数日後────
神聖ブリタニア帝国第一皇子オデュッセウスと、中華連邦天子 蒋麗華の婚約。その婚儀の日程が正式発表された。
執務室でそれを知ったナナリーは、表情を曇らせる。
「───それ………って。」
呟かれた言葉に、定例会議のための打ち合わせに訪れていたスザクが頷く。
「───政略結婚だ。」
「どなたが……いいえ、シュナイゼルお兄様ですね。お考えになったのは………」
指摘に、スザクは苦い顔をする。
「天子様は、私よりも年下だとか……そのようなお方に結婚の意志がおありだとは思えません。何故、こんな事に………」
結婚という形をとっているが、これは人身売買と変わらないではないか。
憤りを隠せずにいるナナリーを、静かに見つめる人物がいる。
その冷徹な瞳にスザクはすぐ気がついたが、日常的に晒されているナナリーは気にする様子がない。
「もしも、この婚姻がなされなければ、残された道は最悪のものになる。」
スザクの言葉にナナリーは体を強ばらせる。
「そんな………!」
ナナリーは膝の上で両の手を握り込んだ。
全てを悟り、苦悶の表情を浮かべる。
直接顔を合わせた事はないが、同年代の少女の身に降り掛かった不幸は、ナナリーにとって他人事ではない。
“人質”を経験したナナリーである。
天子がこれからブリタニアで体験するであろう日々を思うと、居たたまれない気持ちだ。
黙りこくった総督に、室内で彼らの会話を見守っていたローマイヤが事務連絡であると口を開いた。
「宰相府より、中華連邦に最も近いエリアの統治者として総督もしくは副総督の結婚の儀出席依頼が来ております。」
彼女の手の上には、白地にブリタニアと中華の刻印がされた封筒がある。
「そのような…………!」
式には出席したくない。
言いかけたナナリーを、ローマイヤは言葉を続ける事で制する。
「もっとも。公務の日程との兼ね合いで都合が付かなければ、欠席しても差し障りはないかと………」
彼女の言葉に、ナナリーは安堵の息を吐く。
そもそもこの結婚の儀は、中華の人民にブリタニアとの事実上の併合を知らしめるために行うもので、ブリタニアから宰相であるシュナイゼルが出席する事で大宦官の面子も保たれる。
エリア総督が出席しようがしまいが、“政策”的には重大な事ではないのだ。
「まして、あの国にはこのエリアを脱出した黒の騎士団が難民として受け入れられています。
彼らが、この結婚を黙って見過ごすとは思えません。」
事実、特務室よりエリア11に駐留しているナイトオブスリーとシックスに中華に向うシュナイゼルに合流するように指示が出ている。
ローマイヤの言葉に、ナナリーが、はたと、俯かせていた顔を上げる。そして、にこりと微笑むとスザクに顔を向けた。
「スザクさん。私の代わりに出席して下さいませんか。」
「ナナリー?」
「総督?」
スザクとローマイヤは総督の言葉に首を傾げる。
「ミスローマイヤの仰る通り、この婚姻にはエリア総督が出席する事の意味はあまりないのでしょう。
ですが、ここは元ニッポン……これまでに何度も中華と軋轢のあった地です。このエリアの代表がブリタニアと中華の結婚式に出席する事は、アジア地区の安定には大変意味がある事だと思うのですが……」
いかがでしょうと首を傾げるナナリーに、皇帝の監視役兼総督教育担当であるローマイヤは感嘆の表情を浮かべる。
「大変宜しいと思います。
総督のお考えは全くその通りで、エリアからの代表がスザク殿下であるというのは大変重要な意味を持つと思います。」
そう言って、ちらりとスザクを伺うその目には、皇族に対するものとは真逆の色があった。
その視線を真っ向から見返してくるスザクに、びくりと肩を震わせると慌てて目をそらす。
「では、スザクさん。行って下さいますわね。」
にこりと笑うと、ナナリーはスザクに耳打ちする。
「あちらで、きっとお兄様にお会いできますでしょう?」
スザクは、はっとして彼女の顔見つめる。
「────いいのかい?」
その問いに、彼女はゆっくりと首を振る。
「お兄様とは、秘匿回線でよくお話しさせてもらっていますもの。」
そう。ナナリーは、毎晩のようにルルーシュと会話している。一日の様子や、それこそ政策に関わる重大なことまで………
恐らく、今回の婚姻について彼女が知り得た事も遠からずゼロに伝わるだろう。
そして────
「この結婚。黒の騎士団なら、きっと潰して下さいますわ。」
嬉しそうに微笑むナナリーに、スザクも苦笑する。
そこに、エリア総督の姿は無く、テロリスト“ゼロ”の妹がいた。
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