Return of the alchemist

イーストシティ中心部にあるバンクス銀行東区支店。
普段であれば、のどかな昼下がりで人気もまばらな時間帯であるが、今、この銀行の周囲は憲兵や軍が取り囲み、それを遠巻きに見物する野次馬でごった返している。
「何だ。何だ。」
「銀行強盗だってよ。」
「人質取って立てこもっているらしいぜ。」
「何やってんだよ。軍まで出てきているのに。」
「何でも、人質を盾にしてやがるらしい。」
「何だって。酷え奴らだな。」
口々に情報を交換する野次馬の会話を、彼らの背後から聞いていた人影がゆっくりと前に進み出る。
狭い路地を埋める人々の隙間を縫うように、するりするりと通り抜けていく。
「おい、あんた。」
「そっちは、憲兵が規制線張ってて近づけないよ。」
呼び止める声に、その人物は片手をあげて応えるだけで、歩みを止めることも振り返ることもしない。
すらりとした体躯に、日の光を受けて柔らかく光る金髪。右手でトランクを抱え、青年と呼ぶには少々あどけなさが残る面差しの人物は、颯爽と人波を抜けていった。

イーストシティ憲兵隊第18分署署長、アルフレッド・コナーはギリッと奥歯をかみしめる。
東方軍司令部のお膝元を預かるこの地域で起きた事件を自分たちの力で解決できず、軍の介入を許してしまった。
開店間際の銀行を武装した男たちが襲撃、職員の通報を受け憲兵隊が到着したものの、犯人との銃撃戦となり、犯人は職員らを人質に行内に立てこもり、現在に至っている。
軍からの応援が来る前から犯人との交渉を続けているが、逃走用の車を用意するよう要求してきただけで、人質の解放や食事の差し入れの申し出にも応じてこない。
銀行の大通りに面した部分はガラス張りになっている。今はカーテンを引かれていて中を伺うことはできないが、犯人側も軍が出てきていることは、外の雰囲気から予想しているのだろう。
このままでは、制圧を目的に軍が突入することになる。そうなれば、中にいる人質の生命は軽んじられることになるだろう。
人質の中には、銀行の警備のために駐在している部下2名も含まれ、彼らが犯人の銃撃により重傷を負っていることは分かっている。
このまま長引いても、軍が突入しても、彼ら及び銀行職員の命が危ぶまれることには変わりない。救いは、客が全くいなかったことだ。
なんとか犯人を説得する方法はないものか思案にふける彼の耳に、部下の怒鳴り声が飛び込んできた。
「こらっ、貴様!勝手に入ってくるなっ。」
声の方を振り向くと、「KEEP OUT」の進入禁止用テープをお構いなしに潜り抜けた若者が、取り押さえようとする部下をひょいひょいとすり抜け、こちらへ向かってくる。
旅行者風のその若者は、年の頃は10代後半から20代と思われ、ハニーブロンドの短髪に少し垂れ気味の瞳の色が髪と同じ金色と、かなり特徴的な容貌をしている。
その人物は、あっという間にコナーの前に立つと、ニコリと微笑んだ。
「貴方が、この現場の責任者ですか?」
周りを憲兵に取り囲まれ、警戒を露にしているのにもかかわらず、青年はまるで世間話をしに来たような無防備さで話しかけてくる。
睨みつけるコナーに、彼は言葉を続けた。
「もし宜しければ、お手伝いさせてください。」
「手伝いだと?貴様、何者だ。」
警戒を隠さず問いかけるコナーに、彼は、へらっと笑いかけ、
「通りすがりの錬金術師です。」
と、白い手袋をはめたその手に銀色に輝く時計をぶら下げて見せるのだった。

「いやー。国家錬金術師殿のご助力をいただけるとは、有り難い。」
コナーから指揮を移譲された軍少佐は、突然来訪し手伝いを申し出た若い錬金術師を両手をあげて歓迎している。
こんな若造が国家資格を持つ錬金術師だと?
胡散臭い限りだが、大総統の紋章と六芒星を描いた意匠が彼の身分を証明している。
4年前のセントラル動乱以降、軍において国家錬金術師に対する扱いは大きく変わったが、彼らが大総統直轄機関であることには変わりなく、銀時計の威光は絶大だ。
そして、佐官を前に緊張どころか、当たり前のようにやり取りしていている態度が、この人物が場なれしていることを如実に示している。
今、彼は本部となっているこのテントで銀行内の様子や突入のための軍の配置を確認している。
「犯人は、受付カウンターの奥にリーダー格を含め3人、カウンター外の待合スペースに2人の計5人。
人質の職員10名と警備の憲兵2名は、この待合スペース中央に集められ、前にいる犯人2人が銃を構えて監視している。」
「人質の中に怪我人はいますか?」
「憲兵が…1人は足を、1人は腹を打たれて重傷だ。
人質のうち怪我人や女だけでも解放するように交渉したが、応じない。」
苦々しげなコナーの言葉に、錬金術師は嘆息する。
「お腹を撃たれた方が危険ですね。
早く終わらせちゃいましょう。
少佐、突入隊の配置を教えてください。」
人質の状況に眉をピクリと動かすと、きびきびとした声で情報を要求する青年に、軍人らは息を呑む。
何だ。この若造……
声も柔らかく高圧的な態度でもないのに、他を巻き込む勢いがある。これが、国家錬金術師の称号を戴く者の力なのか。
少佐から、突入に対しての素案を聞いた彼は、あっさりと否を唱える。
「正面と裏口からの同時の突入は、よほどタイミングが合わないと、人質が危険にさらされますよ。
特に裏口は、犯人も警戒しているでしょうし……」
「錬金術師殿。我々は訓練を受けた精鋭を用意している。あのようなならず者に遅れはとりませんよ。」
自信満々の少佐に、彼は軽く瞑目すると小さく笑う。
「──そうですね。
では、最も安全に犯人を制圧するための提案があるのですが……聞いていただけますか。」
不敵な笑みを浮かべる青年の瞳には、有無を言わせぬ力強い煌めきがあった。

『ポイントα 配置に着きました』
『ポイントβ 到達しました。』
『ポイントΘ OKです。』
次々と無線に入ってくる配置完了の報告に、コナーは息を呑み、少佐は口の端を釣り上げる。
「よし、全員時計を合わせろ。
現在時刻135540。1400に実行する。
突入合図を聞き漏らすなよ!」
『Ai Sir!』
コナーは時計を確認する。針が14時を指した瞬間、火花が散った。

息が詰まるような沈黙が銀行内を支配していた。2つの銃口に晒されながら、息を潜めて緊張と重圧に耐えている人質たちの耳に、何かが空気を切り裂いて駆け上る摩擦音が飛び込んできた。それは、窓の外からだった。
その音に、外を見たのは人質ばかりではなく犯人グループも同様である。
次の瞬間、腹に響く破裂音が轟いたかと思うと、突然足元の床が崩れ落ち、壁の一部がガラガラと崩壊した。
人質を監視していた2名は、床板と共に地下に崩れ落ち、したたかに体を打ち付けた。
痛みに気が遠くなりそうなのを何とか耐えたところで、自分に向けられる多くの銃口と、取り囲む人の気配に息を呑んだ。
抵抗する間もなく取り押さえられる。
銀行のカウンター内にいた3人は、突如崩れた壁から飛び込んできた軍に、状況を把握する前に拘束された。

「犯人確保っ!」
銀行の真下を通る下水道で、天井から落下してきた犯人を取り押さえた軍人は本部に報告しながら、目の前で錬成陣無しの錬金術を披露した青年が、瓦礫と壁を利用し、まるで軽業師のようにぴょんぴょんと飛び上がって天井に空いた穴から銀行へ上がっていく姿に目を見張った。
「すげーな。特殊急襲部隊並みだ。」
軍の中でも早々お目に掛かることのない身体能力の高さに舌を巻く。
「錬金術師って、もっと学者っぽいのかと思った。」
「やっぱ、国家錬金術師ともなると人間離れするのかねぇ。」
軍人らは、半ば呆れて彼を見送ると、彼らの獲物を本部に連行すべく地上へ戻って行った。

銃口を向け監視していた人物たちだけが、ピンポイントで落下していく様を唖然と見送った銀行職員たちは、カウンターの向こう側で繰り広げられる捕り物に、自分たちが解放されたことを悟った。
安堵とともに、身を挺して自分達をかばってくれた人物に意識が行く。
「憲兵さんっ!」
「おいっ!しっかりしろっ。
助かったんだよ!」
「トーマスっ!」
同僚の呼びかけに、うっすらと目を開ける。脂汗が浮くその顔色は蒼白に近い。
腹部に銃弾を受けた彼は、何度も途切れる意識に自分の身が死に瀕していることを自覚していた。
「大丈夫ですかっ⁉」
犯人らが落ちた穴から、文字通り飛び上がってきた人物が、駆け寄り傍らに膝をついて彼の様子を見る。
「医者かっ?」
尋ねかける同僚にその人物は首を振る。
「いいえ。錬金術師です。ですが、医術の心得はあります。」
右手首のネームプレートを確認すると、呼びかけながら傷口に両手をかざす。
「トーマスさん。今から傷口からの出血を止める施術をします。少し痛みがあるかもしれません。」
トーマスは、自分をのぞき込む金の瞳の人物に小さく頷いた。
錬金術師だという青年の手から青白い稲光が発し、トーマスの傷を包み込むように光が照らす。
銃弾が入り込んだ傷から、じわじわと出続けていた血が止まっていく。
その様子を、周りの者は驚きと感動で見つめていた。
「これで、出血は止まりまりました。
あとは、病院で治療してもらってください。」
ほっとした顔で笑みを向ける錬金術師に、誰からともなく感謝の言葉が出た。
「ありがとう。」

軍の撤収作業と憲兵による現場検証もほぼ終わり、自分が壊した銀行と地下道の設備を修復した青年は、テントに置きっ放しにしていたトランクを手にした。
その姿に、コナーは慌てて声をかける。
「錬金術師殿!」
立ち去ろうとしていた彼が振り向いた。
「貴方のおかげで、部下を失わずに済んだ。礼を言う。」
「いいえ。お役に立てて良かったです。」
微笑む彼の顔から、その言葉が儀礼や謙遜ではなく、心から自分の力が役立ったことを喜んでいるのが分かる。
「しかし、大したものだな錬金術というのは。
僅かな火薬と紙から、あんな大きな音を出す花火を作ったり、一度に数か所建物をピンポイントで壊したり……」
感嘆の言葉に、彼は恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる。
「とにかく、あなたのおかげで民間人に被害を出さずに犯人を捕らえられた。本当に感謝します。ミスター…ええと……」
呼びかけようとして言葉に詰まるコナーに、青年は今気づいたという顔で頭をかいた。
「すみません。名乗っていませんでしたね。エルリックです。
アルフォンス・エルリックです。」
そう言って手を差し出し
「そういえば、貴方のお名前も伺っていませんでした。」
と笑いかけてくる。
「これはまた失敬。
アルフレッド・コナーだ。」
差し出された手を握ると、アルフォンスは嬉しそうに笑うと明るい声で労いの言葉をかけてくる。
「お疲れさまでした。コナー署長。」
穏やか春の日差しのような笑顔と声に、強面で署員を叱咤激励しているコナーも思わず柔らかな笑みを返すのだった。

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