真理の扉からアルの身体を持ってきちゃった 8 - 3/6

雪の下から次々と襲い掛かる錬成物による攻撃に翻弄される人造人間ホムンクルスを見ながら、メイ・チャンはほくそ笑んだ。
中央からやってきた人造人間ホムンクルスエンヴィーと対峙するマルコーと合成獣キメラを、少し離れた場所にある雪に押しつぶされた廃屋の中から見守りながら、打ち合わせ通り次々と錬丹術で件の人造人間に攻撃を加えていく。
メイは、事前に仕込んでおいた地面に隙間なく描かれた錬成陣を、手元の錬成陣を使って遠隔錬成させている。
それを、アルフォンスは息を呑んで見た。
アメストリスでは未知の錬金術。シン国独自の武器を利用し、離れた位置から錬成を行う独特なものだ。
メイ曰く、龍脈の流れが読めれば、どんな錬丹術師でもこのくらいはできるそうだ。
彼女に何度教えられても理解できない「龍脈の流れ」。
それを体得するには、やはりシンまで赴かねばなるまいとアルフォンスはしみじみと思うのだった。

「ゴミカスどもが!!!調子に乗るなよ!!!」
エンヴィーが地を這うような怒声をあげた。
静電気のように赤い光をバリバリと発しながら、その姿を異形のものに変えていく。
無数の人間を爬虫類のように組み合わせたその巨体に、合成獣の2人も顔を強張らせた。
「なんだこいつ!?」
「俺たちも大概たいがいだが、こいつぁとんでもねぇ!!」
襲い掛かるエンヴィーからマルコーを救い、合成獣キメラと別の場所に潜んでいた傷の男スカーが攻撃を仕掛ける。
巨体の背中に飛び乗った傷の男スカーが放つ破壊の錬金術によって、エンヴィーの身体が雪の上に崩れ落ちた。
「やった!!」
歓喜の声をあげたのも束の間、マルコーはエンヴィーの舌に絡めとられてしまった。
「ドクター!!」
ザンパノとジェルソが叫ぶ。
「おおっと動くなよ。このままボキッとやっちゃうよ。」
彼らを牽制し、エンヴィーは勝ち誇ってマルコーに話しかける。
遠慮なく締め付けられ、マルコーの身体はめきめきと軋み、肋骨の折れる音が響いた。
余計な事をしたら村1つ潰してやると言っただろうと脅す人造人間ホムンクルスに、そんな事はさせないと反論するマルコーの顎を、エンヴィーの指先がはじく。
嫌な音を立てて、歯が数本折れ雪原に飛び散った。
「マルコーさンっ。」
錬成陣にかざそうとしたメイの手を、アルフォンスが止める。
「今、発動させたらマルコー先生も巻き込まれる!」
その忠告に、メイはぐっと息を飲み悔し気に人造人間を睨みつけた。
「まだ抵抗するの?本当にバカだね。」
嘲るエンヴィーに、マルコーは絞り出すように抵抗の意思を伝え続けた。
「………私は、上層部の言うがままに…賢者の石を作り……貴様らに脅され…ただ嘆き悲しんできた……
何も……何もしなかった自分に腹が立つ……」
それは、マルコーの懺悔だ。だが、自分への怒りは取りも直さず自分をそのように追い込んだ目の前の人造人間ホムンクルスらへの怒りでもある。
大人しくならないマルコーに、エンヴィーは眼下に見えるイシュバール人のスラムを破壊すると脅した。
手出しできず静観していた傷の男が、表情を硬くした。それは、メイやアルフォンスも同様だ。
「やめろ……!!」
悲痛なマルコーの声に、エンヴィーはうすら笑う。
「ただ潰すだけじゃ面白くないなぁ。
生きのいい女子供を中央に連れて行って、賢者の石の材料にしちゃおうか。」
楽しげに言う人造人間に、マルコーは声を荒げた。
「貴様…まだあそこでそんなものを作らせているのか!!
あそこの研究者たちを…私の部下を解放しろ!!」
「解放?無・理♡
あいつら全員賢者の石にしちゃったもん。」
薄笑いであっけらかんと告げられた言葉に、マルコーは愕然とし項垂れた。
そんな彼に、エンヴィーは容赦なく言葉を浴びせる。
「何を今更悲しむ事がある?
今までさんざん賢者の石を作ってきたんだろ?
人の命を使ってさあ!!」
それは、まぎれもない事実で真実だ。
軍の命令とはいえ、その製造方法を構築し、求められるまま死刑囚や捕虜とされた罪のないイシュバール人の命を石に変えてきた。
戦争を隠れ蓑に行われた非人道的な実験。錬金術師として医療従事者としてあってはならない、命をないがしろにする行為をしてきた自分が負う罪……
今までの自分は、それを嘆き悲しむばかりで、その事と正面から向かい合ってこなかった。だからこそ、この目の前にいる異形に侮られ、自分が抱える罪の意識を抉られているのだ。
マルコーは唇をかみしめた。

捕らわれ、力と言葉両方の暴力にさらされているマルコーを、廃屋の中でアルフォンスは両手を固く握りしめて見守る。
負けるな。頑張れと心の中で何度もつぶやいて。
傍らのメイも、口を真一文字にかみしめて彼を見ている。

数日前、彼からこの計画を持ち掛けられた時、誰もが唖然とした。
「前に進み続ける君達と行動を共にしてきて、私は、もう自らの罪深さと非力さを嘆き悲しむのはやめようと決めた。
そして、踏みにじってきてしまった多くの命に、少しでも償いたい。
こんな事で償いになるか分からないが……」
そう言って苦笑すると、マルコーは真剣な顔で、傷の男スカーに視線を送る。
「傷の男やメイちゃん、アルフォンス君のように彼らに対抗しうる力は私にはないが、蟻でさえ、追い詰められれば象を噛む。
奴らに蟻のひとかみを味合わせてやりたい。」
強い口調で語る初老の医師に、一同は顔を見合わせる。
アルフォンスが、重苦しく声をあげた。
「でも…マルコー先生。エンヴィーは……あの姿は、エンヴィー本来のものじゃないんです。
中央セントラルの地下で見ました。本当のエンヴィーはとてつもなく大きな体と長い尻尾を持った恐竜のような奴で……」
「あの化け物に1人で立ち向かうのは無謀だ。」
傷の男スカーも、アルフォンスに同意する。
「無謀か……」
自分の事を真剣に心配してくれている彼らに、マルコーは感謝の意を込めて微笑む。
「何の策もなく、こんな事を君たちに相談しているわけじゃない。」
自信ありげな表情に、アルフォンスらは目を瞬かせ彼を見る。
人造人間ホムンクルスは賢者の石を核に作られているそうだね。」
「ええ。マスタング大佐が、人造人間ホムンクルスのラストから教えられたそうです。」
確認した事を肯定するアルフォンスに、マルコーは満足そうに笑みを浮かべる。
「私は、私がこれまでしてきたことを、私でしかできない形で償う。
私なりの償いを、見届けてくれないか。」
静かに語るマルコーの決意に、彼らは黙って頷いた。

「……そうだ。私は多くの人を犠牲にして賢者の石を作った……」
マルコーは、俯けていた顔を上げ、人造人間を睨みつける。
「そうとも。この国の誰よりも石の作り方をよく知っている。
作り方を知っているという事は、
壊し方も知っているという事だ!!!」
叫び声とともに、マルコーは両手を覆っているミトンを外す。
その掌には、錬成陣が描かれている。第五研究所にあったものに酷似しているが、その構築式は製造過程とは真逆のものだ。
力を振り絞り、両掌を人造人間ホムンクルスの鼻先に押し付けた。
激しい錬成光がエンヴィーの身体を貫く。
「げぼぁ」
人造人間ホムンクルスの舌の付け根にある赤い石から、無数の光が発生する。それはまさに、傷の男スカーが得意とする破壊の錬成光だ。
巨大な石から放出される光は天を貫く勢いで駆け上り、彼らがいる丘の下にあるスラムからも見ることができた。
その光におののく村人の中で、ウインリィとヨキはマルコーが人造人間ホムンクルスと対決していることを知るのだった。
「マルコー先生……」
どうか無事で……
青白く光る巨大な光を見ながら、ウインリィはそう祈らずにはいられなかった。

「こんな……こんなことが……このエンヴィーが…貴様ら下等生物なんかにやられる訳。」
巨体を維持できなくなったエンヴィーが、雪の上を這いずる。その姿を合成獣キメラの2人は呆然として見た。
「てめ……見るな…いやだ…合成獣キメラまでオレを、私を、ボクを、見っ…みみみ……見下すなよ。
見下すなよ、ニンゲンがああああ!!!」
断末魔の声とともに、額から虫のような何かが飛び出る。
べしゃあと音を立て、エンヴィーの身体が雪の上に突っ伏すと、それは見る間に砂のように崩れ、後には骨の一片すら残らなかった。
「見るな…虫ケラが……」
か細い声で訴える虫ケラをザンパノが蹴り飛ばす。
それをつまみ上げて、傷の男スカーは嘆息を漏らした。
「こんな奴らにれ達は踊らされていたのか。」
自らが持つ力と意地を使い切り、四肢を投げ出して雪の上に倒れている医師を見下ろす。
傷の男の目には、自らの罪に向き合い立ち向かったマルコーへの敬意があった。
「勝ったぞ。マルコー。」

 

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