「よし。これで……!」
白い紙一杯に描いたものを見て、ルースは満足そうに微笑む。
それを丁寧にたたんで枕の下に置くと、はたと、自分の両腕に視線を落とした。
長い間、日に晒されることがなかった白くか細い腕。
体の向きを変え、ベッドに腰掛けるようにすると、同じように骨と皮ばかりの足首がズボンの裾から見える。
ここに収容された時に比べれば、はるかに良くなってはいるが、それでも、健康的な10代の少年の体格には程遠い。
「このままじゃ、ダメだよなぁ。」
そう言って嘆息を漏らすと、ベッドから立ち上がった。
軽く柔軟体操をすると、目の前に見えるドアに向かって歩き出した。
たかが数メートルの距離が随分と遠く感じる。普通なら1分もかからないような距離を倍の時間かそれ以上かけて到着し、大きく息を吐く。額には汗が滲んでいた。
「まずいな。これじゃ……」
せめて、日常生活に支障がない程度には回復しておかないと……こんな状態では、いざという時何の役にも立たない。
そこまで考え、眼を瞬かせる。
「いざという時…か……」
クスリと笑うと、また、ベッドに向かって歩き出した。
遠く離れた北の地で、元の身体を取り戻すための手掛かりを探し求めながら、この国に起きようとしている災厄を防ぐために戦い続けている兄弟たちの役に立ちたい。そのためには、こんな、ベッドから離れられないような体力じゃダメだ。
もっと食べて、身体を動かして、筋力も上げなくては……!
何度もベッドとドアを往復する気配に、ドアの外で警備をしている軍人が、不思議そうにのぞき窓から覗いている事を気に止めもせず、ルースは独自の筋トレをそれから毎日続けるのだった。
「ブラッドレイ大総統。軍病院のシュバイツアー院長です。」
補佐官、ホークアイの案内で室内に入ってきた小柄な老医師に、大総統キング・ブラッドレイは鷹揚に頷く。
「大総統。貴重なお時間を頂きありがとうございます。」
ぺこぺこと頭を下げる医師に、大総統は穏やかに微笑む。
「いや。気にするな。例の子供の件で話があるそうだな。」
「はい。閣下のご指示通り、病室から1歩も出さず、栄養・衛生面を重視した看護をしておりますが、体力がついてきたのか、最近では病室内を歩き回ったり、ベッドの上で運動などもするようになって参りました。
そろそろ、病院ではなく別の施設で保護すべき時期ではないかと……」
医師の話に、ブラッドレイは一瞬目を鋭くするが、すぐにふっと目を細め口の端をあげる。
「子供は、じっとしてはおれんか。」
「閣下のお許しを頂ければ、私どもで良い養護施設を選定いたしますが。」
「ふむ……施設か……それについては私にも心当たりがある。」
「左様でございますか。」
医師は一瞬驚きで目を瞬かせるが、次の瞬間には媚びた笑みを張り付かせ、さすが大総統閣下とへつらう。
「子供の預け先については、私の方でで手配しよう。
下がって良いぞ。」
ホークアイが提供した紅茶を1口も飲めぬまま、その医師は大総統執務室を去った。
ティーカップを片付けながら、ホークアイはブラッドレイに尋ねかける。
「例の子供とは……アルフォンス君の身体の事ですか?」
「そんな事も知っておったのか。」
ブラッドレイは窓の外を眺めながら、目を細める。
「こちらに異動になる前、エドワード君から事情を聞いていますから。」
「………そうか。」
「彼を養護施設に預けるのですか。」
表向きは、テロリストに誘拐され自分の名や親の事も分からなくなってしまった子供で通っている。常識的に考えれば、健康面での問題が解決すれば、そういった保護施設に預けるのが筋だろう。
「あれは大事な人質だ。手元から離すわけにはいかないな。」
「では…どこへ……」
重ねて質問する彼女に顔を向け、ブラッドレイは薄く笑う。
ホークアイが息を飲んだ。
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