Re;commenece 【Re;turn】 - 5/6

「ゼロォッ!!」
看護師の深瀬を間に挟んだ形で向かいあっていたゼロの首に、雄叫びと共にスザクが右腕を伸ばす。
その手は、しっかりとゼロの喉元を掴んでいた。
「ぐぅっっ!」
気道をふさがれたゼロが、苦しさから呻き声を漏らす。
「ゼロっ!」
とっさに扇が駆け寄り、スザクが腰かけているベッドに乗り上げ、彼を羽交い絞めにした。
「やめろっ。ゼロを放すんだ、枢木君っ!!」
ゼロから離そうと自分の方へとスザクの身体を引くが、ベッドの上で足場が不安定で思うように力が入らない。
対して、スザクは後ろから押さえられてもなお、首を掴む力をさらに強くしようとしている。
「スザク君っ。やめてぇっ!」
深瀬が絶叫と共にスザクの胸を両手で突き飛ばす。
膝立ちの状態だったが、看護師の火事場の馬鹿力の方が威力があった。
彼女の押すタイミングと扇の引くタイミングが合い、扇がスザクと共に後ろに倒れ込む姿勢でゼロから引き離すことができた。
扇は素早くスザクの下から抜け出すと、馬乗りになって彼の肩を掴んで抑え込む。
「はっ放せっ!ゼロっ!ゼロは……っ!」
「駄目だっ! 落ち着けっ枢木君!」
抑え込まれながらも、スザクは扇の手から逃れようともがいている。
深瀬が、応援を呼ぶために病室を飛び出していった。
スザクから解放されたゼロを、ラクシャータは素早く彼の手の届かない壁際へと引き寄せる。
気道が解放された反動で、ゼロは激しくせき込んだ。
「大丈夫?」
「あ……ああ。」
「首を見せて。」
そういう彼女の手が、了承を待たずにゼロのスカーフを外すが、その下は顔半分隠せるようになっているハイネックアンダーウエアに覆われ、直接確認できない。
その事に彼女は小さく舌打ちした。
「その仮面を外してちょうだい。状態が確認できないわ。」
「大丈夫だ。問題ない。」
「なに言ってるの。軍人が本気で絞殺そうとしたのよっ。無傷なはずがないでしょ!」
膝をついた状態から立ち上がろうとするゼロの後頭部に手を伸ばし、ラクシャータは仮面のストッパーを外す。
ゼロが片手で抑えようとするよりも早く、ラクシャータの手がそれを奪い取った。慌てて取り返そうと伸ばした手は、彼女の手の中の仮面を払い落とす結果になった。
硬質なものがリノリウムの床に転がる音が、喧騒を一瞬にして静寂へと変えた。
3人の人物の目が、唯一人に集中する。
ラクシャータは、目の前の男に目を見開き息を呑んだ。
黒を基調としたフルフェイスの仮面の下から現れたのは、漆黒の髪、自分達とは違う白い肌、切れ上がった目の瞳の色はアメジスト思わせる深い紫色だ。
目から下半分は黒い布に覆われているが、その輪郭から細面の整った顔であることが分かる。
ラクシャータが見開いていた目を細め、口元を吊り上げた。
「へぇ……日本人じゃない事は知っていたけれど……まさか、生粋のブリタニア人とはね。」
「ゼロが…ブリタニア人……」
スザクを上から押さえこんでいる扇も、驚愕の声を漏らす。
「そうだ。こいつは、こうやって皆を騙して……」
「騙す?それは、違うわね。」
ゼロを罵るスザクの声は、凛と響く女性科学者の声に打ち消された。
「隠してはいたけれど、ごまかしたり騙してはいないわよ彼は。
自分が日本人でない事はずいぶん前から公表しているもの。」
まさか自分を擁護してくれるとは思わなかったルルーシュは、驚きで目を見開いて彼女を見る。
「───その瞳の色……ブリタニアでは『ロイヤルパープル』て、呼ぶそうね。皇族に多く出る色だとか…そういえば、現皇帝も濃い紫の眼ね……」
含みのある彼女の言葉に、3人の男は表情を硬くする。
「まさか…ゼロは……」
驚愕に見開いた瞳で、扇が声を上ずらせる。
「………私たちは、ブリタニアのお家騒動に巻き込まれたのかしら。」
ラクシャータが、苦笑を浮かべ問いかける。
「まさか。彼女の言葉通りなら…ゼロ、君はブリタニア皇族なのか。」
扇は、スザクを押さえつけていた手を離し、よろよろとベッドから降りた。
スザクは解放された半身を起こし、鋭い視線でゼロを見据えながら沈黙して成り行きを見守っている。
「答えてくれゼロ。君は……自分の親族を殺したのか。君の目的は、一体なんだ。
皇帝も……殺すつもりなのか?」
問いかけに黙したままのゼロの代わりに、ラクシャータが遠い目をして話し出した。
「昔、ブリタニアに留学していたことがあるのだけれど。その時に、ナイトメアフレームに憑りつかれた科学者と知り合ったわ。
彼は、ブリタニアの貴族で、私は彼を『プリン伯爵』と揶揄していたのだけれど……」
スザクは、彼女の話す内容に一瞬目を見開く。ラクシャータはちらりとスザクを見ると薄く笑った。。
「その時に彼から聞いたことがあるのよ。彼を虜にしたナイトメア『ガニメデ』を駆り、庶民出でありながら皇妃にまで上り詰めた女性が、皇宮内で暗殺されたって……
その皇妃には皇子と皇女が1人ずついたそうよ。」
「………マリアンヌ皇妃の事か?」
扇がぼそりと問う。
「当時日本でも話題になった。現皇帝になってから、そんな血なまぐさい事は長い間なかったし…その皇子と皇女が留学の名目で日本に送られて来ると噂になっていた……」
そこまで話し、彼はゼロを凝視した。
ククク……と押し殺した笑いが漏れる。
「───仮面が暴かれた途端、こうもあっさりと素性が知られるとはな……」
自嘲混ざりの声とともに、顔を隠していた布を下ろす。
ゼロ…ルルーシュの素顔が黒の騎士団メンバーに初めて晒された瞬間だった。

 

人と人との縁とは、奇なるものだ。
ルルーシュは、軽く瞑目すると小さく息を漏らした。
母を殺され、妹と共に放逐された国で知り合った少年は、領民となり敵になった。
素性を隠し自分の手駒とするために集めたレジスタンスの中に、自分たちの事を知る者がいた。彼女がブリタニアに留学していたことは資料で知っていたが、あのランスロットの開発者と既知であり、その彼から母や自分たち兄妹のことを聞かされていようとは思いもよらない事だ。
瞳の色だけで、皇族ではないかと疑ったこの女性の洞察力を、自分はかなり侮っていたらしい。
自嘲しながら、ルルーシュは小さく頭を振る。
「ああ。貴女の言う通りだよ。ラクシャータ。
私の名は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。皇帝より与えられた離宮『アリエス』で非業の死を遂げた皇妃マリアンヌの長子だ。」
「ゼロが…ブリタニアの皇子……!」
扇が驚愕で一歩退く。
ラクシャータは、下ろされたアンダーウエアの首元に躊躇なく手をかけた。
指先で布をめくり、ルルーシュの首を確認すると目を細める。
「やはり、うっ血しているけど…それ以上でもなさそうね。」
ほっとした顔で微笑む彼女に、ルルーシュは目を瞬かせる。
「私は今、医師としてここに居るのよ。
医者が怪我人を診るのは、自然のことでしょう。」
ラクシャータは、小首を傾げそう言った。
「それに……ゼロの仮面の下が誰であろうと、私には大して興味のない事だわ。
私は、私の研究と技術を生かせる場所を求めて、ここに来たのだから。」
淡々とした科学者の言葉に、ルルーシュは苦笑する。
そして、扇の方へ向き直った。
彼の方は、ラクシャータほど簡単に割り切ることはできないらしい。そして…スザク。彼もまた、相変わらず自分を睨みつけている。
「ゼロ……いや、ルルーシュ。君の目的は何だ。俺たちを利用し、何をしようとしている。
いや、それより何より、答えてくれ。君は、日本をブリタニアから解放する意思はあるのか。」
眉を顰め自分の答えを待つ男に、口を開きかけた時だった。
廊下からバタバタと多くの人間は走ってくる音が響く。深瀬が、応援を連れてきたのだ。
ラクシャータは、床に転がる仮面を拾い上げると、ルルーシュの頭に被せた。
「ラクシャータっ?」
彼女の機転に、扇は思わず声をあげる。
「今、これ以上彼の素顔を晒すわけにいかないでしょう。」
副指令である扇でさえこの反応なのだ。おしゃべりな看護師に見られたら、余計な騒ぎになる。
首回りでだぶついている布をごまかすためにスカーフを巻き終えた瞬間、病室のドアが勢いよく開かれた。
「副指令っ。ラクシャータ先生!」
男性医師や看護師を連れてきた深瀬は、室内の様子に目を丸くした。
「スザク君…落ち着いたんですか。」
安堵と疑問が入り混じった顔で、扇とスザクを交互に見る。
「ああ。大丈夫だ。彼は、もう暴れたりはしないさ。
そうだろう?」
深瀬の言葉にそう答え、自分を見下ろす扇に、スザクは黙って首肯する。
だが、怒りを滲ませた視線をゼロに向けることは変えなかった。
「ゼロ。何故、僕を助けた。
君にとって、僕という存在は邪魔なだけなはずだ。それとも、命を救った事で恩を売ったつもりなのか。」
鋭い口調の問いかけに、ゼロは嘆息を漏らす。
「君から、この質問を受けるのは2度目だが……
助けたことに深い意味も目的もない。そこに救える命があったから救っただけの事。」
「何だと……っ。」
スザクの表情が、また、険しくなった。
「それに、この事を君が恩に感じることがないのも承知の上だ。」
射殺さんばかりの視線に晒されながら、ゼロは言葉を続ける。
「君が望むなら、皇女の仇を討てばいい。だが、そのあと君はどうする。
あの時、あの場所で私を捕らえた後、君はどうするつもりだった。」
「それは……」
「死ぬつもりだったのだろう。」
鋭く断定する言葉に、スザクは開きかけた口をつぐんだ。そして、あれほど強くゼロを睨みつけていた目を逸らす。
「君も分かっていたはずだ。
私を捕らえ処刑したところで、皇女の発言や行為を無かったことにはできない……彼女の名誉は回復できない。
ならば、騎士の矜持に乗っ取って、仇敵を討ち自害するつもりだったのではないか。」
ゼロの言葉に呼応するように、ズザクは両の手を強く握り込む。
「───そうだ。僕は、彼女の騎士だから……
主君をみすみす殺されてしまった汚辱の騎士だ。だからせめて……
だが、その機会すら君は僕から奪った!
君はっ、どこまで僕を辱めれば気が済むんだ!!」
「見苦しいな。枢木スザク。
そうやって、無駄に自らの命を散らす事が、本当に潔いと思うのか。
そうすることを、君の主君は喜ぶのかな。君は、知っているはずだ。彼女の本心を。」
耳元で囁くように告げられた最後の言葉に、スザクの目が大きく見開かれる。
「だったら……なぜ、ユーフェミア様を…ユフィを撃ったんだ。何故、彼女を殺したっ!」
襟首をつかむスザクの手を離そうと、周りの者が動くのをゼロ、ルルーシュは制した。
「あの地獄を終わらせるためだ。
あのまま放置していれば、ブリタニアが日本人の最後の1人を殺すか、日本人が彼女をなぶり殺すまで続いたろう。」
スザクが息を呑んだ。
「そんな……っ。」
「あんな事態になる前に彼女を止められなかったのは、私の責任だ。これは、私の罪でもある。
流された多くの血は、私の命ではなく行動と結果で贖う。
私一人で彼らの命が贖えるはずがない。人一人の命の価値は皆同じだ。
そうだろう、枢木スザク。」
「ああ……君の言う通りかもしれない。
でも、僕にとって彼女はっ、彼女の命は何物にも代えられない大切なものだった。この命を懸けて守ると誓ったんだ!
彼女は、ユフィは僕の全てだった!
生きる寄す処だった。それをっつ!」
「すまない。」
襟をつかむ両手を震わせ叫ぶスザクに、ルルーシュは静かに詫びる。
その、あまりに切なく悲しげな響きに、スザクは眉をしかめた。
するりと手を離し、顔を俯かせる。
「これから、僕はどうすればいい。」
「───生きろ。
彼女がお前の全てだというのならば、彼女を信じ想い描いていた理想を、お前の手で実現して見せろ。
それが、生き残った者の責任だと私は思う。」
「………簡単に言うなっ。」
スザクが拳をベッドに打ち付けながら呻く。
「そうだな。簡単な事ではない。
だが、これは君にしかできなことではないのか。
他の誰でもない。ユーフェミア・リ・ブリタニアの騎士であった君にしか為せない事だ。」
静かに語りかけられる言葉に、スザクは顔を上げゼロを見る。その表情には苦悩と哀切がありありと滲み出ていたが、その緑の瞳の奥に微かに煌めく光があった。

再び沈黙して俯いたままじっと動かなくなったスザクを残し、ゼロ達は病室を出た。
「枢木スザクの記憶は、完全に戻ったと判断できるか?」
ゼロの問いかけに、ラクシャータは難しい顔で首を振る。
「今はまだ何とも言えないわね。」
経過観察が必要だという彼女に頷くと、ゼロは扇を振り返る。
「扇。主だったメンバーを私の部屋に集めてくれ。」
その指示に、扇は顔を硬くして頷いた。
「人選は君に任せる。君の質問には、その時に答えよう。」
低く重いその声に、扇はゼロ…ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが、肚を割って自分達と話す心づもりであることを察した。
「───わかった。」
無言のまま自分の前を歩く黒衣の男を、彼もまた無言で見据えるのだった。

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