a captive of prince 第9章:神の島 - 1/5

 海鳥の鳴き声がする。頬を打つ波の音でスザクは目を開いた。
 目の前には秋晴れの青空と、中天に輝く太陽がある。
 のろのろと起き上がったスザクは、すっかり水に浸ったびしょぬれの体に舌打ちしながら辺りを見回した。
 そして……
「どこだ…ここは……」
 今まで自分がいた場所と全く違う光景に愕然とした。

「──周辺の植生と太陽と気温の関係に目立った違いはない……と、いう事は……」
 式根島から、そう遠くない位置関係という事か……
 気がつくと砂地ではなく樹木の生い茂る森の中に倒れていた。
 爆風で島の森林地帯に吹き飛ばされたのかと思ったのだが……
「ここは……」
 式根島とは違う。
「どこの島だ。」
 もっと詳しい位置を確認しようと、耳に届く波の音をたよりに森を抜ける。予想通り海岸が眼下に現れた。
 そこに──いるはずもない人物を見つけ、ゼロ・ルルーシュは息を呑んだ。
 愛らしいピンクのドレスは水に滴り、体にまとわりつくように張り付いている。いつもなら丁寧にセットされている長い髪も、波を被ってぼさぼさだ。
 だが、見間違えようもなくその人物は、自分が率いる武闘集団の敵。
 エリア副総督ユーフェミア・リ・ブリタニアその人だった。
 相手も、自分の姿を見つけ呆然としてこちらを見ている。
「くっ……!」
 銃を取り出したそのとき、ユーフェミアが口を開いた。
「ルルーシュ。」
 皇女の口をついて出てきたその名に、体が硬直する。
「ルルーシュなのでしょう?」
 皇女はなおもその名で自分に呼びかけてくる。
 何故?ルルーシュは仮面の下で目を見開いた。
「心配しないで。誰にも言っていません。本当です。
 だから、せめて今だけは…その仮面の下の素顔を私に……」
 ユーフェミアの確信に満ちた訴えに、ルルーシュは虚偽を続けるのを諦めた。
 そして、仮面の後頭部のスイッチを押し、ゆっくりとそれを外す。
 仮面の下から現れた素顔に、ユーフェミアの表情に喜色が現れ、次の瞬間には瞳を潤ませていた。
「ルルーシュ……本当に生きて──」
 泣き笑いのようなユーフェミアの顔を、ルルーシュはため息と共に見つめた。

 まず、水の確保だ。
 ルルーシュ同様に、ここが式根島から遠くない孤島である事を確認したスザクは、海岸から島の森林地帯に上がってきていた。
 森の中を流れる川を発見し、水源を求めて川上に向って歩く。
 川幅が広くなり、川石もだんだん大きく岩も見え始めたところで、水がドウドウと叩き付けるような音が響いてきた。
「滝か……」
 海から上がってきてずいぶん経つ。塩が乾いてべたべたした体を洗い流したかった。
 スザクは足を速めた。視界が開け、目当ての滝を発見した。が、そこには先客がいた。
 一糸まとわぬ姿で滝に打たれながら、体を洗い流している後ろ姿は女性のようだった。
 スザクはその人物に近づく前に、声をかけようとして件の人物の髪の色が、先日のパーティーで知り合った令嬢と似ていると思った。
「あっ…あのっ……」
 スザクの声に驚いて振り向いた顔に、唖然とした。
 今、頭の中に思い描いたその人物のものだったからだ。
 しかし、振り向いた彼女が裸体を隠すために拾い上げた衣服は、ブリタニアと敵対する組織の構成員のものに酷似している。
 そして、その表情を驚きから憎しみに変えて、スザクに襲いかかってきた。その手の中に光るものを見つけ、咄嗟に腕を取って投げ飛ばす。
「シュタットフェルト嬢!?」
「そんな名で呼ぶなっ!! 私は、日本人の紅月カレンだっ!」
 倒され押さえつけられてもなお、敵愾心むき出しで叫ぶ少女に一瞬気を飲まれ、押さえつけていた手の力を緩める。
 だが、そういうことならば…お互いの立場をはっきりさせなくてはならない。
「……では、紅月カレン。君を国家反逆罪で逮捕する。」
 少女の顔が、憎しみに歪んだ。

「まったく───」
 薄暗い廊下の影で、C.C.はうんざりとした声でつぶやく。
「お前の悪戯のせいで、つまらん手間をかけさせられる事に──なに?結果的には助かった、だと?偉そうにいうな。お前のは、半分趣味だろうが。」
 黒の騎士団が所有する潜水艦の中で、緑の髪の魔女は“誰か”と話をしていた。
「で、結局何人だ?
……ふむ。ルルーシュとあの皇子と皇女もか…カレンまであの島に?
ますます趣味が悪いな。観察者を気取って。」
 潜水艦のメインルームでは、扇を始めあの砲撃から何とか逃走できた藤堂ら幹部が、今後の対応を話し合っている。
 あの混乱の中、ナイトメアのファクトスフィアが捕らえた映像を吟味し、現在行方不明の仲間、ゼロと紅月カレンがどうやら生きている可能性を見いだせたからだ。
 砲撃直後、その中心点にゼロを捕らえた白いナイトメアの残骸や彼らの死体がなかった事が根拠となり、彼らにとっての希望となっている。
 だが、件の場所ではブリタニア軍が何かを必死に探しており、式根島での捜索を今する訳にもいかず、周辺の海にステルス航行中である。
「結局お前のやった事は、少なくとも私には何の助けにもなっていないな。
私としてはあの男が──ルルーシュが無事に戻ってこない事には意味がない。
あの男だけを助ける手なら、私にもあった。全く余計な事をしてくれたものだ。」

───全く、どうしたものかな───

「自力で戻って来るだけの才覚はあると、信じてやりたいところだが……」
 C.C.は廊下の壁に寄りかかりながら、小さく息を吐いた。

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