?」
ブラッドレイは、その問いには答えなかった。
「いや、助かったよ。ルース君。」
そう言って、豪快に笑う。
「ルースさん凄いっ!錬金術が使えるんですね!!」
「驚いたわ。いつ覚えたの?」
「あ……えーと。本読んで覚えたんです……」
しどろもどろの答えでも、夫人は感嘆の表情で彼を見る。
「すごいわ。独学でマスターするなんて……」
「鋼の錬金術師さんみたいですね。
彼も、本を読んでその通りにしたら出来たって聞きましたよ。」
ルースの錬金術で会話に花を咲かせる母子を横目で見ながら、ルースは再びブラッドレイに話しかける。
「襲撃者は誰です?
その剣が折れるほどです。生半可な相手ではないですよね。
それは、そう簡単に折れるような鈍らじゃないでしょう。」
ルースの指摘に、ブラッドレイは目を細める。
「お前も知っている者だ。
以前父上が、シンの皇子で造った、強欲だ。」
それは、エドワードに引っ張られて初めてこの世界に来た時に見た光景。
頬にできた傷口から、ゼリー状の賢者の石を流し込まれたシンの皇子リン・ヤオが、姿はそのままに全くの別人になった。
「強欲」という名の人造人間に………
「人造人間同士で、仲間割れ……?」
ルースは目を見開いた。呟いた言葉にブラッドレイは薄く笑う。
「……捨てることを知らぬ強欲が、過去の記憶に混乱したに過ぎん。
そもそもあれは、己の欲望のまま行動する気質だ。父上の言う事も聞かん放蕩息子だ。
居ようが居まいが、計画自体には何の障りもない。」
怜悧な光を放つ目で見下ろしてくる男に、ルースは唇をかんだ。
「それにしても凄いなぁ君は!」
ブラッドレイは唐突に態度を変え、ルースの肩を叩いて笑いだす。
その変わり身の素早さに、ルースは内心頭を抱えた。
そんな彼を、ブラッドレイは家族のすぐ側まで誘導する。これ以上余計な事はしゃべるなという事らしい。
「本当ですよ!僕にも錬金術教えてください。」
無邪気に強請るセリムに、ルースは眉尻を下げた。
「君、将来国家錬金術師にならないかね。」
「ぼっ僕が!?とんでもない。
僕なんかとてもとても…軍の役に立つような……!」
ルースは両手をばたつかせて、答える。その様子に、親以上に残念そうな顔をしたのはセリムだった。
「僕は……僕の周りの人の役に立てれれば、それで充分です。」
穏やかな笑みで、セリムと夫人を見てそう言う。
「そうか……」
ブラッドレイはそう言うと、ルースの頭をなでた。
突然のことに驚いて彼を見上げるルースに、ブラッドレイ夫人は穏やかに笑うのだった。
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