共に煌めく青玉の【騎士選抜】 - 3/3

「おい。あれはコルチェスターの制服じゃ……」
「正規軍の騎士の方も見たぞ。」
 模擬戦当日。受け付けをすませ控え室に向う参加者を見送る士官候補生が、口々に驚きの声を上げる。
 そんな中、スザクを頭にジノとアーニャが通り過ぎると、その声はさらに大きくなる。
「なんで、殿下まで出るんだ?」
「そもそもこれは、シュナイゼル様がスザク殿下の騎士を決めるために開かれた大会だって……」
「ただの噂だろう。」
「ヴァイエルン将軍は、軍の士気高揚のために、広く実力のある騎士を集めての公開試合を提案したと仰っていたじゃないか。」
「宰相閣下のテコ入れだと、もっぱらの噂だぞ。」
 背後から聞こえてくる話に、スザクは肩をすくめる。
「兄さんたら、解りやすくバラし過ぎだよ。」
「これで、本当に魚が網にかかるのか?」
 隣を歩くジノも、不安そうに呟く。
「大丈夫。さっき確認した。」
「おや。アーニャは、シュナイゼル様が嵌めようとしているターゲットを知っているのか。」
「ジノも知っているでしょ?」
「知らないのは僕だけ?兄さんたら教えてくれないんだもの。
 誰を警戒しなくちゃいけないのか、分からないよ。」
「シュナイゼル様は、スザクならわざわざ教えなくても分かるはずだと仰っていたぞ。」
「本当?」
 話を止めて、控え室に入る。
 すると、中に居た出場者の視線が一斉にスザクに注がれ、一糸乱れぬ動きで、全員その場に跪く。
 それにはスザクも思わず感嘆した。
「さすが、公開模擬戦に出場するだけある……
 だが、ここでは私も1出場者にすぎないのだから、自然にしてくれた方が有り難い。」
 皇子の顔でそう声をかければ、一瞬躊躇しながらも立ち上がる。
「しかしながら殿下。この大会は事実上の騎士選抜戦なのでは?」
「主催がシュナイゼル様となれば……」
 口々に疑問を口にする出場者に、スザクは微笑する。
「兄上は、私にも出場を勧めたよ。
 それに、優勝者には騎士としての誉れを…とあるが、別に宰相閣下が他の皇族へ騎士として推薦するとはなっていないはずだが……」
「噂が一人歩きしているようですね。」
 とぼけるスザクに、ジノが苦笑する。
「しかし、ここで勝てばその実力は多くの皇族が知るところとなる。
 陛下はお出ましにならないが、皇室の方が大勢ご観覧のようだから……」
 スザクの言葉に、落胆していた者の顔に、覇気が戻った。
「では、殿下。1出場者として参加されるという事は、我々も殿下に対して手加減無しでよろしいのですな。」
 出場者の中では恐らく年長にはいると思われる騎士が、前に進み出て確認する。
「フレイザー卿。もちろんです。むしろ手加減などされては困るな。」 
 にこやかだが、鋭い視線で答えれば、フレイザーはニヤリと笑う。
「それを聞いて安心いたしました。我が主には、ディ家の名誉のためにも優勝をとの厳命です故。」
 フレイザーの言葉に、スザクは口元をつり上げると軽く目を伏せる。
「フランツ兄上もご健勝で何より……筆頭騎士である貴方の剣技を間近に見られるのは、私を含め多くの者に素晴らしい経験になります。」
 スザクの世辞にまんざらでもない顔をする。
「では、後ほど……」
 悠々とその場を離れる男に、ジノが小さく息を吐く。
「第五皇子殿下の騎士まで参加とはね。」
「皇族樣方には、お気に入りの騎士の自慢大会と思われている。」
 アーニャは呆れたように呟く。
「これも兄上の計算のうちかな。」
「───たぶんな。宮中で見かける顔が結構いるぞ。」
「やはり、1番気をつけなくちゃいけないのは彼かな……」
 先ほど話した騎士を目で追うスザクの横顔に、アーニャが笑う。
「殿下楽しそう。」
「大丈夫。いざとなったら私達が護るから。そんな震えるなって。」
 茶化して言うジノにスザクが反論する。
「これは武者震いだって。」
「知ってる。」
 笑って答えるジノに、スザクも不敵な笑みを浮かべた。

「勝者、ジノ・ヴァインベルグ!」
 皇族の親衛隊に名を連ねる騎士を打ち負かした学生の名が呼ばれると、競技会場が驚きと歓声に大きく震えた。
 スタジアム中央、皇族のために用意されたロイヤルボックスでは、怒りに震える皇族の1人が立ち上がり、足音も荒く去って行く。
 その様子を、他の皇族が冷ややかに見送っていた。
「まずは、順等というところかな。」
 出場者のリストを見ながら、シュナイゼルが微笑む。
「しかし、兄上。スザクを出場させたのは……」
 隣に座るコーネリアが不安げに問う。
「大丈夫だよ、コウ。ジノとアーニャ。それに私の配下も参加させている。スザクの身辺には充分警戒するように言い聞かせてあるし、気を抜くような連中でもない。」
「はあ……」
「それに、コウも見ておいた方がいいと思うよ。スザクの実力を……」
 卒業後は、君とダールトンに預けるのだから。 
 シュナイゼルの言葉に、コーネリアは競技場に視線を戻す。
 スザクの操るサザーランドが、相手のMVSを払い落とした。
 戦意を喪失した相手が、降参の意を示す。
「確かに、私の杞憂のようですね。」
 ほっと笑うコーネリアに、シュナイゼルも笑い返した。
  

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[chapter:Ⅲ.決着]

「一体、なんなんだあの3人は……」
 模擬戦が進むにつれ、会場のざわめきが大きくなる。
 士官学校主催とはいえ、現役の軍人が多数参加している大会で、学生が準々決勝まで残ったのだ。しかも3人も……
 公正を期すため、士官学校の訓練で使用している汎用機であるにも関わらず、その動きは一流の騎士に劣らず滑らかで力強い。
 もはや、参加者も観戦者もこれがスザクの騎士選抜のためのものだとは思っていなかった。
 騎士を持とうというその本人が、残っている3人のうちの1人なのだから。

「に…二刀流……」
 準々決勝第1試合。アーニャ・アールストレイムと対峙した皇族の騎士は、その姿に息を呑む。
 かつて一世を風靡した美しき騎士。ナイトオブシックスの称号を得た夭折の美妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア……その姿と重なる。
 彼女もその細い躯で剣2本を操るという力技を得意としていた。
 気をのまれたその者の負けだった。一瞬の躊躇を見逃さず、アーニャの一閃が相手の構える剣を打ち払う。勝負はあっという間に決まった。
 そして第2試合。競技場に現れた2機を、会場内の誰もが固唾を呑んで見守る
スザク・エル・ブリタニア殿下対ダグラス・フレイザー卿……皇子と皇子の騎士を務める剣豪の呼び名も高い人物の対戦である。
『まさか殿下がここまで勝ち進んでおいでとは……』
『貴方の胸を借りれるとは嬉しいな。先ほども言いましたが、手加減など無用ですよ。』
『もとより。』
 激しくMVSがぶつかり合う。
「うーん。さすがにフレイザー卿相手じゃ、スザクも苦戦しているなあ。」
「のんきに観戦している場合じゃないだろう。」
 レナードが、厳しい表情で言う。
「多分大丈夫ですよ。我らが皇子殿下は、最強ですから。」
「おい。」
「万一という事もあるだろう。」
 ジノとシュナイゼル配下の軍人達は、それぞれのナイトメアに騎乗した状態で会話している。
「フレイザー卿のナイトメアを整備した連中を締め上げたんだが。スラッシュハーケンを装備して出たそうだ。」
「この試合では禁止されているだろう。」
「……これで決まりだな。」
「閣下に報告は?」
「報告済みです。」
「それじゃあ、気合い入れてスタンバイしますか。」
「でも。きっと私達の出番はない。」
 アーニャが携帯を弄りながら話していると、会場からどよめきと歓声が響いてくる。
 スザクが、フレイザーのソードを払い落としたのだ。
 そしてその次の瞬間、会場からは悲鳴が……
 ハーケンが打ち出される音とそれをはねつける音が、断続的に響き渡る。
「行くぞっ!」
「待って下さい。大丈夫ですよ。」
「会場の中継見て……」
 2人の学生に促されて、軍人がコクピットのモニターを切り替えると、スザクのサザーランドが宙を舞い、フレイザーの機体を蹴り倒すところだった。
「出た、殿下の回転蹴り。」
「ナイトメアでこの動きするものなぁ……」
「騎士選抜トーナメント?」
「完全に、デマだな。」
 軍人は揃って、うんうんと頷き合う。
「この方の騎士なんて、なれる奴が出てくる訳がない。」
『勝者、スザク・エル・ブリタニア殿下!ダグラス・フレイザー卿は失格です。』
 勝者を告げるアナウンスに、会場は大きな拍手に包まれた。
 

「どこに行くのかな。」
 自身の騎士がへまをしたことを確認したフランツ・ディ・ブリタニアは、スタジアム中央の皇族用ブースの中でも特に見えやすい特等席からこっそりと離れようとしたところを、後ろからかけられた声に硬直した。
「シュ…シュナイゼル兄上……」
「どうだい。私の弟は強いだろう。今まで君が何度も刺客を差し向けたり、学生を懐柔して事故に見せかけて殺そうとしても出来なかった訳が分かったかな。」
「い…一体何を……」
「そうです。シュナイゼル兄上。言いがかりをつけようとしても……」
 フランツの弟のピエールが食って掛かるものの、シュナイゼルは歯牙にもかけない。
「これまでの事は、君の騎士の不名誉な負けに免じて不問にしてあげよう。だが、これに懲りずまだ私や弟を付け狙うようなら……この次は容赦しないと覚えておきなさい。」
「くっ……!」
 忌々しげにシュナイゼルを睨みつけると、フランツはピエールを伴って会場から逃げ出すように去って行った。
「これで一件落着ですか?」
 コーネリアが、ほっとした顔を見せれば、シュナイゼルも目尻を下げる。
「そう願いたいね。」

 そして、誰もがこの大会の優勝者は1人の皇子だと思いだした頃、波乱が起きた。
「し…勝者、ジノ・ヴァインベルグ!」
 縺れるように重なり合って倒れる2機のナイトメア。
 1機のソードはその手の中…そしてもう1機のソードは宙を舞いながら、今大きな音を立てて大地に叩き付けられた。
「あ……っ。」
 肩を上下させて大きく息を吐く。
 自分に覆い被さっているサザーランドを、スザクは目を見開いて見つめた。
 モニター画面には、同じように荒い息をしながら、信じられないという顔をしているジノがいる。
「か…勝ったのか……?スザクに……」
「ああ……僕の負けだ……」
 スザクが目尻を下げる。
 準決勝第1試合。誰もが優勝を信じて疑わなかったスザクが負けた瞬間、会場は大きな歓声に包まれた。
「──これで、スザクも私を騎士候補と認めてくれるか。」
「……認めないわけにはいかないよね……」
 スザクの苦笑まじりの返事に、ジノはガッツポーズする。
「これで、私が名実共に騎士候補筆頭だっ!」

 が……大会優勝とまではいかなかった。
 優勝したのは、オデュッセウスが推す騎士だった。
「いや。さすが兄上。素晴らしい逸材をお持ちだ。」
「彼は、私の部隊で随一の騎士でね。
 いやいや。第一皇子としての面目が保ててよかったよ。」
 楽しそうに笑い合う兄達を横目に、コーネリアは嘆息する。
「組み合わせに、意図的なもの感じますが……
 ジノもスザクとあれだけの接戦した後では、相当疲れていたのでは……?」
「考え過ぎだよ。コウ。」
 疑惑が残るものの、第一皇子の騎士が優勝という形で、この茶番劇は幕を下ろした。

 そして、新たな問題がここに……
「そんなぁ。どうして私を騎士に任命してくれないんだよぉ。」
「だって、優勝しなかったし……」
「騎士候補として認めてくれたじゃないか。」
「うん。それは認める。でも、騎士に任命するかどうかはまた別の話。」
 校舎と寮をつなぐ渡り廊下を、自分にまとわりついて歩くジノを軽くいなして、スザクは校舎へと足を進める。
「ほら、ジノ。いつまでもぐずぐず言ってないで。
 これで卒業試験まで落ちたら、騎士候補も取り消すよ。」
「ひでー。スザクのいけず!」
 皇子殿下と騎士(候補)の笑い声と悲鳴が晴天の空に解けていった。

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