午前0時……降伏を呼びかけるゼロの警告を無視したコーネリアは、信じられない体験をする事になった。
地震の多いこの地で揺れを押さえるための階層構造。そのフロアパーツが、ブリタニア軍が陣を張る租界外縁部で一斉にパージしたのだ。
崩れ落ちる地面。足場を失いフロアパーツと一緒に落ちていくナイトメア。離陸直前に体勢を崩し仲間に激突炎上する戦闘機。倒れる砲台……ブリタニア軍は一瞬にしてかなりの戦力を失ってしまった。
「おのれっ……ゼロ!私は…私はまだ負けるわけにはいかぬ!」
ハーケンを使い、落下を免れたコーネリアはゼロを呪う。
「動けるものは黒の騎士団の攻撃に備えよっ。政庁を中心に陣を立て直す!」
戦女神が憤怒の表情で吠えた。
それは突如襲って来た。激しい震動により睡眠中の体がつき起こされ、揺さぶられる。
ベッドにしがみつく事でそれをやり過ごしたスザクを、今度は停電が襲った。
自家発電の暗い照明の中、医師が看護師を伴って入って来る。
「殿下。ご無事ですか。」
「ああ。今のは……?」
「大きな地震で、政庁の電力設備の一部に不具合が出たようです。
今、復旧作業を………」
早口に説明をする医師を、スザクは厳しい顔で問いつめる。
「租界が、設備に支障をきたすほどの揺れを受けるはずがない。
一体何が起きている。敵襲か!?」
「この政庁は安全です。どうかご安心を………」
「やはり何か起きているのだな。──黒の騎士団か。」
「いっいえ……それは………」
「解っている事だけでいい。全て話せ!」
皇子の剣幕に医師は震え、しどろもどろで状況を話しだした。
スザクの表情は驚愕へ変わっていく。
「そ、租界外縁部のフロアパーツが崩壊しました!」
「コーネリア殿下はご無事かっ。」
政庁内、エリア11統治軍総司令部につめていたジノ・ヴァインベルグは、各部署から届けられる報告に顔を引きつらせた。
「足下を崩し、1度に多くの敵を潰す……なるほど、コーネリア様も手を焼く奇襲戦の巧者だな。」
戦略パネルに映し出される“LOST”の文字の多さに歯噛みする。
「本国に通信を!もはやコーネリア様お1人の力では抑えきれぬ。
トリスタンの出撃準備を急がせろっ。」
「ほ…本国のどなた様へ………」
通信兵がおろおろと通信先を尋ねる。
「宰相閣下と、特務総監だっ。」
ジノの一喝に、兵は恐れおののいて返事をした。
『エリア11の反乱については、今、協議の上私が応援に出陣する事になった。
コーネリアには、政庁を落とされるなと伝えておくれ。
ジノ。陛下は掴まったかな。』
通信先のシュナイゼルは、常に無く焦っているように見える。
行政特区の失敗は、彼も既に知っている。ジノの齎したスザク負傷の報告に、少なからず衝撃も受けていた。
恐らくシュナイゼルは、こうなる事も予想していたのだろう。あと1時間もすれば、出陣可能だと言う。
「いいえ。……陛下に出撃のお許しを頂こうと思ったのですが……まあ、いつもの事です。特務総監殿からは、ラウンズの裁量で…という事でしたので、シュナイゼル様が到着されるまで尽力させて頂きます。」
苦笑まじりのジノに、シュナイゼルも同じ顔をする。
『すまないね。』
「いいえ。乗りかかった船です。それに、陛下からはスザクを守れとの勅命ですし。」
『その、陛下の命なのだが……本当にスザクを守る事だけなのかい?』
「ええそうですよ。詳しい事は例えシュナイゼル様といえどもお教えする訳にはいきません。曲がりなりにも陛下の騎士ですから。」
『ふむ。ジノの言う通りだね。これ以上詮索すると、君に斬られても文句は言えない。』
「すみません。」
愛想のいいジノの顔に苦笑する。
『私が行くまでよろしく頼むよ。』
「イエス ユア ハイネス。」
通信が切られ、ジノは小さく息を吐く。
トリスタンの準備の状況を確認し、格納庫へ向おうとしたところだった。血相を変えた医師が、飛び込んで来たのだ。
「ヴァ…ヴァインベルグ卿。殿下がっ!」
「スザク君待って!駄目よ、その体で……っ!」
常ならば穏やかに礼を弁えた態度で話す女性が、なりふり構わず、自分の上司に当たる少年を必死で引き止めようとしている。
だが、そんな彼女を無視し、スザクは真直ぐにランスロットへ歩みを進める。
機体の足下では、開発者の科学者が機動キーをこれ見よがしに掲げ、絶対に渡さないと飄々とした態度で告げる。
「ロイドさんっ。キーを!」
厳しい表情のスザクに、ロイドはますます目を細め、長身の体を目一杯伸ばして奪われまいとする。
「今の君を出撃させるわけにはいかないでしょう。」
「ロイドっ。渡すんだっ!」
「例え殿下のご命令でも、これだけはダメでーす。」
相変わらずヘラヘラとした顔が歪んだ。
「俺は……行かなくてはならないんだっ!!」
スザクは、ロイドを殴りとばして機動キーを奪うと、オートタラップに足を掛ける。が、すぐに引きずり下ろされてしまった。
キーを握る手をねじり上げられ、顔を歪める。
「ぐっ……放せっジノッ……!」
「同じチームの人間に、乱暴は良くないですよ。殿下。」
笑顔を作っているがその目は全く笑っていない。ジノは遠慮なくギリギリと手首を締め付けた。
ついに、小さな金属音をたてて、キーがコンクリートの床に落ちる。ジノは、それをセシルに向って蹴りとばした。
それを目で追い、スザクは自分を捕まえているラウンズを悔しげに見上げる。
「こんな体で、どこへ行こうというんだ。」
「僕が行かなきゃ……ゼロを止めるんだ!」
スザクは、やっとの事でジノから逃れた。
右手首がじんじんしびれている。
自分を睨みつけてくる皇子を、皇帝の騎士は冷淡にも見える態度で見下ろす。
「貴方が止める?どうやって。」
「ゼロを見つけ出し、説得する。」
スザクの答えに、ジノは目を伏せるとゆっくり頭を振った。
「もはや説得など難しい状況なのはお分かりでしょう。
我々が相手にしているのは黒の騎士団だけではない。大多数のイレヴンだ。
ゼロ一人の意志で、戦局が大きく変わることはない。」
「だが、彼らの要求は………」
「そう。日本の解放と貴方です。貴方のブリタニアからの解放と日本の独立を要求し、ブリタニアに戦争を仕掛けて来ている。
だから、ここでお前が出て行ったところで、戦いが終息する訳がないのは解るだろう。」
ラウンズから友人の顔に戻ってジノが言う。
彼に言われるまでもなく、自分一人で終息できない事は解っている。だが………
「まだ、望みはあるかもしれない……これ以上戦渦が広がらなければ………」
「このトウキョウだけの話ではない。既にエリア全土で戦闘は始まっているんだ。」
その言葉に目を見開く。しかし、諦めるわけにはいかない。
「ジノ。どいてくれっ。」
無理矢理ナイトメアに乗り込もうとするのを、肩をつかまれ悲鳴を上げた。銃に撃ち抜かれた箇所を掴まれたのだ。
痛めた肩を庇うスザクの腰を抱え、その体温の高さに眉をひそめる。
「こんな体で、ナイトメアの操縦なんか無茶だ。ゼロを見つける前に墜落するぞ。」
「でも、行かなきゃ……ゼロを止めないと………!」
「だったら、私が止めてやる。」
「え………」
ジノの顔を見る。青く澄んだ瞳が細められた。
「だから、スザクは体を直す事だけに専念していろ。」
そう笑うと、抱え込んでいるスザクのパイロットスーツの襟に手を掛け、きっちりと布に覆われたスザクの首を露にする。
突然の行動にびっくりしてジノを見上げるスザクは、背後の人の動きに気がつかなかった。
首の付け根に微かな痛みを感じたかと思うと、急速に意識が朦朧とする。
いつの間に現れたのか、医師が注射を打ったのだ。
「鎮静剤です。ご安心を………」
視界がどんどん暗くなっていく……このままではダメだ。
スザクはジノにすがりついた。
「……だったら……必ず止めてくれ……ゼロを…ルルーシュを……」
「ルルーシュ……?」
このような場面で耳にする事はないはずの名に、怪訝な表情で反覆する。
それは、7年前廃嫡されこの地で亡くなった皇子。スザクにとって唯一の親友で、今でもその生存を信じている大切な人の名前。
ジノは、スザクが意識の混濁によってうわごとを言ったのだと思った。だが、スザクは薬によって奪われていく意識を必死につなぎ止め、なおもジノに訴える。
「ゼロが……ルルーシュだったんだ。ルルーシュは…7年前の復讐と……ナナリーのため……ゼロに………」
「なん……だって?スザク、それは本当なのかっ。」
朦朧とし、足下もおぼつかないスザクを、力を込めて支える。
スザクは、ジノの肩にすがりつき体を預けるようにして、やっと立っている状態だ。こんな状況で嘘や冗談は言えない。
ジノは、驚愕に顔を引きつらせた。
「ジノ……ルルーシュを…助けてくれ……このままでは彼は……ひとりで………」
修羅の道を突き進む事になる。誰の、何のための戦いなのか解らぬ程に………
「………彼に伝えて……僕は…ブリタニアから離れられない……せめて……ルルーシュは……自由に………」
生きて………!
崩れ落ちる体を抱きかかえる。
閉じられた瞳にきらりと光る涙をジノは見た。
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