a captive of prince 第17章:覚醒 - 6/7

「ナナリー総督の教育係を仰せつかりました。アリシア・ローマイヤでございます。」
 きっちりと結い上げた髪、まっすぐ見据える冷静な瞳、何を言われようとも表情を崩すことはないだろうと思われる冷然とした口調の女性を前に、スザクは苦笑する。
「お久しぶりです。ミス・ローマイヤ。
 また、貴女とこうしてお会いするとは思いませんでした。」
 穏やかに笑い返す皇子に、ローマイヤは静かに頭を下げる。
「お久しぶりでございます。スザク殿下。この度は副総督ご就任おめでとうございます。」
「ありがとうございます。何も分からなかった僕が、こうしていられるのも、貴女が皇子として必要な知識や作法を教育してくれたおかげです。」
 スザクの言葉にさしものローマイヤも冷徹な表情を和らげた。
「私など……全ては、殿下の努力の賜物です。
 正直申し上げれば、ここまでなられるとは予測しておりませんでした。
 エリア11よりご帰還後の功績は目を見張るものがございます。陛下が、ナナリー殿下の補佐に指名されるのも当然です。
 よくぞ、ここまでご立派になられました。」
 賞讃の言葉に、スザクは頷く。
「ナナリーのこと、よろしくお願いします。
 彼女は、目も足も不自由だが、決して他人に侮られるような能力の持ち主ではない。新総督の目と足の役割は僕の務めだと考えています。
 貴女も、そのつもりでサポートして下さい。」
 まっすぐに見返してくる翡翠に、彼女の口元がピクリと震える。
「承知いたしました。」
 深々と腰を折り、部屋を辞するローマイヤを見送る。
 扉が閉まると、スザクは大きく息を吐きだした。
「あれは絶対“承知した”顔じゃなかったぞ。」
 2人のやり取りを部屋の隅で見守っていたジノ・ヴァインベルグが、苦笑まじりに口を開くと、スザクも肩をすくめる。
「目も足も不自由な女の子の総督……領民の同情を引くだけのお飾りだから、適当にあしらっておけばいいって考えが見え見えの顔だったろう。」
「そうだね。そして、僕のことも所詮ナンバーズだと見ている。
 変わらないな………」
 冷笑を浮かべるとスザクは言葉を続ける。
「でも、そのうち考えを改めることになるさ。
 ナナリーも僕も侮っていい人間ではないと……
 特にナナリーは、ユフィのようなただの理想家じゃないからね。」
「ユーフェミア様は理想家か。」
「彼女の掲げる理想はとても素晴らしいけれど、それをどう実現させるかという事は、深く考えてはいなかった。行政特区がそのいい例だ。」
「ナナリー様も、同じことを提唱されていたじゃないか。」
「そうだね。だが、ナナリーはただの理想だけじゃなく実現可能にするためのプロセスもビジョンもあった。
 ユフィのように理想と現実とのギャップに混乱するようなことは少なくともなさそうだ。
 ナナリーの場合、我々と違って情報を得る手段が明らかに少ない。それをフォローしてあげれば、きっと有能な為政者になると思うよ。」
「さすが、ゼロの実妹という所か?」
「そうだね。」
 2人は顔を見合わせて笑った。

 その2日後、新総督赴任の事前準備のため、副総督スザク・エル・ブリタニアは、再びエリア11へと旅立った。

「これが、現在政庁内に勤務している者の一覧です。」
「ありがとう。」
 宮仕えしても間もなく20年を迎えようという官吏が、神経質そうな目を泳がせながら、書類の束を差し出す。
 それを受け取り礼を告げれば、男は、少し額が後退し始めた顔を引きつらせ、細い躯を針金のようにピンと伸ばし、ほぼ直角の敬礼をしてそそくさと退室していった。
 その様子に、スザクは、少し脅かしすぎてしまったかと苦笑する。

 エリア11ブリタニア政庁に再び入庁したスザクは、落ち着く間もなく文官武官全てを集めて訓示を行った。
 前総督カラレスの戦死を受け、彼の息がかかった者はほぼ本国に召還されたが、残っている者も少なくない。
 エリア11設立以来伝統的にナンバーズに対する厳しい政策が続いている。国是であると言えばその通りで、それを忠実に守っている彼らは、むしろ褒められるべきであろう。
 だが、スザクはナンバーズに対する政策の緩和を提唱したのだ。
 長年染み付いた政策の転換。その場は騒然となった。
「まだ、そんなことを……」
「行政特区日本は失敗したんだ。同じ政策が支持されるはずがないじゃないか。」
「所詮ナンバーズはナンバーズか。」
「自分だけいい思いをしている償いのつもりじゃないのか。」
 呆れや嘲笑、嘲りの声がそこここから漏れる。
 スザクは、会場内を見回すと言葉を続けた。
「この考えは、私のみならず新総督ナナリー閣下のものでもある。」
 場内が一瞬で静まった。
「諸君らの中には、閣下と私の考えに反する思想を持つ者がいるようだ。同調できぬ者は、遠慮なく異動を願い出て構わない。
 あらかじめ言っておくが、赤い羽根を身につけている者は、本人の意志階級に関わらずこのエリアから去ってもらう事になる。
 政策の妨げになることが分かっている者と一緒には働けないし、君達も嫌だろう。」
 最前列で、純血派を示す赤い羽根を誇らしげに胸元につけている上級武官は、顔をしかめスザクに鋭い視線を投げつける。
 スザクはそれを冷然と受け流した。
 皇子の本気に、その男は唇を噛んで俯くしかなかった。

 ナナリー総督就任を前に、大幅な人事異動作業になるだろう。 
 だが、これから先のことを考えれば風通しは少しでも良くしておかなくてはならない。
 何しろ、皇帝シャルルがナナリーに随行させてくる者達は、2人の行動を監視制限させるために選ばれた者なのだから。
 その上、旧い慣習に捕われている官吏の相手までしていられない。
「さて……どれだけの人間が残せるかな………」
 小さく息を吐くと、スザクは分厚い紙の束を1枚1枚吟味し始めるのだった。

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