a captive of prince 第10章:晩餐 - 2/3

「お前が照れ屋なのは知っているが、ああいう言い方を他所でも言っているのかい?」
 あれでは、私がまるで危険人物のようではないか。と、前菜のテリーヌをフォークでぐさぐさ潰しながらシュナイゼルが言えば、スザクはにっこりと微笑んで同じ料理をおいしそうに平らげる。
「いやだな、兄さん。僕がそんな事する訳ないじゃないですか。
アメリーやロイドさん達にしか言ってませんよ。」
 そのひと言に、僅かに原形をとどめていた料理が完全に粉砕される。
「ところで、兄さん。そのテリーヌをどうやって食べるんですか?」
 弟の指摘にシュナイゼルは、自分が潰してしまった残骸を前に硬直した。
「まさか、潰しただけで食べないなんて事はないですよね。
帝国宰相閣下ともあろうお方が、食べ物を粗末にしたなんて…臣民に示しがつきませんよ。」
 そう言いながらスザクは、テーブルに置かれたパンをシュナイゼルの分まで食べて、給仕におかわりを要求する。
 シュナイゼルは、彼らのテーブルの傍らで丸まって寝ているアーサーを見た。
 アーサーは、ユーフェミアがこのエリア11に到着して間もない頃、政庁を勝手に抜け出し租界見物に行こうとした彼女にスザクが付き合って(振り回されて)出かけた先で、怪我をしているところを保護した猫だ。ユーフェミアがたいそう気に入っており、そのまま彼女の飼い猫になった。本当はスザクも気に入っているのだが、アーサーは彼に対しては懐いていないわけではないが愛想がない。
「人間の食べ物を動物に与えるのは止めた方がいいですよ。
それに、貰いグセをつけると、後でユフィに叱られるのは僕なんですから……」
 弟のさり気ない駄目出しに、シュナイゼルは顔を引きつらせる。
「……食べるよ。食べるとも、勿論。」
 新しく出されたパンを取ると、潰れたテリーヌをパテのように塗り付けて食べだすシュナイゼルを、スザクはくすくす笑いながら見る。
 シュナイゼルは居心地悪そうにスザクを見返した。
「何を見ているんだい。」
「兄さん、かわいいなあと思って……」
「……大人をからかうのは止めなさい。」
「からかってなどいません。正直な気持ちです。」
 そう言ってニコニコしながらシュナイゼルを見る。そんな彼の膝の上にアーサーが飛び乗ってきた。
 常とは違う兄の表情を見れた事に気を良くしているスザクは、食事中ではあるが、アーサーを撫でようと彼の頭に手を近づけた。
「っ!……」
 指先に走った痛みに顔をしかめる。
「アーサー……君…お腹空いてるの……?」
「フナァーン。」
 嬉しそうに目を細めるアーサーに、顔を引きつらせる。
 その場にいなくてはならない給仕人達は、これまで必死にポーカーフェイスを作っていたが、ついに肩を振るわせていた。

 給仕が用意したキャットフードを食べるアーサーを足下に見ながら、シュナイゼルがやっとの思いでテリーヌを食べ終えると、スザクがすかさず次の料理を出すように合図をする。
「───スザク。もう少し落ち着いて食べたらどうだい?」
「だって…夕べは寝ずに火の番をしていて疲れていた上に、丸一日食べていないんです。兄さんのおかげで充分睡眠を取ったら、すごくお腹がすいちゃって……」
 出されたポタージュをすぐに飲み始める弟に、シュナイゼルはため息をつく。
「皇族たるもの、いついかなる時も品性は保っていなくてはいけないのだよ。」
「───分かってます。けど……ここには気心の知れた者しかいないのだからいいでしょう。」
 態度を改める様子のない弟に、シュナイゼルは別の話を切り出した。
「式根島からどうやってあの島まで行ったのか、聞いても構わないかい?
それと、あの男に何を言われたのか……私と再会した時のあの態度……」
 一体何を吹き込まれたのかな。
 シュナイゼルの冷然とした視線に、スザクは顔をしかめた。
 まだ怒ってる……1発殴った位じゃ気が収まらないらしい。
 スザクは小さく息を吐くと、皿の上のポタージュの最後の1口をすすった。
「───勿論お答えしますけど……出来れば、食事が終わってからにしてもらえませんか?食欲が落ちそうで……」
 上目遣いで兄の顔を伺えば、それはそれは美しいアルカイックスマイルを見せてくれる。
「では、今聞こうか。少し食欲が落ちた方が、ゆっくり食べれるだろう。
それに、統治本部には私から事情を聞くという事で、早々にお前を引き取ったのだからね。」
「───それで、僕を眠らせたのですか……」
「痛み止めだよ。薬が効きすぎるのは、体質……かな。」
 したり顔のシュナイゼルに、スザクは苦虫をかみつぶしたような顔で、出されたサラダにかぶりつく。
「さあ。話してくれるね。」
「兄さんの意地悪……!」
 睨みつけるスザクに、シュナイゼルは楽しそうに微笑んだ。

「───ブリタニアに居場所はない。か………」
 食後のコーヒーを飲みながら、シュナイゼルが苦笑する。
「それで動揺させて、過去の過ちで脅すなんて……!」
 調書を取るために呼び出されたカノンが、苛立ちを露にする。
「そんなところに、あの命令か……」
 シュナイゼルの眉間には、深い皺が寄せられている。
「スザク様。お気の毒に……」
 カノンの同情の声に、スザクは苦笑した。
「あの程度の話術に嵌った僕が、修行不足だったんです。」
「それで…どうやってあの爆撃から逃れて、神根島へ?」
「………よく覚えていません。と、言うか、その間の記憶がないのです。気がついた時には浜に倒れていて……どうやって、式根島のあの場所へ行ったのかも……」
 アヴァロンに収容されたランスロットのあった場所を聞いた時、スザクは愕然とした。
 どうやってそこへ行ったのか、全く記憶がなかったからだ。
 スザクの話に、シュナイゼルは思案げな顔をする。
「では反対に、どこまでの記憶があるのかな。」
「───アヴァロンの機影が見えて…機銃掃射が始まって、ゼロがこのままでは本当に死ぬと怒鳴って……あの瞬間までは彼を道連れにするつもりだったんです。」
 シュナイゼルが眉根を寄せた。
 記憶をたぐり寄せる事に一生懸命のスザクは、兄の表情に気がついていない。
「最後に、ゼロが何か叫んだような……だめだ……これ以上は……」
 頭を抱えるスザクに、シュナイゼルがねぎらいの言葉をかける。
「もういいよ。悪かったね。本当に食欲を無くさせてしまった。」
 シュナイゼルの前には、彼が飲んでいたコーヒーカップしかないが、スザクの前にはメインの肉料理がまだ残っている。
 しかも、殆ど口を付けられていないまま、元の形がなんであったのか分からない程切り刻まれた状態で……
 今度は、自分の所業にスザクが固まる番だった。
「さっき、私が言われた言葉を、そのまま返してもいいかな。」
「結構です。ちゃんと食べますから。──君、箸を持ってきてくれないか。それから、茶碗にご飯も。」
 スザクの後ろに控えていた給仕は、突然の要求に呆然とする。
「は…?箸と、茶碗に入ったライスですか……?」
「そう。箸と茶碗飯!それから醤油もっ。」
「はっはい。」
 慌てて部屋を出て行く彼を、シュナイゼルとカノンは気の毒そうに見る。
「スザク、仕えてくれているものに……」
「八つ当たりは感心しない……ですよね。ええ。兄上の仰りたい事はよーくよーく分かっています。分かっていますとも。」
 ふてくされて顔を背けるスザクを、シュナイゼルが窘める。
「分かっているのなら、彼が戻ってきたらすべき事をしなさい。」
「──はい。」
 やがて、スザクが所望したものが運ばれてくると、スザクは穏やかな表情で礼を告げた。
 その事に、給仕は嬉しそうに笑みを浮かべる。
 切り刻んでしまった肉に醤油を掛け、ご飯の上にそれを載せて丼のように掻き込むスザクを、シュナイゼルはニヤニヤしながら見ている。
「───僕の顔に何かついています?」
「いや。そうやって食べている姿が、かわいいと思ってね。」
 自分が投げかけた言葉を返されて、顔を赤らめる。
「──弟で遊んで、楽しいですか?」
 箸を止める事なく、上目遣いで兄を見れば、楽しそうな笑顔が返ってくる。
「遊んでいるつもりはないが、お前と一緒に食事するのは楽しいよ。」
 臆面もなくそんな言葉をかけられ、スザクの顔はますます赤くなる。
 そして、照れくさそうに顔をうつむけて、小声で幸せそうに言うのだった。
「───僕もです。」

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