a captive of prince 第10章:晩餐 - 1/3

「殿下。お疲れのところ申し訳ありません。」
「いや……」
 神根島からアヴァロンで式根島に戻ったスザクは、基地司令部の一室に案内された。
 窓1つない部屋には、一組の机と椅子があるだけだ。
 基地内にある取調室のようである。
 スザクを迎え入れた士官は、彼の顔を見ると眉根を寄せた。
 両の目が重く腫れ上がり、左頬に張られた冷却湿布が痛々しい。
 疲れからか、足取りの重いスザクに椅子を進めると、部下に用意させた錠剤と水を出させる。
 自分の前に出されたそれらに、スザクはちらりと士官を見ると何も言わずに素直に飲んだ。
「基地副司令のフェブルスです。殿下は、神根島で黒の騎士団の者と行動を共にしていたそうですね。その事について、何点か質問をさせて頂きます。」
「───それだけなのか?少佐。」
 階級章を確認して尋ねると、何の事か解らないという顔でスザクを見る。
「命令違反に問われているのではないのか?」
 スザクか問い質せば、納得したような顔をする。
「殿下……いえ、大佐は何の違反行為もしていません。
宰相閣下のご命令通りの行動でした。」
「───? しかし……」
「宰相閣下のご指示は、テロリストの集結ポイントに上空から攻撃を行う。式根島基地は、それを悟らせないための揺動として地対空ミサイルの発射及び、スザク大佐に囮役の要請。
なお、大佐はランスロットの動力回復次第速やかな退避をとの事でした。」
「──え……?」
「軍規違反を働いたのは、司令のファイエルの方です。命令伝達の意図的改竄……司令は更迭され、統治本部に連行されます。」
「……そう…だったのか……」
 そう言って、シュナイゼルに叩かれた左頬に触れる。
 兄さんが、あんなに怒る訳だ……スザクの口元が自然に笑みを作った。
「では、質問させて頂きます。大佐が一度捕虜とした人物の名を確認しましたか。」
「──カレン……紅月カレンと名乗っていた。」
「黒の騎士団内での地位などは……」
「ゼロの新鋭隊長だそうだ。」
 スザクの答えに、その場の者から驚きの声が上がる。
「例の、かぎ爪のついた紅いナイトメアのパイロットだ」
 副司令は息を呑んだ。
「それほどの者を一度捕らえながらも、逃がしてしまった……」
「致し方のない事だと思います。よもやゼロまで現れるとは…
しかも、副総督を人質に取られてしまっては……」
「そちらの事はユーフェミアが……?」
 スザクの問いの主旨を理解しているフェブルスは、小さく頷く。

「はい……意外と紳士で、体力がない事が分かったそうです。」
 苦笑まじりに答える彼に、軍の役に立ちそうな情報は得られなかったのだと、スザクも苦笑する。
「後で、そのゼロ親衛隊長のモンタージュを本部で作成する事になると思いますので、租界に戻られましたらご協力お願いします。」
「あ…ああ。」
 返事をするものの、意識がぼんやりとしてくる。スザクは、座っている椅子に背中を預けながらフェブルスに尋ねた。
「少佐……さっき渡された錠剤…あれは……」
「鎮痛剤です。誘眠効果の高いものですが……宰相閣下のご指示です。」
「ああ…そうか。」
 言い終わらぬうちに、スザクの意識は沈んだ。
 フェブルスがドアを開けると、そこにはシュナイゼルが立っている。
「では、この子は連れて行くよ。少佐、手間をかけさせて申し訳なかったね。」
「いいえ。殿下には、ご協力感謝いたします。」 
 スザクを抱きかかえて去って行くシュナイゼルを、副司令は敬礼で見送った。

 スザクが意識を取り戻した時は、自分のベッドの上だった。
 胸の上に圧迫を感じて目を開けると1番始めに映ったのは、秘書官のアメリーの姿だった。
 ベッド脇の椅子に座ってスザクを見守っていた彼女は、スザクの翡翠の瞳が開かれると、ほっと微笑んだ。
「殿下、お目覚めですか。良かった…お疲れさまでした。
爆撃に巻き込まれて、島に漂着していたと聞いて寿命が縮みました。疲れたお顔で怪我までなさって……テロリストと格闘なさったのですか?」
 いつも以上によく喋る彼女に、よほど心配をかけたのだと苦笑しながら左頬に手をやる。
「いや…これは……格闘した訳じゃなくて…怒られたんだ……兄上に。」
「シュナイゼル様が?まあ。あの方が手を上げられるなんて……どんな悪い事をなさったのです?」
 秘書官ではなく、長年スザクを見守ってきたメイドの顔で尋ねるアメリーに、軽く目を伏せて嬉しそうに答える。
「兄さんが大切に思ってくれているものを、捨てようとしたから……」
「まあ。それは……怒られても仕方ありませんわね。」
 幸せそうなスザクの顔に、アメリーの顔にも穏やかな笑みが浮かぶ。
「お夕食のご用意をいたします。召し上がれますか。」
「あ…うん。今何時だろう。」
「もうすぐ夜の8時になります。夕食には少々遅いですが、召し上がった方がよろしいでしょう。」
「うん……丸1日ちゃんと食事していないから……」
 お腹空いちゃったよ。と笑うと彼女も笑い返す。
「ナァーン。」
 起き上がろうとして、胸の上から聞こえる声に目をやる。
 右目の周りに斑のある黒猫がのぞき込んでいる。
「アーサー……来てたのか。」
 頭を撫でようとすると、ひらりと床に降りてしまう。
「相変わらず愛想がないなあ……」
 スザクがこぼすと、アメリーが意外そうに言う。
「あら。でも、殿下が眠っておいでの間、ずっと心配そうに覗いていましたよ。」
[ずっと……?]
「ええ。ユーフェミアさまがお連れになって…1時間くらいは。」
「僕、どの位寝てたのかな。」
「こちらに戻られたのは夕方でしたから……」
「兄上に一服盛られたからな───」
 着ていたパイロットスーツは夜着に替えられている。起き上がって部屋着を着ながらそう言うと、コホン、と咳払いが耳に届いた。
 音のした方を見れば……寝室の入り口に、シュナイゼルが立っている。
「私も一緒に食事してもいいかな。もちろん、一服盛ったりはしないよ。」
「───兄さん……」
 見つめ合う兄弟の顔はどちらも引きつっている。
 アーサーが、一声鳴くと寝室から出て行った。

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