シュナイゼルは、弟の寝顔を見ながら、今日何度目かのため息をついた。
自分の知らない所で、スザクは何度も皇帝に召し出されている。
一体何の目的があって呼びつけるのか。
尋ねても、スザクは、たわいもない会話や、会食、時にはビスマルクに剣の稽古をつけてもらったと答えるだけだ。
「あの方が、そんな普通の父親のような真似を今更するはずがない。」
自分でさえ、子どもの頃皇帝に会えるのは年に数度。しかも皇室行事がある時のみで、個人的に皇帝に会える事など皆無に等しかった。
それほど、シャルル・ジ・ブリタニアという男は自分の子に対して淡白だ。
例外があるとすれば、足繁く通っていたマリアンヌとの間にもうけたルルーシュとナナリーくらいだろう。
「陛下自ら望まれて側に置かれたとは言え、マリアンヌ様のように愛情をおかけになっているとは思えない。」
では何故………
「何か目的がなければ、ナンバーズの子どもを息子としたりはしないはずだ。」
あの男はそう言う人間だ。
皇宮の奥に何やら怪しげな人間を集め、何かの研究をしている事は知っている。
それに、何らかの関係がある事なのだろうか。いくら考えても、皇帝がスザクを引き取った理由には思い当たらない。
「お前が嘘をついているとは、思えないからね。」
シュナイゼルは、スザクの柔らかい髪に指を差し入れる。癖があるもののスザクの髪は羽毛の様に軽く、するりと指の間を抜けて行く。
その感触を楽しみながら、スザクへの愛情が深まって行くのを自覚していた。
あの嵐の日……あの日からだ。スザクを誰にも渡したくないと思い始めたのは………
スザクをエル家に引き取ってから数ヶ月、スザクもここでの生活に大分慣れ『殿下』と呼ばれる事に抵抗を示さなくなってきた頃だった。
EUへ遠征をしていたシュナイゼルであったが予定よりも早く戦果を挙げる事が出来、ブリタニアへ帰還したのはもう日付が変わろうかとする深夜だった。
その夜は酷い嵐で、吹き付ける風雨のせいで車を入り口近くに寄せ傘をさしていても、玄関に入った時にはかなり雨に濡れてしまっていた。
「これはこれはシュナイゼル様。お帰りなさいませ。酷い時にご帰還なさいましたな。
すぐにお召し替えを。」
亡き母の代から仕えている老練な執事は、シュナイゼルの上着を受け取ると侍女に指示を出す。
「ああ。本当に酷い嵐だね。スザクはどうしてる?ちゃんと寝れているかい?」
生活に慣れたとは言え、情緒はまだ不安定で、夢にうなされ夜中に飛び起きたり、眠れずに屋敷内を徘徊する事もあるスザクを心配して尋ねると、執事は困った表情を浮かべている。
「スザク様は、夕刻より、陛下のお召しでペンドラゴンに行かれています。
急なお召しで、ヴァルトシュタイン卿がお迎えにいらっしゃいまして。」
「まだ、戻らないのかい?』
「この天候では、あちらにお泊まりになるのでは……」
「あの子はまだ、皇宮に上がれるような状態じゃないよ。
ビスマルクが迎えに来たとはいえ、健康を理由に断る事も出来たのではないかい。」
「申し訳ありません。そうしようとしたのですが、ヴァルトシュタイン卿は、今回ばかりは譲って下さらず……」
「今回は…と言う事は、私の留守中何度も使者が来ていたのかい?」
「はあ。その度にお断りを入れていたのですが、さすがに断りきれず……
スザク様にお伺いを立てましたところ、いらっしゃるとおっしゃられて……。」
「スザクが、自分から行くと言ったのか。」
「はい。きっとこれまでのやり取りを見かねての事かと……」
執事の言葉に、主人の留守中何とかスザクを守ろうとしていた事を感じ取り、シュナイゼルはそれ以上の追求を諦めた。
「なんて酷い方だ。スザクをあのようにしておきながら、私の留守を狙って呼び出すとは……!」
あの謁見以来スザクは見る影もなくやつれ、何度も自ら命を絶とうとした。
それを何とか思いとどまらせ、最近やっと元気を取り戻し始めたとこだというのに……
常ならぬシュナイゼルの苛立ちに、執事は「皇宮の方に、殿下をお返し頂けないか伺って参ります。」と言って、その場を去った。
執事が去った後、シュナイゼルは窓をがたがたと揺らす雨風を恨めしそうに睨んだ。
「こんな嵐の晩に、たった一人で皇宮に置かれるなど……」
すっかりか細くなってしまったスザクの神経が耐えられるだろうか……
不安と憤りで歯噛みする。すると、何やら玄関が騒がしい。
不審に思っていると、侍女があわてて部屋まで知らせに来た。
「殿下。スザク様がお戻りになりました。」
「そうか!」
玄関に駆けつけると、ビスマルクに抱えられたスザクが執事に渡されるところだった。
「スザク…?眠っているのかい。」
口元に手をやれば、規則正しい息づかいを感じる。
「よくお休みになられています。」
小声で伝えてくる執事に、そのようだねと頷き、寝室に運ぶよう指示を出す。
運ばれて行くスザクを見送り、その場を辞そうとしていたナイトオブワンを、強い口調で呼び止めた。
「どのような用向きでスザクをお召しになったのか、聞かせてもらいたいね。」
「これは、シュナイゼル様。早のご帰還おめでとうございます。
大変な成果であると、陛下もお喜びでした。」
「社交辞令はいいから。私の質問に答えてもらえないか。」
苛立ちを隠そうともしないシュナイゼルに、ビスマルクは肩をすくめた。
「兄上様が長期のご不在では心細くしておいでだろうと、晩餐にご招待されただけです。」
「夕食に招いただけ?しかも、こんな嵐の晩にか。」
「こんな晩だからではないのでしょうか。こんな日に一人でおられるのは、怖いだろうとのお心遣いです。」
「この離宮には、多くの者が仕えてくれている。皆、スザクの事は気に掛けているから寂しがらせる事はしないはすだ。それに、兄や弟達にも留守中スザクの様子を見てやってくれるよう頼んで出かけた。みんな、スザクには好意的だからね。
陛下がわざわざお心にかけて下さっている事には感謝するが、忙しい陛下のお時間を割いてまで相手をさせてしまっては心苦しい。
これからは、そのようなお気遣いは結構だと陛下にお伝えしておくれ。」
「イエス・ユア・ハイネス。」
「それから。出来れば、私の留守中にお召しになるのは遠慮願いたいね。
あの子はまだ、情緒不安定で……っ!」
シュナイゼルが不満を告げている最中、子どもの悲鳴が屋敷中に響いた。
「スザク……!」
奥の部屋からは、スザクの泣き叫ぶ声と侍従達が宥めようとしている声が聞こえる。
シュナイゼルは、いても立ってもいられなくなった。
「ああ……。こういう事情なのだよ。
皇宮にお召しの際には、私が付き添う事も陛下にお伝えしてくれたまえ。
それでは、私はここで失礼するよ。呼び止めて申し訳なかったね。ヴァルトシュタイン卿。」
「いいえ。どうぞ、スザク様のお側に行って差し上げて下さい。。」
「ああ。そうさせてもらう。」
いい終え足早にスザクの部屋に向うシュナイゼルを、ビスマルクは明らかな嘲笑をもって見送った。
コメントを残す