真理の扉からアルの身体を持ってきちゃった 7 - 5/6

意識を取り戻したアルフォンスは、自分の姿に愕然とした。
同行している皆が、自分のパーツを抱えて歩いているのだ。
魂を定着せている血印がある胴体は、誰かに背負われているのか、その人物が歩く度小刻みに揺れる。
「なんでボク、バラバラなの!?」
「アル!!気が付いたの?大丈夫?」
ウインリィがほっとした笑顔で尋ねてくるが、己の姿に混乱しているアルフォンスはそれに答えることなく事情を問いただす。
「急に意識を失ったのだ。担いで移動しようにも貴様は大きすぎるから、分解させてもらった。」
アルフォンスの胴体を背負っている傷の男スカーが、背中越しに説明してくる。
状況を理解したアルフォンスは、申し訳なさそうな声をもらした。
「あ……ごめん……
そっか……でかいの担いでちゃ、いざという時逃げられないよね……」
一刻も早く追手から逃れなくてはならないというのに、自分が倒れたせいで皆に迷惑をかけていることに、申し訳なさで声が小さくなる。
「へっくしょ!!ぶへーっくしょぃ!!!」
坑道から地上へ出た時に雪に嵌ったヨキが、盛大なくしゃみをする。
「無駄口たたいてないで、さっさと落ち着き先を決めろよ。」
鼻水をたらし震えながらも、横柄な態度で言う彼に、マルコーは一目で無人と分かる小さな集落を発見し、その外れにある倉庫らしき建物に行くことを勧める。

屋根に数か所穴が開いてしまっているが、雪が積もっている様子もなくこの大人数でも十分な広さがあり、まずまず快適な建物だ。
一同は抱えていたアルフォンスの部品を一か所に集めて置く。
「今まで、こんな事があったのかい?」
「いいえ。今回が初めてです。
原因も分かっているから、もうこんな事は起きないと思います。」
マルコーとの問いかけに、アルフォンスはきっぱりと答える。
「原因が分かっているのか。」
尋ねかける傷の男スカーに、アルフォンスはそうだと答える。
「ルースに…ボクの身体に呼ばれて、引っ張られたんだ。」
「身体に引っ張られた?」
理解できない事を言う彼に、一同は首を傾げる。
「アル。身体って……!」
彼らの中で、ウインリィが驚きの声をあげた。
そういえば、まだ身体を取り戻したことを彼女に話していない事に気が付いたアルフォンスは、その経緯をかいつまんで話した。
「じゃ…アルの身体は今、軍の病院にあるのね。」
「じゃあ。あとはそこに戻ればいいだけじゃないか。」
ザンパノが、目を丸くして声をあげる。その声には、驚きとともに感激にも似た響きがあった。
「うん。そうなんだけど…ちょっと問題があって。
それが、身体が魂であるボクを呼んだ理由なんだけど……」
再び事情を話し出すアルフォンスの言葉を、一同は真剣な表情で聞いた。
「体の中に真理が定着されて、魂になりかけてる?」
もはや理解不能と、ヨキがまっ先にさじを投げた。
「ど、どうすんだよ。せっかく身体を取り戻したのに、別のものにそれを取られそうになってるってことだろ。」
ザンパノが、顔を引きつらせる。
「とっとと追い出せよ。そんなもん!」
ジェルソが声を荒げた。
合成獣キメラにされた身体を元に戻すための方法を探そうと決め、アルフォンスらに同行している彼らにとって、彼の身に起きていることは他人事ではない。
親身になって話しかけてくる彼らに、アルフォンスは自分の考えを伝える。
「ボクと兄さんは、身体の中にいる真理に名前を付けた。それが原因で、概念だったものが魂になりかけているというなら、それはまさにボクらが命を与えたって事だよね。
せっかく生まれたものを、自分の都合で無かったことになんてできないよ。」
「なに言ってんだよお前。」
ザンパノが、呆れた声をもらす。
「じゃあ、お前はそいつをどうするつもりなんだ。」
ジェルソが嘆息交じりに問いかけてくるのに、アルフォンスは明瞭に答える。
「ルースという魂が入るための容れ物を造る。」
「───人体錬成をまたやるつもりなのかい?」
マルコーが低い声で尋ねてくる。禁忌を犯してその報いを受けたのにもかかわらず、今また同じ方法を選択をすアルフォンスに対して、これは、年長者であり軍の命令とはいえ道を踏み外してしまった錬金術師からの遺留の言葉だ。
彼の本意が良く分かるアルフォンスは、申し訳なさそうな、だが、迷いのない声で答えた。
「懲りない奴だと思いますよね。でも、生者の人体再構築は可能であることは、兄さんが身をもって証明しています。
ボクらが身体を失った原因は、死者を甦らそうとしたから……もうこの世にない魂をもう一度作り直すことはできません。
けれど、ルースはボクの身体の中に確かに存在する魂なんです。それの容れ物を造ることは可能だと思います。」
「なあ。俺は門外漢だから良く分かんねえけどよ。
その…魂になりかけているっていうのは確かのか。
ひょっとして、ルースって奴の思い込みってことはないか。名前貰って自分が本当に人間になったんだって、勘違いしてるってことは…」
「そんな事ないっ!」
腕を組んで言うジェルソの声を、アルフォンスは激しく否定の言葉で遮った。
「ルーは、感情が生まれているって言ってった。
ボクにも記憶や感情があるもの。だったら、ルースも魂なんだ。
それに───
ルースは、僕の身体を取るつもりも、人間になろうとも考えていない。
ルーは…彼は自分の存在を代価に、ボクの身体を、真理が定着される前の状態に再構築するって言ったんだ。」
その言葉にジェルソは目を見開く。
「ルーの申し出は、ボクと兄さんの信念に反するから断った。
容れ物を造ろうって言ったら、泣いてた。」
アルフォンスの話に、誰もが言葉を失った。
ジェルソが、ばつの悪そうな顔で頭を掻く。ザンパノは、そんな彼に苦笑していた。
「そのルースって、本当にアルのことを大切に思ってくれているんだね。」
ウインリィが目を細めて言う。
「うん。ルーはもう、僕と兄さんの弟だから……」
「エルリック3兄弟になったんだ。」
そう言って、彼女は笑う。その笑顔に僅かばかりの羨望があったことに、アルフォンスは気が付かなかった。
「マルコー先生。メイ。そういう訳で、ボクが元の身体に戻るには、ルースの問題も解決しなければならないんです。
人体錬成の通行料に、賢者の石は使いたくない。だから………」
「……この研究書の解読がカギという事だね。」
マルコーが、手の中の書物を見て頷いた。
「その前に、バラバラにしてしてしまった君を元に戻さないとね。」
そう言って、マルコーは運搬のために外した鎧のパーツを組み立て始める。その様子に、他の男たちも行動を起こした。
「……バラバラ……」
メイが、何かに思い当たり思案始める。
「マルコーさん。ちょっと、それ貸してくれますカ?」
彼の持つ研究書を指して言う彼女に、組み立て作業に意識がいっているマルコーは、躊躇なく彼女に渡した。
メイは、紙束を紐でとじて書物の形にしてあるそれの、閉じ紐をほどいてしまう。
研究書は1枚1枚の紙となって床にバラバラと舞い落ちていく。。
その状況に、マルコーは驚愕して鎧の組み立て作業を止めた。
「何をするんだ!!」
彼の抗議を気にする様子もなく、メイは床に散らばる紙を集め、一部分が重なるように並べていく。それには、ある規則性があった。
「あああ……
こんなにバラバラにしてしまって!」
憤懣やるかたない様子で研究書を集めるマルコーに、メイは自分の行動を説明する。
「この研究書は、金とか不老不死を意味する語句が多すぎなんですヨ。
しかも、微妙に意味の違う語句ばかリ……
一度、研究書をバラして同じ語句の部分を重ねたら、どうなるかなと思ったんでス。」
そう言って、再び紙を重ね始めるメイに、マルコーと傷の男は顔を見合わせる。
「よし。手伝おう。」
メイの提案に、2人の錬金術師が同意する。
3人は散らばる紙を、「金の人」「不死」「完全なる人」等々の語句ごとに重ねる作業を始めた。
初めは、何をしているのかよく分かっていなかったザンパノとジェルソも手伝い、かなりの枚数がある研究書がきっちりと隙間なく重なり合った。
それを見てメイが、また、ある事を閃く。
「あ…ひょっとして各ページの図案はつながって……」
床一面に敷き詰められた紙に書かれた図案同士を、線でつないでいく。
すると……そこに大きな図案が現れた。それは、まぎれもなく錬成陣であり、マルコーやアルフォンスにとっては既によく知っているものであった。
「これは……賢者の石の国土錬成陣じゃないか!
今さら、こんなものを知ったところで何になる!」
ようやく解読できた研究書が指し示した答えが、既に予想している事であったことに、マルコーはガックリと座り込んでしまった。
「この危機的状況を逆転させないと、とんでもない被害が起こるというのに……!!」
傷の男スカーも、兄が神の教えに背いてまで調べ上げた事が、他の錬金術師でも気が付くことであったことに、動揺を隠しきれずにいた。
この研究書に、元に戻る手がかりを期待していた合成獣キメラの2人も、愕然としてマルコーと傷の男に食って掛かる。
落胆と衝撃で騒然とする中、唯一人全く興味のないヨキが、また盛大にくしゃみをした。
そのせいで、床に敷かれている紙が舞い上がって飛び散る。
今度は怒号まで飛び交う状況となってしまった。
「あーあ。バラバラ。どっちが表だっけ?」
飛ばされた紙を拾い、ザンパノがこぼした言葉に、アルフォンスがハタと気が付く。
マルコーが嘆いた言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡った。
───危機的状況を……
「逆転だ!!」
思わず声が大きくなる。
「それ!そっくりそのままひっくり返してみて!
紙の並び位置は変えずに!!」
アルフォンスの言葉に3人の錬金術師は一斉に紙を裏返し始めた。
唖然とする他の面子を他所に作業は速やかに行われ、今まで裏にあった図案が線で結ばれていく。
「……どう?」
「当たりです。」
息を呑んで問いかけるアルフォンスに、メイが同じように息をつめて答えた。
「錬丹術を組み込んで発動すル。
新たな、アメストリス国土錬成陣でス。」

パタンと音を立てて手に持っている本を閉じると、ルースは小さく息を吐いた。窓の外に目を向けるとと、すっかり夜の帳が落ちている。
今日は色々な事があった1日だった。
不安や混乱することもあったが、それ以上に嬉しいと思えることがあり、充実した日であった。

───勝手にいなくなるなんて、兄ちゃんは許さないからな!───

───貴方は、ここに居ていいの。いいのよ。───

2人の人物からかけられた言葉が…自分を肯定してくれている言葉がこんなにも嬉しい。
この世界に関わらないように、自分を消す事を前提に今まで考えていた。
だが……認めてくれる人がいる。
彼らの言葉が、これからの自分の指針であると確信していた。
「僕の魂の容れ物か……造れたらいいな……」
アルフォンスの提案してくれたことをかみしめて、微笑む。

ふと、ルースは自分の左脇腹に手を触れた。
午前中感じた、あの痛みは何だったのだろう。
初め、ルースはアルフォンスの痛みではないのかと思い、彼を引き寄せることになってしまった。
だが、アルフォンスではなかった。では何故と、解決しな疑問が再燃する。
「………まさか…エド……?」
この身体とアルフォンスを繋いでいる精神にはエドワードの精神も絡み合っている。
よもや、彼の痛みを身体が感知したのではあるまいか。
嫌な予感が、頭をよぎった。
アルフォンスの記憶を辿る。
エドワードは、アルフォンスとは別行動をしているようだ。
「エド……君は今どこで、何をしているの?」
不安で瞳を揺らめかせ、ルースは夜の闇に呟いた。

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