「そういや、お前のとこにもあいつから何か来てたろ。」
マスタングへの怒りが収まったエドワードは、弟の所へも彼から郵便があったことを思い出し尋ねる。
兄の問いかけに弟は肩をすくめた。
「東方軍から鋼の錬金術師への仕事の依頼。」
「仕事の依頼?」
反復し目を瞬かせる兄に、アルフォンスは小さく頷いて目を細めた。
「兄さんの頃は、依頼なんて言葉じゃなくて要請という形の命令だったものね。」
国家錬金術師の立場は、キング・ブラッドレイの時代から比べると格段に向上している。
かつては、庶民にとっては権威に尻尾を振る「軍の狗」。軍にとっては「人間兵器」として兵役を課すために高い金で飼っている駒でしかなかった。
故に、軍から出される指示に国家錬金術師は否を唱えることができなかったのだが、今は、国家錬金術師は軍に縛られる存在ではなく、ともに大総統の管轄下にある対等な立場となっている。
「軍が国家錬金術師に仕事を頼むときには、依頼という形で発注して、お互いにその内容や期間、報酬を話し合ったうえで、契約書を取り交わすことになっているんだ。
で、これが東方軍からの依頼書。」
そう言ってアルフォンスは届いた書類を見せる。
そこには、軍がアルフォンスに依頼したい仕事の内容が記されており、期間や報酬については協議の上設定するとして、その日時が書かれてあった。
「───ようするに……これは、マスタングからの呼び出し状という事か。」
書類の末尾に書かれた署名を指してエドワードが嘆息を漏らす。
アルフォンスも、苦笑しながら息を漏らした。
「この間、軍入隊の勧誘を断ったばかりだっていうのに、しつこいったら……」
「諦め悪すぎだな。
ところで、この『砂漠の地質調査並びに土壌改良』って?」
右手に持つ書類をペラペラ振りながら、エドワードは尋ねる。
「ああ……マスタング准将がシンと共同で進めている事業だよ。砂漠横断鉄道敷設のための事前調査と、線路を敷きやすくするために錬丹術や錬金術を使ってその地質を改良するんだ。」
アルフォンスの説明に、同席しているピナコは感嘆の声を漏らす。
「そんなことまで錬金術で出来るのかい。」
「というか……錬金術を使わないで人力でやってたら、鉄道ができるまで気が遠くなるくらい時間がかかるから。」
アルフォンスは肩をすくめて、ピナコに答えた。
「この事業は、シンとアメストリス両方で進めていて、向こうにいた時に僕も参加していたんだ。
シン側の事業担当者の中にメイもいて、彼女の要請で……准将はそのことを知っているから、僕を加えたいんだろうね。
僕なら、向こうの進み具合もよく知っているし……」
「で、お前はこの依頼受けるのか。」
「受けるよ。勝手は良くわかっているからね。
手早く済ませて、ガッツリ報酬貰うつもり。」
抜け目なくニヤリと笑う弟を、エドワードは面白そうに眺める。
結構、生活力あるな。コイツ。
逞しい弟の姿に、自分も一家の大黒柱になるのだからしっかりせねばと、顔を引き締める。
丁度その時、2階からウインリィが下りてきた。
「なぁにぃ?
さっきから賑やかね。エドの声が結構響いてたわよ。」
まだ半分寝ぼけた顔で問いかけてくるのに、エドワードは苦笑しながら大したことじゃないと誤魔化す。
ふと、彼女の目がテーブルの上の段ボールに止まった。
「なに、それ?」
「わーっ!何でもねぇ!!」
エドワードは叫び声と共に、その箱を抱えこむ。
「エド宛?」
「そ、マスタング准将から婚約祝い。」
ニヤニヤ顔でアルフォンスが言う。
「えー。マスタングさんから?
お祝いって、何貰ったの?」
お礼しなきゃ。と、中身を確認しようとする婚約者に、エドワードは「俺、個人宛だ。」「礼なら俺の方からするから。」と、必死で中身を見られないよう抵抗している。
そんな2人の様子は、ピナコとアルフォンスの新たな笑いを誘った。
「もー。何で見せてくれないのよ。
アルっ、中身知ってるんでしょ?」
へらへら笑っている自分に矛先を変えてきた幼馴染に、アルフォンスはしたり顔で答えた。
「これからの人生を、2人の理想通りにするためにって、忠告を込めた餞別。」
「なに、それ。余計わかんない。」
弟の答えに不満げな婚約者に、エドワードは真顔で彼女の両手を握って話しかける。
「ウインリィ。俺、お前に愛想着かされないように頑張るから、これから先の事もっと一緒にに考えて話し合って、決めていこうな。」
「う、うん。」
真剣に訴える彼に、ウインリィは呆気にとられながらも頷く。
「これからも、もっと仲良くしていこうな。」
「そうね。」
「家族も、うんと増やして、賑やかで楽しい家にしよう。家族でサッカーできるくらい……っ!」
ガツンと、鈍い音と共にエドワードの声が止む。
「子供何人産ます気よっ。私を万年妊婦にするつもりっ⁉
ううっ。気持ち悪……っ。」
怒りの鉄拳をふるった直後、つわりによる吐き気を訴えるウインリィにオロオロする兄を眺め、アルフォンスは深々とため息を吐くのだった。
「ダメだ、こりゃ。」
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