Re;commenece 【Re;turn】 - 4/6

朝が来るのが怖い……
そんな思いを抱いたのはいつ以来だろう。
父を殺してしまった夜?ルルーシュたちと別れる前夜?収容所に収容され、そこで生活するようになった時?
また、今日も朝が来た……来てしまった。
のろのろとベッドから起き上がる。一呼吸置き、恐る恐るテーブルの上を見る。
扇が用意してくれた小学生向けの教科書と問題集の一番下に置いてあったはずのノート……それが、今朝も開かれた状態で置かれている。
書かれている内容は想像がつく、黒の騎士団から離反しブリタニア軍に戻れだ。
ノートへの怪文の落書きはほぼ毎日のように続いている。
いったい誰が…何のために……いや、目的ははっきりしている。スザクをここから出したいのだ。黒の騎士団から。
初めは、軍への報告を指示していたことから黒の騎士団メンバーではないと思ったが……ここにはブリタニア人はいない。
ゲットー内にあるこのアジトに、外からブリタニア人が入り込むこともあり得ないし、そもそもスザクに軍への帰還を促すよりも、ナンバーズもろとも殺すだろう。
やっぱり、ここの誰かが僕を追い出そうとしているのだろうか。
それにしても解せないのは、わざわざスザクが就寝してから、取り出しにくくしているにもかかわらずノートに書いているという事だ。
こんな面倒なことをしなくても、言いたいことがあれば直接話をする機会はいくらでもあるはずなのに……
夜中、この部屋に侵入した現場を押さえてやろうと、眠ったふりをして待った日もあったが、いつの間にか眠ってしまっていた。
ノートのページをこれ以上減らすわけにはいかない。幸い、鉛筆で書かれているのを、消しゴムを使って消す。
もうすぐ、深瀬さんが朝食を持ってきてくれる。スザクは、両手で頬を軽くたたいて気合を入れた。
皆に心配かけちゃだめだ。

「あっ……!」
歩行練習機器の手すりを掴み損ね、膝をつく。
指導をしている理学療法士が、嘆息を漏らした。
「少し休憩しましょう。」
「だっ大丈夫。やれるからっ。」
訴えるスザクに、彼女は首を振った。
「駄目よ。無理は禁物。最近疲れがたまってきてるようだし……」
付き添いの深瀬看護師が、椅子に座るよう促す。
「そうよ。このところ顔色も冴えないし……スザク君、最近ちゃんと寝れてる?」
「寝れてるよ!もう、ぐっすり。」
乾いた笑いをするスザクに、深瀬は小首を傾げる。
療法士が、10分間の休憩を提案してきた。
「少し、横になって休んで。」
「……はい……」
いわれるまま、長椅子に横になる。
「スザク君。ちょっと他の患者さんの検温に行かなきゃならないから、行ってくるわね。」
「うん……」
深瀬の後姿を見送り、スザクは嘆息を漏らす。
「駄目だな……」
心配かけないようにしようとして、反対に気をつかわれてしまっている。
情けないという思いを呑み込んで、瞼を閉じた。

横になって大人しくしていたスザクが,むくりと起き上がり、練習機器へ向かって歩き出す。
「あら。まだ10分経っていないわよ。」
療法士の忠告に、ゆっくり首を振った。
「もう十分休みました。
続き……やらせてください。」
まっすぐな瞳で自分を見る少年に、療法士は目を瞬かせると微笑んで了承した。
検温から戻った深瀬も、真剣な表情で訓練するスザクに、目を細めるのだった。

スザクは、はっとして目を開く。
「……寝ちゃった。」
慌てて起き上がった彼は、目を見開いて辺りを見回す。
「あれっ?」
リハビリ室じゃ……ない?
スザクが眠っていたのは。自分の病室のベッドだった。
スザクは、顔を青くさせた。あのまま眠りこけて、部屋に運ばれたに違いない。
「うわぁ……やっちゃったよ。」
大失態だ。思わず頭を掻きむしる。
が、その時違和感を感じた。
「なんか……腕がだるい……」
そういえば、訓練途中で寝てしまったわりには疲労感がある。
首を傾げていると、ドアが開かれ、陽気な声で深瀬が入ってきた。
「スザクくーん。おやつの時間ですよぉ。」
……もうそんな時間なのか。
「今日は、疲れているのによく頑張ったわね。療法士さんも褒めてたわよ。」
「えっ?」
「運動の後はよく眠れるでしょ?」
ニコニコ話しかけてくるのに、目を瞬かせながらも頷く。
「終わった途端、椅子に座ったまま寝ちゃうんだもの。病室に戻るまでがリハビリなんだけど、あんなに頑張ってたから今日は特別ね。」
「あ……その…ごめんなさい。」
内心首を傾げながらも、謝罪する。
「謝らなくてもいいわよ。いつも以上に真剣で、カッコ良かったわよ。」
この調子で勉強もしっかりね。と、激励して出ていくのに軽く手を振って応える。
「……練習した事忘れちゃったのかな。」
そんな事があるのだろうか。
キツネにつままれたような心地で、スザクはおやつのプリンをひと掬い口に運ぶのだった。

その日以来、ノートへの怪文はピタリと止まった。
その代わり、新たな問題がスザクを悩ませることとなった。
日中にもかかわらず頻繁に眠気を覚えるようになり、それに並行して身に覚えのない行動が増えている。
今も、やりかけだった算数の問題を解こうとして首を傾げている。
「いつの間に……」
昨日、ここまで解こうと頑張ったものの、消灯時間になってしまったので断念したことをはっきり覚えている。
なのに、今日見たらしっかりやってある上に、さらにその先の問題まで解かれているのだ。
「誰かがやってる……?」
筆跡で確認しようにも、数字や記号だけでは判別しずらい。数字の書き方の癖もスザクにそっくりだ。
スザクは、眉間にしわを寄せた。
まさか、ノートの落書き犯が嫌がらせの方法を変えたのだろうか。
「畜生ッ。」
腹立ちまぎれに、ノートに落書きをした。
“Who are you⁉”
誰だよっ⁉
パタンとノーを閉じると、そのままベッドにもぐりこんだ。
嫌がらせなら、律義に答えるははずがない。
何か理由があるなら、書いて欲しい。
そう思いながら、眠りについた。

病室の閉じられたカーテンをそっと開ける。窓から差し込む薄明かりに開かれたノートの白いページがうっすらと照らされ、書かれた文字が読み取れる程度には明るくなる。
その文字を見て、その人物は薄く笑った。
テーブルの上には、投げ出されたままの鉛筆。
その人物は、それを取るとスザクが書いた落書きの下に何かを書くと、ドアを開け出ていった。

翌朝。スザクはテーブルを見つめ愕然とした。
こんな事があるだろうか。
顔を苦悩に歪める。テーブルに着いた両手が小刻みに震えるのを止めることができなかった。
「どうして……こんな事って……!」
そこまで漏らして絶句する。

“Who are you⁉”
ブリタニア語の落書きの下に、答えるかのように新たな書き込みがある。
署名だ。

“Suzaku Kururugi”

“Just say it again”
もう一度だけ言う
“Return to Britannia”
ブリタニアに戻るんだ

ありえない…ありえない!ありえない!!
こんな事あるものかっ!
なんで、自分にこんな事いわれなきゃならないだ!
署名に続いて書かれている文言に、怒りが込み上げる。
スザクは怒りにませて書きなぐった。
「枢木スザクは日本男児だ!!」

 

辺りが寝静まった深夜。そろそろ寝るかと、書類仕事をしていた扇要は椅子に座った状態でうーんと伸びをした。
と、誰かが部屋のドアをノックする。
「誰だ?」
問いかけると、一瞬の躊躇の後「枢木スザクです。」と返事があった。
「枢木君?」
こんな遅くにどうしたのかとドアを開ければ、はにかんだ笑みを浮かべた少年が立っている。その手には算数の問題集があった。
「夜遅くにごめんなさい。
問題解こうと思ったんですけど……」
漢字が分からず、文章題が読めないのだとこぼす。
「……どの文字が読めないんだって?」
ルビを振ってやろうと尋ねれば、問題文をブリタニア語に訳してくれないかと頼んでくる。
「ああ。構わないよ。そこじゃ冷えるから、中に入りなさい。」
行間にブリタニア語の問題文を書く作業を見ながら、スザクは眉尻を下げる。
「母国語でも、使わないでいると読むことができなくなるんですね……」
情けない声で言うのに、扇は目を細めてスザクを見る。
「君はまだ大丈夫だよ。こうしてちゃんと日本語を話せている。
親が名誉の子供は、生まれた時からブリタニア語しか聞かされていないから、日本語を知らないんだ。」
自分以上に情けない顔をする扇を、目を見開いて見る。
「親が、ブリタニア人にこれ以上差別されないよう、家でもブリタニア語で話しかけているそうだ。日本人自ら、日本語を封じている。
生きるために、文化すら捨てなければならないんだ。」
いくら戦争に負けたからと言っても、ここまで追い詰められなければならない状況が「仕方ないこと」で済ませられるはずがない。
「だから、俺達は日本人であることにこだわり続けなきゃいけないと、俺は考えている。
君に、日本の教育をもう一度受けてもらおうと思ったのも、こんな理由からなんだ。」
できたよ。と笑いかけ扇は問題集を手渡した。
「───そうだったんですね。
………ありがとうございました。」
頭を下げ、足を引きずりながら歩く彼に、扇は今更ながら首を傾げる。
「松葉杖は?」
「音が響くと思って……壁伝いに歩いてきたんです。」
こともなげに答える彼に、扇は肩をすくめた。
「あまり無茶すると、リハビリが長引くぞ。」
忠告に笑顔を返してくるのに苦笑する。
閉じられたドアに背を向け、さて寝るかとあくびをした時だった。
ドサリッと何かが崩れる音が、廊下から響いてきた。
「だから、言わんこっちゃないっ!」
慌てて部屋を飛び出す。数メートル先に案の定スザクが倒れていた。
「おいっ。枢木君!大丈夫か⁉」
倒れた時にでも頭でも打ったのか、返事がない。
「おいっ!しっかりしろっ!!」
思わず大声をあげる。その声に居住区の各部屋から仲間たちが顔を出し、その状況に辺りは騒然となった。
「おいっ。どうした、扇!」
「枢木君が俺を訪ねてきて、帰りに転倒したらしいんだが……」
ぐったりと意識がなさそうなスザクに、誰もが蒼白になった。
「と、とにかく部屋に運ぼうぜ。」
「おいっ。誰か担架持って来いっ!」
喧噪のさなか、当のスザクが扇の腕の中で目を開いた。
「枢木君。良かった。どこか打っていないか?」
安堵の笑みで声をかけてくる副指令に、スザクはきょとんとした顔をする。
「あれっ?扇さん⁉」
ガバッと跳ね起き、辺りを見回す。
自分を大勢が見守っているこの状況に、目を瞬かせる。
「どうして、僕……ここで寝てるんだろう。」
その場の全員が、唖然とした。

 

「夢遊病?」
ラクシャータから告げられる病名に、ゼロ・ルルーシュは首を傾げる。
顔が見ることができれば、きっと眉間にしわを寄せているであろうと分かる苦い声に、科学者で医師の女性は苦笑した。
「この病名が正しいかどうかは分からないけど……彼が無意識のうちに行動しているらしいの。
さっき、居住区で一騒動あってね。
本人は就寝していたっていうんだけど、扇副指令の所へ杖無しで訪問して、問題集の分からない所を聞きに来たんですって。」
「………どういうことだ?」
「スザク君は、思い当たることがあるらしいんだけど……」
病室まで一緒に来て欲しいという彼女に、同行する。
「……彼の行動で一番危惧されることは、記憶が戻りかけているのではないかという事……」
病室への移動中、ラクシャータは言う。
「それにしても解せないのは、今の立場の彼と変わらない行動をしているという点。」
「古い記憶と新しい記憶のすり合わせができているという事か……」
「一般的に知られている喪失していた記憶の復活の際、徐々に回復する場合と突如思い出す場合があるけれど、それに本人が全く気付かないという事はあり得ない。
彼のケースは、全く新しいパターンと言えるでしょうね。」
「睡眠中に、意思を持って行動している…という事だな。」
「そういうこと。」
ゼロの言葉に頷いてラクシャータが病室のドアを開ける。
病室にはスザクの他、彼の担当看護師と扇がいた。
「ゼロ。」
扇がほっとした顔を浮かべ、その反対にスザクが渋い顔をして目を逸らす。
「一体、何があった。」
努めて穏やかな声で尋ねかけてくるゼロに、スザクは相変わらず目を合わせようとしない。
「ゼロ。これを……」
見てくれと言わんばかりに、扇が彼に差し出したのは、スザクのために用意した学習用のノートだ。
開かれたページを見て、ルルーシュは驚愕する。
「………記憶が戻りかけているのは確かなようだ。」
そう言って、ラクシャータに見せる。
彼女もそのページに目を見開き、ノートをパラパラとめくった。
「内容から察するに、この“クルルギ スザク”は、あなたに同じようなメッセージを発信し続けていたようだけど……?」
問いかけに、スザクの肩がびくりと震える。
「ページが何枚か破かれている……
何故、何も言わなかったんだ?」
穏やかな声で問いかけてくるゼロに、スザクは眉尻を下げた。
「ごめんなさい……初めは、僕への嫌がらせだと思ったんだ……」
仲間の中にそんな事をする人物がいるとは知らせたくなかったと、スザクは語る。
とつとつとこれまでの経緯を話すスザクを、大人たちは静かに見守った。
「では、覚えがない事をするようになっのはここ数日の事なのね。」
スザクに確認して、ラクシャータは看護師の深瀬に視線を移す。
「すみません。彼の異変に気付きませんでした。
そういわれてみれば…なのですが……最近時々彼が落ち着いたというか……そう、年相応な雰囲気な時もあったのですが……気が付くといつものスザク君だったので……見落としてしまっていました。」
眉を顰め頭を下げる彼女に、スザクはいたたまれない顔をして俯く。
「ごめんなさい。僕が、もっと、正直に言えばよかった。」
謝罪するスザクに、深瀬は彼の正面に膝をつくとその両手に手を重ねる。
「謝るのはこっちの方。気づいてあげれなくてごめんなさい。」
怖かったでしょう。という彼女に首を振る。
「スザク君。身に覚えのない事が起きる前、いつも君はどんな状態なの?」
ラクシャータの質問に、スザクは困惑した。
「……分かりません。気が付いたらいつのまにか寝ていて……」
「そう……突然意識がなくなるといった事はないのね。」
「はい。」
そう答えた直後だった。
突然、スザクの視界が大きく歪んだのだ。
「なっ⁉」
小さく悲鳴を上げるスザクに、全員が息を呑む。
「どうしたっ。」
ゼロが思わず、前に出る。
「あっ……ああっ!」
スザクの声が大きくなる、それは悲鳴と言うよりむしろ怒気を孕んでいる。
その声に、ルルーシュは体を強張らせた。
突然の変調に、スザクは混乱していた。混乱しながらも、自分の胸の中に湧き上がってくる感情を自覚してもいた。
これは……この思いは、あの日あの夜沸き上がったものと同じだ。
自分と最もつながりの深い人物の顔がちらつく。
───父さん。
ああ。そうだ……生まれて初めて抱いた激情……それは……
殺意!!
「ゼロっっ!!」
ルルーシュの細い首筋に、武骨な軍人の指が食い込んだ。

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