Re;commenece 【Re;turn】 - 1/6

ブラックリベリオンで銃撃を受けた扇要が職場復帰した。
復帰早々、彼はゼロの居室で思わぬ事実を伝えられる。
「枢木スザクが黒の騎士団に?自分から入ると言ったのか。」
困惑を隠すことなく問いかける彼に、ゼロは普段通りの自信にあふれた声で答えた。
「ああそうだ。来る者は拒まず、去る者は追わずがこの黒の騎士団のモットーであり、スタンスでもあるからな。」
「決定事項という事なのか……だが、彼は……」
「直近6年の記憶を喪失している。ブリタニアの軍人であったこと、ユーフェミアの騎士であったことは資料を見せたので了解している。そのうえで、ここにいたいと言っている者を放逐する訳にもいかないだろう。」
反論しようとした言葉は、ゼロによって遮られた。人道的見地から入団を了承したと言われれば、口をつぐむしかない。
「記憶もなく、肺や足に障害のある人間にどんな仕事を与えるんだ。入団してしまえば、どこかに配属する事になるだろう。」
「そうだな。とりあえずは…零番隊に配属させるか。」
こともなげに言うゼロに、扇は驚愕の声を上げる。
「ち、ちょっと待ってくれっ。零番隊は……っ。」
「そう。私の直轄だ。彼が記憶喪失であることを知る団員は少ない。“あの”枢木スザクを、事情の分かっていない者たちの中に混ぜるわけにもいかないからな。当分の間はこれまで通り、医療エリアの病室で治療とリハビリをさせるつもりだが。」
ゼロの言葉に、嘆息する。
「───彼の記憶が戻ったら……?
あの時、彼は君を殺すつもりで後を追っていったんだろう。君に対して明確な殺意を持っている人間を側に置くというのは……あまりにも危険ではないか?」
そう忠告する扇の脳裏には、互いに惹かれ合い結婚まで意識し合っていたはずの「千草」が、怒りの形相で自分に銃を向けた姿が浮かんでいた。
「……君の懸念はもっともだ。ラクシャータの見解では、記憶がどのように回復するのか不確かだが、何かしらの兆候は現れるそうだ。それを見逃さないためにも、彼を目の届く範囲に置くことにした。」
「分かった。カレンにも、彼の動向には気を付けるよう言っておく。」
「ああ。宜しく頼む。」
事後承諾となった枢木スザクの入団を、どの範囲の人間に通達し、すべての団員にどう納得させるのか……いきなり突き付けられた難問に頭を痛めながら、扇はゼロの居室を後にした。

まずは、軍事部門トップの藤堂と、配属される零番隊のリーダーのカレンに話を通さなくてはならないと考えた扇は、居住区からナイトメアなどが格納されているエリアに向かった。
このアジトはウナギの寝床のように細長い構造になっており、居住区、医療区、軍務区・格納庫と並んでいる。目的地である軍務区には医療エリアを通過することになる。
通過地点である医療エリアの1区画、リハビリ室が何やら賑やかだ。気になった彼は、その場所へ足を進めた。

リハビリ室の入り口に立つ扇は、中の様子に目を見張った。理学療法士の指導のもと、歩行訓練を受けている茶髪の青年。肩から大きく息を吐きながら汗まみれになって懸命に足を動かしている彼の側には、明らかに医療従事者以外の人間が複数いる。その誰もが、温かな目で彼を見守り、中には声援を送っているものすらいる。
彼らの中には、これから面会しようとしていたカレンと藤堂もいた。
入口の側に立つ人物が、扇に気が付いて声をかけてくる。
「あんたも、彼の見学?」
眼鏡越しに送られてくる視線に、肩を震わせる。同じ組織のメンバー、しかも副指令という重責にある者に対してとは思えぬ、警戒を隠さない鋭い視線だったからだ。
「いや……そういう訳では。ただ、とても賑やかだったのが気になって。」
扇のしどろもどろな返答に、声をかけてきた人物、朝比奈省吾は肩をすくめた。
「今日から開始したんだよ。歩行訓練。」
「……そうか。」
「もう結構噂になってるよ。彼が、うちに入団したいってゼロに申し込んだこと。……ゼロは、了承したんだって?」
「ああ。さっき本人から聞いた。入団の意思がある者は受け入れるのが黒の騎士団のモットーだから……」
その答えに、朝比奈は苦笑いする。
「彼の配属先はどうする。」
スザクの様子を見守っていた藤堂が、こちらに気が付き歩いてくる。
「零番隊に入れるそうです。異変をすぐに察知できるよう身近に置くと。」
ゼロの意思を伝えると、彼は、そうかと頷いた。
「───時限爆弾を抱えるようなものだな。だが……このまま破裂しないことを祈るよ。」
朝比奈が、嘆息交じりに呟く。
その言葉に、扇は目を見開いて彼を見た。
「副指令は、彼の事情はどこまで?」
「ブリタニア軍にいた記憶がない事と……強制労働施設に入れられていたそうですね………」
藤堂の問いかけに答えれば、大きく頷く。
「そこで、少なからず虐待を受けてきたらしい。彼が抱える精神的トラウマは察して余りある。本来なら、ここではなく専門の療養機関に預けたいところだが……」
「今の状況では難しいですね。」
名誉ブリタニア人であれば、租界である程度の医療は受けられるだろう。だが、現在の彼は軍によって死亡と公表されたことで、ブリタニアの戸籍を失った状態だ。ナンバーズのままではろくな医療もうけられない上に、この体ではゲットーで生活するのも困難だろう。せっかく救った命だ。危険にさらされるのが分かっている以上放逐するわけにはいかない。
「ここにいる皆は……」
彼の言葉に、藤堂が答える。
「彼の事情を理解し、受け入れている。」
藤堂はじめ四聖剣、カレン、玉城・南・杉山……黒の騎士団幹部である彼らが、これまで最大の敵として認識してきた枢木スザクを仲間として受け入れているという。
「どうして……」
驚きを隠さない扇を、朝比奈は面白そうに眺める。
「あんたも、会って話をしてみればいい。ブリタニア軍人という枷をはめられる前の、枢木スザクと。」
彼が、本来どういう人間なのかよくわかると思うよ。
そう言って、朝比奈は笑った。

「オーケー。少し休憩しましょう。」
理学療法士の声掛けとともに、歩行訓練用器具から離れたスザクは、その場に大の字で寝ころんだ。
ハアハアと大きく息を吐き、全身から汗がにじみ出ている。
「お疲れさま。よく頑張ったわね。」
付き添ってきている看護師、深瀬美海が笑顔でタオルと携帯酸素ボンベを差し出す。
スザクは、半身を起こして礼を言うと、まず酸素を吸入してから顔の汗を拭った。
「……どのくらい…時間かかったのかな……」
看護師は、小首を傾げながらスザクに手を差し出す。その手を借りて立ち上がったスザクを、彼女や周りの者が椅子に腰掛けるよう促した。
「10往復…20分くらいかな。」
「そんなに……っ。」
スザクは、目を丸くして先ほどまで自分が使用していた器具を見る。せいぜい2メートルくらいの長さしかない、平行に並んだ手すりをつかんで10回行ったり来たりするだけの動作に、そんなに時間をかけなければならないという現実に言葉が出なかった。
「初めてにしては、すごく頑張ったわね。」
理学療法士が笑顔で褒める。10往復をノルマとしたが、せいぜい5往復すれば上出来と考えていた。それをスザクはきちんとこなしたことに感嘆する。
冷水のペットボトルを差し出せば、礼を言うものの不満げな顔で受け取った。
「今までなら、何でもない事だったのに……」
スザクの言葉に、彼女は眉尻を下げた。
「ちゃんとリハビリ続けていけば、もっと早く回数も多くできるようになるわ。」
「どのくらいで、普通に歩けるようになるかな。」
「それは……君の頑張り次第。」
優しく微笑みかけてくれているが、彼女の口調から時間がかかることを察し、スザクは眉間にしわを寄せた。
「なーに焦ってんだよ。もう、ここの団員になったんだ。じっくり治していきゃいいだろ。」
玉城が、明るく声をかけながら背中を叩く。その勢いで、スザクはケホンと咳き込んだ。
たちまち、深瀬の表情が険しくなる。
「ちょっとっ!あんまり乱暴なことしないでよねっ。」
「な、なんだよ。そんなに力入れてねえよ。」
彼女の剣幕に、さしもの玉城もたじたじだ。
そのやりとりが、その場にいた全員の失笑を誘った。
「深瀬さん。大丈夫だから。
玉城さんの言う通りだね。ありがとう。」
看護師を制し、玉城に笑顔で礼を言えば、2人そろって頬を赤らめる。
「お、おぅ。」
礼を言われ照れ笑いする玉城に、深瀬は面白くなさそうに横目で睨む。
和やかな雰囲気の中、自分をとりまいている面子に、今まで会ったことのない人物がいることに気が付いたスザクは、その人物に視線を向けた。
目が合った人物…扇はちょっと困ったような顔をしてスザクに笑いかけるのだった。

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