Re;commenece 【Re;union】 - 2/2

楽しげに笑い声が響く病室に、コンコンと硬質な音が混ざる。スザクとカレンは、音のした方に意識を向けた。
「はい。どうぞ。」
緊張した様子でドアを見つめるスザクの代わりに、カレンが返事をする。
その呼びかけに、ドアが開かれた。
「随分にぎやかだな。君が来ていたのか。」
「藤堂さん。」
カレンは、来訪者を前に背筋を伸ばす。この黒の騎士団で、軍事部門の責任者である男だ。
「ええ。さっき到着したばかりで……彼の様子を見に来たら、床に倒れてて。」
その言葉に、朝比奈と千葉を伴って入ってきた藤堂が眉をひそめた。
「あ。違うんです。私も驚いて部屋に飛び込んだら、転んだだけだって……一人でトイレに行こうとして転んじゃったのよねぇ。」
からかうようにスザクの顔を見ると、彼は、大きな瞳をさらに見開いて、来訪者を凝視している。息を呑み、目が離せないという様子の彼に、カレンは首を傾げる。
「どうしたの?」
「と…藤堂…先生……」
絞り出すような声で、名を呼ぶスザクに、藤堂は黙って頷く。
「あっ………」
思わず立ち上がり、藤堂に向かって一歩踏み出す、次の一歩でバランスを失ったスザクを、前から藤堂、後ろからカレンが支えた。
「ご…ご無事だったんですね。」
瞳を潤ませ語りかけてくるスザクに、微笑で応える。
「ああ。きみも……よく頑張ったな。」
敵同士で戦うことを確認し合った弟子に、どんな言葉をかければいいのか一瞬躊躇し、大怪我から生還したことを喜ぶと、スザクは首を振る。
「僕なんか……すぐにブリタニアの施設に入れられたから……でも、先生は……戦争が終わってもずっと抵抗していたんですね。元日本軍人が反抗勢力を作ったって…その中に『奇跡の藤堂』がいるって聞いて……」
先生が無事で、本当に良かったです。
師匠の無事を素直に喜ぶスザクに、周りの人間は複雑な表情をする。
「本当に……」
記憶がないんだな。と言いかける朝比奈を、千葉が横腹を肘で小突いて止める。
「そうか。君は、収容所に入れられていたのだな。」
開戦からわずか1月で占領されてしまった後、統治軍本部に呼び出されたと噂に聞いていた愛弟子の、その後の消息は藤堂の元には届かなかった。
よもや、当時まだ10歳だった彼が、大人と同じ扱いを受けていたとは驚きだ。
眉根を寄せる藤堂に、スザクは黙って頷く。
「収容所?」
聞きなれない言葉にカレンは首を傾げる。
「ブリタニアの矯正施設だ。」
彼女の疑問に、藤堂が答える。
「終戦後行われた裁判で戦争犯罪人とされた政府関係者や、降伏・投降した軍人らを収容し、名誉ブリタニア人となるための教育を施すための施設……という事にはなっているが、実のところは強制労働施設だ。
朝から晩まで重労働を強制し、反抗や抵抗しようという意思を奪うことが目的の施設……スザク君……君は、そんなところに………」
藤堂の話にカレンは驚愕して、先ほどまで一緒に笑っていた少年を見る。
「僕は子供だから、大人の人みたいな重労働はなかったです。風呂や炊き出しのための薪割りや、水汲み、食事の準備の手伝いとか……そんな程度です。」
大したことではないと小さく笑うが、名門といわれた枢木家の次期当主として何不自由なく生活してきた彼だ。急激な生活の変化が彼に与えた影響は計り知れない。
「僕は首相の子供だから、イレブンの手本となって、よりよい存在にならなければならないって……名誉ブリタニア人になるために必要な、ブリタニアの言葉や歴史や……作法とか……いろいろ、勉強させられて……こっちの方が大変で。」
僕、体動かす方が好きだから。と、また照れ笑いするスザクに、周りの者たちは表情を暗く険くする。
「作法って……」
朝比奈が苦々しい顔をする。
つまりは、名誉ブリタニア人として恭順の姿勢を崩さない態度の取り方だ。
ブリタニア人に何を言われようがされようが、絶対に反抗しないための教育。租界で、よく見かける光景を思い出す。
常に意志の強い表情をしていたスザクのことだ、それを反抗的と受け取られた事も少なくないだろう。
「辛かったろう……」
思わず、朝比奈の口から同情の言葉が漏れる。スザクは首を振った。
「僕なんか…大人に比べれば……教育困難て言われて処刑されちゃった人もいるし……」
その言葉に、表情が凍る。
「───どうして、そんなことを知っている。」
問いかける藤堂の押し殺した声が上ずる。スザクには、詰問されたように聞こえたらしい。肩をびくりと震わせた。
「見せられた…から。」
「子供に、そんなものを……!」
千葉がギリッと唇をかむ。
「子供だから知らなくてはいけないって……ここを出るには、教育をきちんと終わらせるか……死ぬか…どちらかだって……っ!」
いきなり、頭を誰かに抱き込まれた。頬に柔らかい感触が伝わってきて、スザクは思わず息を呑んだ。
「もういいっ。もういいから!」
頭上からカレンの震える声が聞こえる。自分を抱えているのはカレン姉ちゃんか。そんなことをぼんやりと考える。
カレンの腕の中は、なんだか温かくて、懐かしい感じがした。

いろいろと話させてしまって疲れたろうと、スザクをベッドに寝かしつけて退室した藤堂とカレンらは、深くため息をつく。
「まさか、彼があんな環境に置かれていたとは……」
苦々しげな藤堂の言葉に、他の3人も頷く。
「彼さ…収容所のこと話す時、表情が死んでたよね。」
ぼそりと言う朝比奈に、千葉が頷く。
「ああ。自分が体験した事なのに、まるで他人事のように淡々と……」
「それから、大人に比べれば自分なんか…て、何度も言ってたじゃん。あれ、なんか気持ち悪いよね。」
千葉は無言で頷いた。
スザクが、周りの大人たちにどんな扱いを受けていたのか想像がつく。きっと、ブリタニア人だけでなく、日本人にも子供であるが故の特別扱いを言われ続けていたのだろう。
「───彼は、15歳でブリタニア軍に入隊している。それまでの5年間を施設で過ごしていたのなら、なるべくしてなった……ということになる。」
藤堂は、深い悔恨の情を込め、呻くようにつぶやいた。
なぜ、彼をそんなところへ行かせることになってしまったのか……あの時の自分にもっと力があれば、彼を手元に引き取ることもできたのか。
いや、答えは否だろう。一佐官に過ぎない軍人にそこまでの権限はない。ましてキョウト六家の一端である枢木家の嫡子だ。彼の扱いについての優先権はキョウトにあった。
戦後いち早くブリタニアへの恭順を示した彼らが、ブリタニアの求めに応じて彼を人身御供に差し出したのだろう。
あの時自分が、自分の役目を全うできていれば……!
ギリッと、奥歯をかみしめた。

「ナンバーズの良いお手本の名誉ブリタニア人ね……
とういう事は、ナンバーズ初の皇族専任騎士枢木スザクは、ブリタニアの『教育』の賜物ってことになるのかね。」
「やめてよっ。そんな言い方。」
カレンが、声を荒げて朝比奈を睨みつける。
朝比奈は肩をすくめた。
「私……あいつのこと、ちっとも知ろうとしなかった。ただ、ブリタニアの犬って、敵視ばかりして……どんな人生歩んできてたかなんて……」
「それは仕方ないだろう。実際に、敵同士だったんだ。
『敵』の事情なんか知ってしまったら、戦いにくいだろう。」
肩を落とし、俯くカレンの肩を千葉が軽くたたいて話しかける。
「こんなことは、彼が保護対象になったから知れたことだ。」
「大事なのはこれからだ。
事情を知った以上、彼をもうブリタニアには戻したくないよね。」
朝比奈の言葉に、強く頷くカレンであった。

 

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