アメストリス軍中央司令部。全軍および国を取り仕切る大総統府に隣接するこの施設には、国の中枢を守り動かすための精鋭が勤務している。
司令部内にある福利厚生施設の中で最も利用者が多いのは、働く彼らの胃袋を満たし、栄養を補給するための食堂である。ビュッフェ形式で好きな料理を選べるのは、勤務の合間を見て手早く食事をすませてしまいたい彼らにとって、非常に合理的だ。
地方自治を担当する東西南北の司令部に比べ、さすがに中央のここは、勤務する兵士の数に比例して格段に広いが、それでも昼食時ともなると、食事中の会話を楽しむ声や、人の出入りで賑やかを通り越して騒々しいくらいだ。
処理が追い付かない書類を小脇に抱えたマスタングは、作業しながらでも食べれるシチューとホットドッグを選んで、ズラリと並んだ長テーブルを見回し空いている席を探した。
ある席に見慣れた女性が1人で食事を摂っている姿を確認し、そのテーブルへと足を運ぶ。
混雑のピークを過ぎたのか、運良く彼女の前の席が空いていた。
「ここ、空いているかね。」
「大佐…」
食事中にかけられた声に顔を上げたリザ・ホークアイは、マスタングの姿を確認すると軽く瞑目ると相席を同意した。
「何だ、元気がないな。
何か嫌なことでもあったのか。」
先日の電話の事もあったのでそう話しかけるが、彼女は表情を変えることなく何もないと言い、反対にマスタングの仕事の進捗具合を聞いてくる。
「見ての通りだ。
有能な補佐がいなくなってしまったのでね。食事中もやっておかないと追いつかん。」
世辞でなく本気でこぼしつつ彼女の仕事の様子を尋ねれば、覚えることが多くて大変だと愚痴るものの、上司の仕事の早さと勤勉さを伝えられ、やぶ蛇になった。
社交辞令として食事に誘ってみるが、今、向き合って食事しているではないかと、にべもなく断られる。
「今日はこれで二連敗だ。」
「二連敗?」
おや、こっちには食いつくのか。
少々は気にしてもらえていると自惚れても良いのかと思いながら、アームストロング少将と会ったことを話した。
「相変わらずですか。」
「ああ。相変わらず手きびしい御仁だ。」
嘆息交じりに答えるマスタングを見ながら、ホークアイはコーヒーを飲んでいたが、カップを置くとき手が滑ったのか、カップの底をテーブルに2度打ち付けた。
「北と言えば、傷の男が今、北にいるとか。たしか、エルリック兄弟も北ですよ。」
「……」
さりげない世間話のように、彼らにとって縁浅からぬ人物の名を口をする。
「───そうか。」
彼女の表情を伺っていたマスタングは、インクの出が悪くなった万年筆にインクを落とすかのようにコツコツとペン先で紙をつついた。
それを皮切りに、2人は同僚らの思い出話に花を咲かせだした。
北軍との合同演習を話題に次々と同僚らの名をあげ連ねてしゃべるホークアイに、マスタングが頷いたり茶々を入れながら会話が弾んでいく。
2人の会話は、食堂内の賑やかな声や物音に紛れ、誰も気に留める者はいない。
最後は女性兵士の取っ組み合いの喧嘩の話だった。
「いやあ。あの喧嘩は見ものだった。」
思い出し笑いをするマスタングに、ホークアイはむっとした様子で持っていたカップを食器を置いているトレイにカツンとぶつけた。
「見てたなら止めてください。
仲裁に入ったスターリングがとばっちりで入院したんですよ?」
「懐かしいな。本当に。」
マスタングが、またペン先で紙をたたいた。
「───と、無駄話をしている場合ではありませんでした。」
ホークアイが壁の時計を見て慌てて席を立つ
「おつかれ。」
お先に失礼しますと挨拶を残していく彼女を手を振って送ると、やりかけの書類に目を戻す。
はたと、休憩時間が残り少ない事に気づいて、彼もトイレに向かうために食堂を去った。
マスタングはトイレの個室に籠り、ホークアイの話に出てきた同僚らの名前を思い出しながら頭文字を書き連ねるという作業を始めだした。
やはり、何かあったのだ。
直接話せる内容ではないからこその暗号。
北(north)を最初の会話で3度繰り返した。
「北」は、古いアメストリス語で太陽が出る方向に向かって左を差す言葉……錬金術を学んだからこその知識。
会話の中に出てきた名前の一番左端にある文字…すなわち頭文字をつなげろという事に違いない。
とっさの機転で、情報をさりげなく伝えられる彼女の度胸と頭の回転の良さには恐れ入る。
もっとも、それに気付けないようなボンクラではないと認めてくれているからであって、期待に応えることができる自負もある。
マスタングは、順番を間違えないように集中して、記憶をたどる作業続けるのだった。
コメントを残す