a captive of prince 第17章:覚醒 - 7/7

 私立アッシュフォード学園。
 第五皇妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアが何者かの襲撃で絶命したことにより、彼女の支援をしていたがために没落した伯爵ルーベン・アッシュフォードが、エリア11がまだ日本だった頃に人質として送り込まれた彼女の遺児ルルーシュとナナリーを保護するためと、前途ある向学心高い若者に身分の上下を問わず教育の機会を与えるため興した学校である。
 だが今は、創始者であるルーベンの与り知らぬうちに、ブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの私設機関の活動拠点となっている。
 機密情報部。シャルルの命を受け、一人の女性C.C.を捕らえるための“エサ”ルルーシュ・ランペルージを飼うための鳥かごである。
 校舎の地下に作られた監視システムの集中管理室。
 数多くのモニターに囲まれたその部屋の会議用テーブルの中央に座る若い騎士に、この施設の責任者であるヴィレッタ・ヌウとアッシュブロンドの少年ロロ・ランペルージは緊張した面持ちで報告をする。
「ゼロによる黒の騎士団奪還事件前後から今日に至るまで、対象の行動に特段の変化はありません。」
「記憶が戻っていることを裏付ける証拠は見つかりませんでした。」
「そう。」
 報告を聞きながら、皇帝の騎士ナイトオブラウンズ第六席アーニャ・アールストレイムは、手の中の携帯をしきりと操作している。
「エサの監視は今まで通りに。」
「イエス マイ ロード。」
「ルルーシュの記憶が戻っていないとすれば…あのゼロは一体……」
「さあ。でも、その詮索は貴女達の仕事ではない。」
「はい、仰る通りです。ですが……」
「気になる……?」
「黒の騎士団も、あれ以来何の動きも見せませんし……」
「そうね。では、1つ情報をリークしてみて。」
「えっ?」
 悪戯っぽい笑みを浮かべる少女に、ルルーシュを監視する2人は、怪訝な顔でその情報を聞くのだった。

「スザクが副総督だと?」
 夕食の席で“弟”が漏らした情報に、ルルーシュは手を止め、目をむいた。
「うん。もう政庁に入って新総督を迎える準備をしているらしい。」
「その、機情の報告を聞きにきたラウンズが言ったのか。」
 その問いかけにロロは頷く。
「新しく赴任してくる総督のことも聞いた。皇女殿下らしい。」
「皇女───?コーネリアの他に総督を任せられるような力を持つ者が………?」
 怪訝な顔で思考を巡らすルルーシュは、ロロの次の言葉で頭が真っ白になった。
「その皇女様は、目と足が不自由な方だって………」
「なん……だと。」
「───ナナリーだよ。
………兄さん、どうする。彼女を……取り戻すの……?」
 不安げに顔色をうかがう弟にルルーシュは声を失い顔を強ばらせる。
 美しくセッティングされた晩餐の席は色を失い、ロロがこの1年独占してきた美味たる食事は、味気なく砂を噛むようだった。

『ナナリーが、エリア11の新しい総督とはな。』
 モニターの向こうで、中華連邦総領事館の一室にいるC.C.が呟く。
 カツンと、硬質な音が室内に響いた。
『戦えるのか?お前が生きる理由と。』
「戦う?俺が?ナナリーと?」
 機密情報部作戦司令室。ルルーシュを監視するはずのシステムは、その対象に完全に掌握され、今や、黒の騎士団の司令部となっている。
 彼の座るテーブルの上にはチェス盤が置かれており、手の中の黒のキングを弄びながら、モニターの魔女に鋭い一瞥をくれた。
「それは何の冗談だ。」
 魔女は動じる事無く言葉を続ける。
『目も見えず足も不自由。ろくな後ろ盾も無く継承権も低い皇女。
 駒として使い捨てるつもりかな。ブリタニアは。』
 鼻で笑うC.C.にルルーシュは声を荒げた。
「そうさせないために俺は行動を起こした!
 そのためのゼロだっ。そのための黒の騎士団だっ。」
 カッシーンッ!
 大きな音が鳴り響く。手の中のキングを盤に叩き付けルルーシュは怒鳴る。
「俺は、ナナリーが幸せに暮らせる世界を創る。そのためにも、ブリタニアをぶっ壊す!」
 鬼気迫るルルーシュの表情に、さしものC.C.も言葉を失った。

「お疲れさまでした。」
 琥珀色の液体をグラスに注ぎながら、スザクは労いの言葉を告げる。
 シャンペンのグラスを手に、ピンク色の髪の少女は満足そうな笑みを浮かべる。
 少女と呼ぶには、その表情や仕草は洗練された淑女そのもので、そのギャップが、かえって妖艶さを醸し出している。
「アッシュフォードの様子はいかがでしたか?マリアンヌ様。」
 少女の本来のものではない名を呼ばれ、妖艶な少女はグラスの中身をぐいっと飲み干すと、ニヤリと笑った。
「なかなか楽しかったわよ。シャルルの手駒達は数名を残して皆ギアス済み。かけられていないものも籠絡済みのようね。
 あそこはもう、ルルーシュにとっての牢獄ではなく、むしろ、ブリタニアと戦うための拠点になっているわ。」
 その報告に、スザクは楽しそうな笑みを浮かべる。
「ルルーシュとは会ったのですか?」
「うーん。それはちょっと……ね。
 あの子にとって私は今、敵である皇帝の騎士でしかないもの。
 それに、この姿で『マリアンヌよ。』なんて言ったって、信用するどころかかえって警戒されちゃうわ。」
「それは、その通りですね。」
 2人は顔を見合わせて笑う。
「例の情報は。」
「今頃、あの子の弟役の監視者が伝えているはずよ。
 ルルーシュは動くと思う?」
「当然です。こんなチャンスを彼が見逃すはずがない。
 必ず接触してきますよ。」
「感動の、兄妹再会になればいいわね。」
 嬉しそうなマリアンヌに、スザクも頷く。
 それにしても……と、マリアンヌは笑う。
「貴方の監視役である私が、とっくに裏切っていると知ったら……シャルル、どんな顔をするのかしら。」
 コロコロと声を上げて笑う元皇妃に、スザクは眉尻を下げる。
「本当に宜しいのですか。夫である陛下を裏切って。」
「あら。私を殺したV.V.と、目的を果たすためだと言い訳して今でも縁を切らずにいること自体、私に対する裏切りよ。
 そんな夫に、罪悪感なんてこれっぽっちも感じないわ。」
 厳しい口調で言い切るマリアンヌに、スザクは肩をすくめる。

 さあ。お膳立てはした。いつ行動を起こすかは君次第だ。
 ルルーシュ────

 ナナリー新総督就任まであと5日…………
 眼下に広がるトウキョウ租界の夜景にほくそ笑むスザクだった。

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