数日後、体調が回復したスザクは、ゼロの居室にいた。
車いすで運んできてくれた看護師に、スザクが笑顔で礼を伝えると、彼女も微笑を浮かべ、ゼロに頭を下げて退出していった。
「喘息の方は、もう良くなったのかな。」
ゼロの問いかけに、小さく頷く。
「はい。もう咳も全然でなくなったので……」
「今日は、車いすで運んでもらったんだな。」
苦笑交じりにゼロが言うと、スザクは顔をくしゃりとさせる。
「ラクシャータ先生や看護師のお姉さんたちにすごく怒られたから……無理して具合悪くさせちゃったし、皆に心配や迷惑かけたし……」
「それが分かったから、大人しくしているのか。」
ゼロが、また、くすくす笑う。
「あの……」
言いかけて、スザクはゆっくりと車いすから立ち上がる。
「命を助けてもらって、ありがとうございました。」
ほぼ90度に腰を折った姿勢で、謝辞を伝える。
スザクの声が明瞭であることに、ルルーシュは安堵した。
「それから……失礼なことを言ったり、勝手に歩き回って迷惑かけて、ごめんなさい。」
立て続けに、今度は謝罪の言葉を言うと、スザクは姿勢を戻してほっとした表情を浮かべた。
「──これが言いたくて来たのか。」
肩の荷が下りたと言わんばかりの様子に、ゼロが呆れた声で尋ねる。
「はい。この間勝手に病室抜け出したのも、ゼロに直接会ってお礼と、初めて会った時に失礼なこと言っちゃたのを謝りたかったからで……やっと、言えて良かったです。」
嬉しそうに笑みを浮かべる少年に、ルルーシュも仮面の下で笑みを漏らした。
「そうか。ともかく、椅子に戻りなさい。」
促され、スザクは車いすに座りなおした。
「私の方こそ、君に謝らなければいけない。
行政特区の事について……君にに黙っていたせいで辛い思いをさせてしまった。」
頭を下げるゼロに、スザクは慌てて首を振る。
「そんなっ。謝らないでください。
──僕のことを思いやって、隠してくれていたんでしょう?」
静かな声で尋ねかけてくるのに、小さく頷く。
「そのつもりだったのだが……私の独りよがりだった。
私が黙っていても、いつかは君の耳に届いていただろう。」
そう言って、先日のタブレットをスザクの前に出す。
「あの事件については、さまざまな憶測やデマが流れている。君が聞かされた話もその一つだ。
分かっている事実だけを纏めてある。」
「…………」
黙ってそれを見つめたままのスザクに、ゼロは小さく付け加えた。
「見るか見ないかは、君の自由だ。」
「───ありがとうございます。
持って行って、ゆっくり見てもいいですか?」
「ああ。そうしなさい。見ているうちに不安や恐怖を感じたら無理せず、見るのをやめてナースコールを押すんだよ。」
「はい。」
その返事に満足げに頷くゼロに、スザクはクスリと笑った。
「やっぱり『魁傑黒マント』だ。」
「うん?」
「ゼロは正義の味方のヒーローだな、と思って……
昨日、あの時の3人が僕の所に来て、怖がらせて悪かったって謝ってくれたんです。日本人を殺すために僕を利用したなんて、誰にも分らない事だって。だから、自分のせいだなんて思っちゃいけないって、そう言ってくれたんです。
だけど、どうしても僕が騎士に選ばれたからじゃないかって…そんな気がして……今、ゼロにこれが分かっている事実だって言ってもらったら、なんか、安心したというか…ほっとしてる。」
「……私の言葉が、君に安心感を与えられたのなら、それは良かった。」
二人は笑みを交わした。実際には仮面の内側でゼロがどんな顔をしているのかスザクには見えないのだが、きっと彼も笑っているのだと、感じていた。
「あの…お願いがあるんです。」
神妙な顔つきで、スザクは別の話題を切り出した。
「……なんだろう。」
「僕を…ここに、黒の騎士団に置いてください。」
明瞭な口調で発せられた言葉に、ルルーシュは息を呑む。
「それは……」
「僕はもともと敵だから、皆が嫌がるかもしれないけど…でも、こうして助けてもらったし、中には僕の事許してくれている人もいるし……やっていけるんじゃないかと思って……
僕、今はこんなだけれど、ちゃんと体直して少しでも役に立てるように頑張りますから。お願いします。
ブリタニア軍は、僕の事は死んだって言っているし、キョウトも行方不明の神楽耶以外は処刑が決まって……行くところがないんです。」
「───心配しなくても、君をここから追い出すつもりは毛頭なかったんだがな。」
ゼロは苦笑する。
「正式な、入団希望として扱っていいのか。」
「い、いいんですか。」
「当然だ。それが今の君の希望なら、我々は歓迎する。」
「ありがとうございます。」
頬を紅潮させ、頭を下げるスザクに、ルルーシュは「礼を言いたいのはこっちの方だ。」と胸の中でつぶやいた。
記憶がなく寄る辺もない身とはいえ、彼が自らの意思でここにいたいと言ってくれたことが嬉しかった。
「紅茶は好きかな?」
問いかけながら、ゼロが2組のティーセットを運んでくる。
「あ、はい。」
「それは良かった。」
言いながら、スザクの前でポットに茶葉を入れ湯を注ぐ。そばに置いてある砂時計を逆さにし、砂が完全に落ち切ったタイミングで軽くポットを揺すり、それぞれのカップに紅茶を注いでいく。
一連作業を、スザクは目を大きくさせて見つめていた。
「面白いか?」
「はい。こんな風に、本格的な淹れ方は久しぶりに見たから。」
「ほう。」
「昔、友達が同じように淹れてました。」
「……そうか。」
友人の事を聞き流して、ゼロはカップの置かれたソーサーをスザクの前に置く。その横に角砂糖のボトルとミルクピッチャーを添えた。
「砂糖とミルクは、好みでどうぞ。」
「ありがとうございます。」
スザクは、何も入れずにカップを持ちあげると、紅茶の香りをかいだ。その香りに目を細めると、くいっと紅茶を飲む。
「───おいしい。全然渋くない。」
嬉しそうに、スザクは紅茶を飲みほした。そのなんとも幸せそうな顔に、ルルーシュも頬が緩む。
「気に入ってもらえたようで、嬉しいよ。」
「なんだか、すごく懐かしい味がして……」
そこまで言いかけて、スザクは、「あれっ。」と声漏らす。
瞳からあふれ出し、頬を伝って流れ落ちるものに指を触れた。
涙だ。
「……どうして……」
戸惑う彼にかまわず、涙は次から次へと零れ落ちていく。
ゼロが、懐から出したハンカチを黙って差し出した。
「ご、ごめんなさい。
おかしいな……悲しい事なんか何もないのに、ただ…紅茶の味が、とっても懐かしくて……と、友達が淹れてくれたのと同じ味がして………」
ハンカチを受け取り、俯いたまま涙を流すスザクの耳に、今まで聞いていたのとは違う声が届いた。
機械で加工されていたものとは違う、男性の肉声だ。
柔らかなテノールが耳に響く。
「覚えていてくれて、嬉しいよ。スザク……」
名を呼ばれ、反射的に顔を上げた彼の目の前には、仮面の正義の味方ではない人物がいた。
流れる黒髪の、白皙の美青年……その深く深い紫の瞳にスザクは見覚えがあった。
いや。ずっと、忘れようもない瞳は、その持ち主は……!
「ル、ルルーシュ……っ。」
呼びかけに、目の前の人物はしっかりと頷く。
「本当に……ルルーシュ?」
「ああ。ルルーシュだ。」
「……っ。」
涙が、堰を切ったようにあふれ出し、嗚咽さえもこみ上げてくる。
「ルルーシュっ。無事だったんだね……!
良かった。もう会えないと思っていた。会えるなんて……思わなかったっ。」
「───どうして?」
ルルーシュは、静かに問いかける。
「きっと、もう国に帰ったと思ってた……あの、貴族と一緒に……」
「……馬鹿だな。そんなことがあるものか。ルーベンが、俺たちを本国に戻すなんて。
俺とナナリーは、国から捨てられたんだ。帰る場所などない。
そして……今の暮らしも砂の上に築かれた楼閣と同じだ。いつ崩れるか分からない。
たから……壊すと決めたんだ。」
最後の言葉に、スザクは、はっとしてルルーシュを見る。
「───ブリタニアをぶっ壊す。」
ルルーシュは、目を細め口の端を吊り上げた。
「今の俺は、エリア11最大の反抗勢力『黒の騎士団』の首藤。ゼロだ。」
「ルルーシュが……ゼロ……」
「俺がリーダーでも、お前はここにいてくれるのか。」
スザクが、手の甲で涙を拭う。
「当たり前だ。ゼロがルルーシュなら、なおさらだ。
前にも言ったろう。俺が、騎士になってルルーシュを守るって!」
その言葉に、ルルーシュの瞳が一瞬大きく見開き、次には、ふわりと細められた。
「おめでとう。坊や。」
スザクが看護師と共に去った後、別室に潜んでいた緑髪の魔女が、金色の瞳を細めて言う。
「なんのことだ。」
怪訝な表情で尋ねるルルーシュに、C.C.は笑みを深くする。
「ブリタニアに奪われた『スザク』を取り戻せたじゃないか。
まあ。もっとも、記憶を失っている間の期限付きになるかもしれんが……」
くつりと笑って、ルルーシュが一番懸念していることを言う彼女に、渋い顔をする。
「ああ。分かっている。だが、今は……」
あいつは俺の側にいる。
「そうだな。」
言外の言葉に、相槌をうちながら、当たり前のようにソファーに転がる彼女は、とてもご満悦な表情を浮かべている。何故、か分からないがルルーシュにはそう見えた。
子供は純真でいいな………
なあ。枢木スザク───
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