『殿下。申し訳ありません、ユーフェミア様が……あっお待ち下さいっ。』
突然、会話に乱入してきた内線通話がぶつりと切られると、ドアから勢いよくユーフェミアが飛び込んできた。
後を追って彼女の秘書官のメリッサとアメリーが、ばつの悪そうな顔で入ってくる。
「───ひょっとして、さっきの伝言の返事…かな?」
冷や汗を浮かべながらスザクが問えば、秘書がコクコクと頷く。
「スザクッ。」
鼻息も荒く、ユーフェミアが食って掛かる。
「溜め込むなとはどういう意味です。私だって、溜めたくて溜めた訳ではありませんのよ。」
「うん。それは分かっているよ。君の執務のスタイルは……でも、あれは少し溜め過ぎだろう。
決済が遅れれば、それだけ業務が滞って、折角の施策も実行されずに後手に回ってしまうよ。」
「それは重々分かっています。でも、稟議書だけではよく理解できないから……」
「担当者に説明させて、不明な点を理解してから決済するんだよね。
だから、決済に時間がかかる……でもね、ものによっては総督である姉上の決済が必要なのだから、君のところでいつまでも止めていられないだろ?」
「───だから、スザクに……」
「うん。君の手が回らないところは、補佐である僕の仕事だ。しかし、肝心の“仕事”が君のところで止まってたら、手伝おうにも手伝えないじゃないか。
だから、溜めすぎるなって……」
話をしている間も、不機嫌な表情を戻す様子のないユーフェミアに、スザクの態度もだんだんと不機嫌になっていく。
「でも、私はこれで精一杯なのです。それに、何も確認せずに右から左に書類を回すなんて出来ません。」
むうっと睨み合っている2人に、シュナイゼルは、やれやれと小さく息を吐くと声をかける。
「2人とも。立ち話で終わる内容ではなさそうだから、お茶でも飲みながらゆっくり話し合ったらどうだい?」
「そ…そうですね。」
シュナイゼルの提案に、スザクはほっとした顔ですぐに乗った。
ユーフェミアは、そのとき初めてシュナイゼルがいる事に気がついたらしく、恥ずかしそうに小さくなりながらも、兄への挨拶は欠かさなかった。
「シュナイゼルお兄様。ごめんなさい、いらっしゃる事も気がつかずに……恥ずかしいところをお見せしました。」
「いいや。ユフィの仕事に対する真剣な取り組み方も、スザクの、仕事の流れを把握しての進め方も感心できるよ。
2人が、自分の仕事の姿勢にプライドを持って取り組んでいるのもよくわかる。だから、スムーズに進めるためにも、お互いにどうしたらいいのか話し合う事はとても重要な事だと思うよ。」
シュナイゼルの勧めでソファに座るユーフェミアの前に、手際よく紅茶と彼女が贔屓にしているブランドのクッキーが出される。
そのもてなしに、彼女の表情もやっと柔らかくなった。
「ユフィは、今のスタイルを変えたくないんだよね。
だったら、執務を効率よくするために僕から提案があるんだけど、聞いてくれるかな。」
ユーフェミアの態度が軟化したのを見計らって話かければ、「伺いましょう。」と返事が返ってくる。
彼女が話に乗ってきた事に笑みを浮かべ、秘書官もソファに座るよう声をかける。
スザクが主導権を握った事に安堵して、シュナイゼルは席を立った。
「それでは、私はここで失礼しよう。」
「あら。すみませんお兄様。私が押し掛けたばかりに……」
「いや。これからバトレーのところに行く予定なのだよ。」
「そうですか。お兄様、今度は私とアフタヌーンティーして下さいませね。」
「それは楽しみだ。それじゃあスザク、後はしっかりやりなさい。」
「あ。はい。ありがとうございます。」
秘書に見送られて出て行く兄の背中に、スザクは小さく呟く。
「……逃げられた……」
これから、自分1人で3人の女性を仕切れというのか。
兄の助言を当てにしていたスザクは、内心舌打ちする。
「スザク。早く始めましょう。」
「あ。うん。ごめん。じゃあ、始めようか。」
容姿端麗ではあるが、一筋縄では行きそうもない3人に精一杯愛想のいい顔を見せるスザクだった。
エリア11ブリタニア政庁地下。薄暗い通路を、バトレーの先導で歩くシュナイゼルの姿があった。
「ここは、亡きクロヴィス様の指示で極秘に作らせた研究施設です。
勿論、現総督もクロヴィス様の頃より仕えている職員も知りません。」
「当然、枢密院にも知られていないね。」
「イエス ユア ハイネス。」
バトレーの返事に満足そうに笑う。
やがて大きな扉の前に突き当たる。
暗唱コードと、指先の生体認証で扉は左右に開いた。
「ほお。」
一歩足を踏み入れたシュナイゼルは、その設備に感嘆の声を上げる。
巨大な機械がところ狭しと並ぶ施設の最奥。様々な計器や装置につながれたガラス張りの円柱状の水槽のようなものがある。
ボコボコと無数の泡が湧くその液体の中に、眠るように浮かぶ人の姿が見える。
「R計画……不老不死と思われる人間の遺伝子を解明し、その細胞を利用して死なない兵士を創る……なんとも恐ろしい事を考えたものだね。この研究が、父上のオカルト趣味と関連があると?」
「殿下もあの遺跡でご覧になった、あの扉のような石の建造物…あれに描かれた紋章と同じものが、実験体の額に現れていました。
何の関わりもないとは見過ごすわけにはいかなかったのです。」
「ふむ。そして彼女は、毒ガスと間違えたテロリストによって奪われ、今は黒の騎士団か……」
「幸いと申しましょうか。多くのサンプルを採取しておりました故、今こうして研究を続ける事が出来ております。」
「君たちは、特派同様私の直轄という事で、コーネリアの干渉は受けない。必要なものがあれば、遠慮なく私の方へ……それから、ここの事は……」
「はい。コーネリア様始め、他のものには悟られないよう致します。」
「うん。スザクにも内密に頼むよ。」
「スザク様にもですか?」
「あの子は、人体実験など絶対に認めないからね……」
だが………
「スザクの期待を裏切った責任……自分の体で取ってもらうよ。
ジェレミア・ゴッドバルト。」
眠り続ける男に、シュナイゼルはうっそりと笑った。
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