「エリア11で、エサに何かが食い付いたようです。兄さん。」
「そう……C.C.かな。」
「さあ。今は何とも……」
黄昏色に染まる不可思議な空間。
確かにそこに存在するものの、それはまやかしのようにも見える。
何もない空間にこつ然と出現している階段……神殿のような柱……最上段には無限の空間が広がっている。
そこに、老年にさしかかった男と、少年の姿があった。
男は、神聖ブリタニア帝国皇帝シャルル・ジ・ブリタニア。彼に「兄さん」と呼ばれる少年は、階段に腰掛けたままの状態で世界中の誰もが畏怖する存在を、まるで小さな子供を見るかのように笑いかける。
「ルルーシュの事が気になる?」
「いいえ。」
「シャルル。何も心配する事はないからね。手は、ちゃんと打ってある。」
「───はい。」
皇帝は、薄い笑みを浮かべると少年に頷いてみせた。
その瞳に冷ややかな光を隠して。
「うーっ。」
全く動きの無くなった盤上を見つめ、青年はまた唸り声を上げる。
自分たちを取り囲むように眺める人影がなければ、頭をかきむしりながら、もっと大きな声を上げていただろう。
ちらりと、盤を挟んで向かい側に座る人物を見やれば、涼しげな表情で笑い返してくる。
相手の余裕の表情に顔をしかめ、腕を組みながら動かしようも無くなったチェス盤を再び見つめた。
「ジーノ。いい加減に降参したら?」
クスクスと笑みを漏らしながら、ストレートのロングヘアの女性が、しかめっ面で盤に向かい合っている同僚をからかう。
同様に、チェス盤を見下ろしている2人の女性も、笑いをかみ殺していた。
「あと3手でジノの負け。」
携帯を弄りながら、ピンクの髪の少女が情け容赦なく言い放った。
「アーニャっ。」
悲鳴にも似た声が、その場に集う一同の失笑を買った。
神聖ブリタニア帝国帝都ペンドラゴン。皇宮に隣接するイルヴァル宮。
ナイトオブラウンズの詰め所でもあるこの城のラウンジでは今、ナイトオブスリーと第十二皇子スザク・エル・ブリタニアのチェス勝負の行方を、他のラウンズが面白そうに観戦している所である。
決着は誰の目にも明らかなのだが、ナイトオブスリーであるジノ・ヴァインベルグはなかなか負けを認めようとはせず、無駄なあがきをしていた。
チェスの勝負でスザクに負けた事がないという自負がある。それゆえ、最近めきめきと腕を上げてきた皇子に焦りと悔しさから降参できないでいるのだ。
帝国最強十二騎士の端くれであるというプライドもある。
しかし、駒を動かせなくなってそろそろ5分は経とうとしている。
「おい。いい加減負けを認めたらどうだ。みっともないぜ。名門のお坊ちゃん。」
そりの合わないナイトオブテンの冷やかしにジノが剣呑な視線を送った時だった。
つけっぱなしにしていたテレビモニターが、突如全く違う映像に切り替わったのだ。
『私は帰ってきたっ!』
低く凛とした声に、チェス観戦に夢中になっていた全員が注目し、そこに映っている人物に目を剥いた。
画面には、1年前処刑されたはずの人物が映っている。
『聞け、ブリタニアよ。刮目せよ、力ある全てのもの達よ。
私は悲しい。戦争と差別。振りかざされる強者の悪。間違ったまま垂れ流される悲劇と喜劇。……世界は何一つ変わっていない。
だから、私は復活せねばならなかった。強者が弱者を虐げ続ける限り、私は抗い続ける。』
一同がモニター画面を食い入るように見つめる中。スザクの携帯端末が鳴った。
緊張走る室内を切り裂くようなコール音が、ラウンズ達の緊張を嫌が応にも高める。
「はい。───兄上。………ええ。今、中継を見ています。
───総督がっ?」
驚いて発せられたスザクの声に、仮面の怪人の声が被る。
『まずは、愚かなるカラレス総督に、たった今鉄槌を下した。』
真顔でゼロを見るスザクの前で、ジノが呆れた声を上げる。
「おやおや。いきなりやってくれるねえ、イレヴンの王様は……」
茶化すようは響きに咎める視線を送るものの、スザクの口元は笑みを作っていた。
「ヴァルトシュタイン卿。ゼロは処刑されたはずでは?」
真面目な顔で問いかけるジノに対し、ナイトオブワンは全く表情を変える事無く頷く。
「偽物に決まっているっ。」
ナイトオブフォー、ドロテア・エルンストが忌々しげに唸る。
「───どちらにしても、総領事館に突入すれば重大なルール違反だ。国際問題になる。」
ラウンズの会話を聞きながらスザクが呟いた。
「ゼロを名乗っている以上。あいつは皇族殺しだ。
EU攻略も面白いが………」
ルキアーノ・ブラッドリーが、手にした愛用のナイフを指先で器用に回し冷笑する。携帯を弄りながら、アーニャがぼそりと言った。
「どっちもアリ地獄………」
携帯端末を懐にしまい、スザクが席を立つと、ジノも腰を浮かせる。
「どちらへ?」
「宰相府だ。エリア11の騒ぎはすぐに終息させねばならない。
軍本部からも招集がかかった。」
スザクの言葉に、室内の空気が再びピンと張りつめる。その様子に、皇子は小さく笑った。
「陛下の直属であるラウンズに出陣願うほどでもあるまい。
あそこにはギルフォード卿もいる事だし……すぐに静まるよ。」
「宰相府までお供します。」
「すまないな。ヴァルトシュタイン卿。ナイトオブスリーをお借りします。」
「イエス ユア ハイネス。」
皇子と皇帝の騎士が部屋を去る。その背中で、黒衣のテロリストの演説が続いていた。
『人種も主義も宗教も問わない。国民たる資格はただ1つ。正義を行う事だ!』
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